養護教諭による高校生の摂食障害の実態調査
北 村 陽 英
学校保健研究 41:191-197:1999
発表者:仲宗根 千賀子(成人保健学教室)
発表日:2000.6.8 (木)
[選定理由]
勤務先の小児科外来において最近、摂食障害で受診する患者が増えている。これらの子にはタレント希望の子も多いと聞く。
最近、読んだ医学関連雑誌に摂食障害についての記載があった。英米で20年前から現れている摂食障害がスペイン国内においても急激に上昇し、スペインでは家庭、マスコミ、ファッション業界が「文化と健康的な生活習慣」といった大切な価値観よりも「肉体崇拝と極端な痩身」を重視する価値観を社会に確立させているなど医学以外の複数の要因の関与も報告され、この問題を減少させるために積極的に取り組み始めている。
また、米国では、過去10年間の摂食障害の増加により、全米摂食障害スクリーニングプログラムが開始され、2月中旬の摂食障害注意週間をはじめとするイベントが実施されているという。
さらに、これまで伝統的に肥満の多かったフィージィーにおいて欧米のテレビ放映が始まり西洋社会のイメージや価値観のために10代の少女の摂食障害の兆候が5倍に増えたという報告もあった。
そのような世界的な傾向にある摂食障害について日本の学校現場の現状がどのようなものか関心を持ったので選定した。
[先行研究レビュー]
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摂食障害はわが国においても近年、生徒や学生において非常に多くなっていると言われている。
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摂食障害の部分症状である頻回に行われる自己誘発性嘔吐を指標にして見ると、1980年代前半において英国の若い女性の1.0%に、米国の大学女子学生の1.7%~3.0%に見られていた。
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わが国では、1980年代後半において女子高校生の0.4%に、専門学校女子学生の0.
4%~0.9%に見られる程度であったが、1990年代前半に入ると短期大学女子学生の1.4%~1.8%に頻回の嘔吐が見られるようになった。
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高校生時代は摂食障害の好発年齢であるにもかかわらず、高校生を対象とした摂食障害の実態調査報告は少なく、特に学校内において摂食障害生徒がどのような支障をきたしているか、それを養護教諭がどの程度把握しているかについての報告は見当たらない。
[要約]
Ⅰ.目 的
増加しているといわれる摂食障害高校生の実態、学校内での摂食障害の発見の経緯、学校教育を生徒が受けるうえでの困難、医療機関受診状況を調査し、得られた結果を今後の養護教諭の相談活動のために資することを研究目的とした。
Ⅱ.研究対象と方法
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研究対象:公立高校55校(男子23,299名、女子26,784名:1997年度在籍)の養護教諭55名・奈良県3校、兵庫県21校、大阪府31校.・全日制53校、定時制2校、実業高校2校を含む.地域特性:都市部34校、郡部17校、都市部と郡部を含む4校
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研究方法:質問紙法。質問紙①②を養護教諭へ郵送し、記入後、返送してもらう。(生徒名・学校名・養護教諭名は無記名)
内容①生徒数、校区の環境、卒業生の進路状況、摂食障害生徒の有無、
性別・学年別の摂食障害の類型(Anorexia
nervosa神経性無食欲症、
Bulimia nervosa神経性大食症、特定不能の摂食障害)
*DSM-Ⅳの摂食障害の診断基準を提示。
②身長、体重、31項目からなる摂食障害の諸症状、発見の経緯、初発時期、
家族歴・生育歴、摂食障害以外の症状・問題行動、学校教育上の支障、
治療内容等。
Ⅲ.結 果
1)摂食障害の出現頻度と類型
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出現校39校(70.9%)、非出現校16校(29.1%)
女子生徒
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76例/26,784名(女子在籍生徒の0.28%)
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約350名あたり1名、1校あたり1.4名。
学年別、類型別の摂食障害女子生徒数(表3.参照)
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学年が上がるにつれて発見数が多くなっている。
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類型別:神経性無食欲症(An.n)59例(77.6%)
神経性大食症(Bu.n) 13例(17.1%)
特定不能 4例(5.3%)
男子生徒
神経性大食症 1例 (2年生)
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郡部と都市部について
・出現校 都市部 25校(64.1%)、 郡部・他
11校(35.9%)
・非出現校
都市部 9校(56.3%)、 郡部・他 7校(43.8%)
*摂食障害の出現と都市部・郡部との差は認められない。
3)進学校と摂食障害の出現率
・進学校に多く見られる。出現校の66.7%(26校)。(R.A.Fisherの直接確率計算法:P
< 0.01)
4)体重の減少の程度
・女子47例中41例(87.2%)が平均体重以下(An.n:26例、Bu.n:2例)(表4参照)
5)摂食障害主症状
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An.n:拒食 97.5%、活動性の亢進 57.5%、過食
45.0%、嘔吐 45.0%、無月経 90.0(表5)
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Bu.n:過食87.5%、活動性の亢進37.5%、過食
45.0%、無月経 25.0%
6)初発時期
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An.n:最も多い発症時期 高校1年 19例(47.5%)
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Bu.n:最も多い発症時期 高校1年
