塾通いが子供の自覚症状に与える影響
飯島久美子 ・ 近藤洋子 ・ 小山朋子 ・ 日暮 真
日本公衆衛生雑誌 46(5):343-349:1999
発表者:新垣康子(成人看護学教室)
発表日:平成12年 5月25日
選定理由
年々、通塾率が増加していると言われ、夜間、塾帰りの子供を目にすることも珍しいことではない。一日、一週間のスケジュールがぎっしりつまり、余裕のない生活を送っていることもよく耳にする。そのような状況の中で、小学生と中学生の子を持っている私自身も塾や習い事に通わせている。通塾が児童の健康にどのような影響があり、また通塾に対する親の意識、子供の意識を知ることで、塾への考え方や子供の置かれている社会状況も含め、子供の健康的な生活習慣を考え、見直す機会を持ちたいと思い選定した。
文献レビュー
◎福田須美子:子供はこんなに忙しい.児童心理,1992;46(13):3−18
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・年々通塾率は増加している。1988年:4〜6年生で全国平均41.4%
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・おけいこ事を含めると、約10年間で8割〜9割台へ伸びている。
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1977年:小3年(86.3%) 小5年(84.3%)
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1988年: ; (91.4%) ; (93.2%)
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・学校時間に加え、 学校以外の学習時間の増大による生活の拘束からくるストレスの増加は、子供の身体の変化を引き起こしている。子供の低体温、あくび、慢性的だるさ、自律神経系の失調や体格.体力の変容を警告している。
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◎小林芳朗:「子供のため」は親のエゴ?(特集;子供たちは塾に何を求めているのか)児童心理,1992;46(13):43−50
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・通塾が増加した背景としては、いくつかのことが考えられているが、中学受験が一般化したこともそのひとつである。我が子を有名校に進学させ、その成功をひそかに誇りに思いたい親の気持ちが働いている場合も少なくない。
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◎早川裕子:子供の本音を探る (特集;子供たちは塾に何を求めているのか)児童心理,1992;46(13)28−42
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・「みんなが行っているから自分も行ってみたい」というファッション感覚。
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◎深谷和子:子供の遊びと生活時間.保健の科学,1993;35(7)470−473
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・発育期にある子供にとって遊びを中心として過ごす自由時間の意義は大きく、精神的知的活動や情緒的活動によって、子供のトータルな心身発達が生み出される。
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◎深谷昌志,他 :学習塾・モノグラフ・小学生ナウ 1996;15(6):6−76
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・子供自身がどうして塾にいくかについてみると、小学校5,6年生を対象にした調査で「今よりもっと勉強ができるようになりたい」「将来役に立つと思ったから」「家の人が行くように言ったから」「中学を受験するから」となっている。
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◎犬塚文雄:塾通いの心理―教育相談の視点から.児童心理,1992;46(13)36−42
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・「家に帰っても誰もいない」・・・スキンシップの欠落
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・「家にいるより、塾にいるほうがおもしろい」・・・親の過干渉
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◎小宮山博仁:学歴社会と塾.新評論;1933
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・遊びの時間の減少により望ましい生活習慣の形成が阻害されることも指摘されている。
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◎村田光範:2001年の子どもが危ないシリーズ(3)体の健康編
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・通塾と健康状態との関係について、次の報告がある。小児の消化器潰瘍は、不規則な生活などからストレスが原因の一つであるとされているが、この病気にかかっている子どものうち85%は塾に通っているという。
要約
<目的>
小学生の50%近くが塾に通っているといわれており、現在、わが国の子供たちの生活を考えるにあたり、塾通いを無視することはできない。子供たちの生活の中に塾通いが入ることにより、生活リズムや生活習慣への影響を及ぼすことが考えられる。子供の生活時間への影響の報告はいくつかあるが、心身への影響については明らかにされていない。本研究では、自覚症状を指標として、通塾が子供の心身の健康に及ぼす影響を検討することを目的とした。