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夏休み時期に発症する例が多く、高校1年、2年ともに2学期の初発がやや多くみられる。
7)発見の経緯
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本人から養護教諭へ訴えて相談する例が多い。特にBu.n.。
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養護教諭が何らかの機会にAn.n.であることに気づく例が多い。
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極端に痩せている場合、An.n.の多くは人目につくので、学校で発見されやすいが、Bu.n.等のひどく痩せていない場合は本人が言い出さない限りは学校に気づかれる機会がない。
8)学校教育上の支障
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49例
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保健室登校、保健室頻回利用が多い(38.8%)、体力低下により体育実技が受けられなくなっている(34.7%)、長期欠席・不登校(24.5%)
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食行動異常の内容:食物のことばかり考えて学習ができない、教室で弁当を食べられない、他の生徒に食べさせる、など。
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友人関係問題の内容:友人とのトラブル、友人ができない、孤立等。
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学校で自傷行為や自殺未遂が見られ、転換症状を示した生徒もいた。
9)受診状況
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児童青年期精神科専門の医療機関へ受診する例が多い。(表9)
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Ⅳ.考 察
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摂食障害生徒の出現率 59.5% 増加(1991年度と1997年度在籍女子生徒比較)。(有意差のある増加χ2検定、P<
0.025 )
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An.n.は痩せ期に人目につくので学校で発見されやすいが、平均体重範囲にあるAn.n.はAn.n.のほとんどが元来自己を病気と思っていない(病態否認)という精神病理の特徴ゆえに、その多くが学校関係者、ときには保護者にすら気づかれずにいる。
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Rohrer指数が80以上くらいになると筋力が衰えて学校生活のみならず日常生活にも支障が出だす。精神的混乱が著しいときや体力の衰えが著しいときは医療にかかるべき。体力の衰弱により死亡した例もあるし、精神的混乱の中で自殺死した例もある。
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平均体重範囲内にあることの多いBu.nは、本人が訴えない限りは周囲の人に気づかれにくいと思われる。本調査ではBu.nの発見率は予想外に低いものであった。
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女子高校生の1.7〜4.0%は自己誘発性嘔吐をしているという報告があり、また短期大学女子学生や大学生女子を対象とした調査では女子学生の4.8~10.8%が自己誘発性嘔吐の経験があり、そのうちの1.4~1.8%が毎週少なくとも1回以上の自己誘発性嘔吐をしているという結果が出ている。このことを考慮すると女子学生の摂食障害の出現率は数%に及ぶと考えられ、高校生女子生徒においても周囲にきづかれていない平均体重内のAn.n.やBu.nが相当数いるものと推測される。
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調査結果からはBu.n13例中の8例が自ら養護教諭に相談をかけている。このことから、養護教諭は摂食障害の知識と保健指導法を身につけ、健康相談の体制を十分に整えておく必要がある。
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また、保護者、担任、体育教員、同級生からも摂食障害生徒の相談が養護教諭に集中するし、外部の医療機関への紹介の必要性の判断が迫られることも多い。
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学校内で他の教員の理解と教育的配慮の在り方について意見を具申する機会も多いことから、養護教諭は学校内において摂食障害生徒の治療と教育的配慮をするkeypersonといえる。
[学校保健への寄与]
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本調査は増加傾向にある高校生の摂食障害の実態調査報告の少ない中、貴重なデータを与えてくれるものであり、さらには養護教諭に質問紙に応えてもらうことにより養護教諭自身がその学校の摂食障害生徒の実態を把握することにもなり有意義なものであったと考えられる。
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平均体重範囲内にあり、本人が訴えない限りは見逃されやすい生徒について今後どのように早期発見をしていくかを示唆してくれるものでもあると思う。
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さらに慢性の経過をたどりやすい摂食障害の生徒について養護教諭の保健室での健康相談や保護者や教員、医療機関との連携の中でどのように関わってゆくか、その中心的役割を求められる。
[私 見]
今後、摂食障害は増加の傾向にあると思われるが、平均体重範囲内にあり、周囲や本人すら気づかない、摂食障害の早期発見のために発症の多い時期か、定期の健康診断時等にローレル指数の算定以外に摂食障害症状チェックのための健康調査質問票などを生徒にやってもらい、それらを参考に養護教諭が必要あれば、健康相談をする等のシステムも必要になるのではないかと思った。
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