<研究方法>
1.調査の対象と方法
対象:東京及び近郊の公立小学校(6校),国立(4校),私立(1校)に在籍する5年生児童 ・・・11校;総計1314人
方法:1993年11月〜12月に、無記名の自記式アンケート調査. *調査方法は担任教師から説明する
2.調査項目
○一般的な属性 ・・・性.学校.父母の職業.年齢.家族数.兄弟数
○生活行動に関する項目 ・・・起床時間.就寝時間.朝食,夕食の摂取状況.帰宅後の遊び.遊びの内容.遊び時間.TV視聴時間.通学時間.塾や塾以外の習い事
○健康に関する項目 ・・・学校の欠席状況.自覚症状(20項目).ローレル指数.精神的健康度(家庭の楽しさ.学校の楽しさ.心配ごとの有無)*自覚症状=産業疲労の「自覚症状調べ」から作成.症状「あり」との回答を1点、「ない」との回答を0点として得点化し、「不定愁訴量」として算出した。
3.解析方法
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集計― 統計パッケージSPSSを使用
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塾に通う頻度により3郡(なし/週@〜2回/週3回以上)に分け、個々の項目(一般属性,生活行動,健康に関すること)との関連を検討した。*ローレル指数 = 一元配置の分散分析*その他の項目=X2-test(両側検定)
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通塾頻度と関連のあった一般属性、生活行動項目、それに通塾を加えて説明変数とし、通塾頻度と関連のあった個々の自覚症状、心配事、悩みを結果変数として多重ロジステック分析を行った。
<結果>
1.調査対象の属性
*通塾の頻度により差が見られた項目:男(週3回以上通うもの);兄弟数
2.生活行動
*通塾の頻度により差の見られた項目:習い事 ・帰宅後遊ぶ ・睡眠時間 ・TVを見る時間 ・遊ぶ時間
3.健康関連項目
*通塾の頻度により有症率に差がみられた項目:ローレル指数
自覚症状 7項目 ・・「眠い」「目が疲れる」「横になって休みたい」「イライラする」「大声を出したり、思い切り暴れまわりたい」「おなかが痛い」「便秘または下痢をする」
精神的健康度 2項目 ・・「勉強や成績のこと」「受験のこと」
4.多要因と健康度との関連
*通塾が影響を与えていた症状
通塾3回以上・・・「眠い」「目が疲れる」
;1〜2回・・・「おなかが痛い」「受験のこと」
*通塾以外の要因では、睡眠時間が「眠い」「目が疲れる」「横になって休みたい」「イライラする」「大声を出したい」の5つの自覚症状と優意な関連が認められた。
<考察>
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・深谷らの小学校5.6年生を対象とした調査では、塾に通うことで失ったものとしてあげているのが「友達とゆっくり遊べない」「寝る時間が少なくなった」であり、我々の結果からも、一週間の通塾頻度が多い子供ほどTV視聴時間や遊びの時間などの自由時間が少なくなっていることが認められた。深谷和子は、保健の科学「子供の遊びと生活時間」の中で、発育期にある子供にとって、遊びを中心として過ごす自由時間の意義は大きいと述べている。塾に行くことで、他の生活時間は相対的に短くなっていた。今回の調査では、自覚症状を指標として健康影響を検討したが塾に3回以上通う子どもで不定愁訴量が多く、特に、「眠い」「目が疲れる」「横になって休みたい」「イライラする」「大声を出したり、思い切り暴れまわりたい」の5つの項目で訴え率が高くなっている。「こうした自覚症状の出現は、当然ライフスタイル全般と関わっていると考えられる。
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・5つの自覚症状は、睡眠時間の少なさは関係していたが、「眠い」「目が疲れるの2項目においては、通塾の頻度との関連も認められた。
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・塾へ通う理由の多くは、受験のためや成績向上をねらってのことではあるが通塾により期待通りの結果が得られるとは言えず、行けば安心といった程度のことであるらしい。心配事や悩みの中で「受験のこと」をあげているのは、通塾の頻度と関係していたが、気になるから行ってみるものの、解決にはなっていないようである。
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・通塾が子供の悩みや不定愁訴量を増加させており、長期に持続していけば身体的にも精神的にも影響はもっと大きくなるであろう。
研究の長所.短所.意見
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・通塾が子供の健康に影響を及ぼすことを、自覚症状を指標として、明らかにしたことは、理解しやすい。
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・通塾による健康への影響がよく理解できるが、しかし塾に通っている子どもの中には、塾に自分に居場所を求めている子供もいるという(家に帰っても誰もいない,塾のほうが楽しいなど)。犬塚は、「塾通いの心理の中」で、塾に通う子どもたちの心理を塾が昔の《原っぱ的空間》であり、お互いの愚痴をこぼしあい、今日一日のストレスフルな気分を解消し、明日へのエネルギー充電をしているといっているように、塾のあり方によっては必要なものであるかも知れない。
学校保健への寄与
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この研究は、自覚症状を指標として通塾が子供の心身への健康に影響を及ぼすことが、明らかにされている。通塾率が、年々増加している中で、この結果を通して子供の置かれている状況を見直す機会を与えている。子供の生活習慣を考えるにあたり、社会全体(家庭.学校.地域)で、考えていかなければならない問題を示している。