<選定理由>
睡眠は、ブレスローの七つの健康習慣からも裏付けられるように、健康な生活をおくる上で重要な構成要素である。事実、私自身の最も短な健康障害(疲れや体調不良)の理由として、睡眠不足があげられる。成人の健康においてもさることながら、身体的・精神的発達の著しい子供においても同様で、子供の健康を考える上でも重要な視点である。日本においては、子供の睡眠に関する文献は少なく、今回米国における思春期の睡眠に関する文献に触れることで、現代の日本の子供を取り巻く問題を含めて考える機会にしたいと考えた。
<要約>
初めに
思春期の睡眠に関しては、ここ数年、様々な視点から研究がされてきている。Williamsらは環境を統一した中での睡眠に男女差はみられなかったと報告した。YarcheskiとMohonは、思春期における睡眠に関する悩みの大半が入眠障害であるとし、女生徒に多くみられると述べている。また、精神的な発達と睡眠との関係、登校日と週末の睡眠時間、不登校の視点も含めて“睡眠を遅らせる要因”について述べたものなどがある。
今日、思春期の睡眠障害は、過密な学校でのカリキュラムや親の価値観に端を発しているといわれている。睡眠は、社会的な要因に加えて、食事や薬物も影響しており、市販薬である睡眠導入剤使用に関する報告もあった。
方法
この調査は、SanFrancisco Public schoolsの6〜8年生を対象にした調査の一環として行われた。
本調査は成人のための睡眠に関する質問事項と青年期に関しての質問事項で構成されている。質問事項は、全て睡眠の量や質に関するもので、登校日と週末の睡眠に関する12項目、年齢や学年および就寝時間などの項目、睡眠不足等に関する3項目、過去7日間の様々な飲料水(ミルク、コーヒー、ビール、ジュースなど)の摂取状況に関する項目、登校日と週末における起床の違いに関する2項目、いびきや悪夢、歯ぎしりや寝言などについて過去一週間を振り返って記録してもらった。
対象は、都市の学校に通う人種の異なる144名を対象に調査を行い、分析し、関連性をみた。全回答者の55%(n=79)女生徒であった。年齢構成は11〜14歳であった(SD=1212±.95)。対象の人種は、白色人種とアフリカ系アメリカ人、アジア系アメリカ人などであった。(表1参照)
統計および分析
データの統計処理は、SPSS7.5を使用した。また、t検定により、学年別の有意差を検証した。関連性のあると思われる睡眠の質と種々の飲料水の摂取状況については、相関を検証した。
結果
登校日の睡眠状況
登校日の就寝時間は、午後8時から2時の間(平均午後10時、SD=22:33±89)で、男女において有意差はなかった。起床時間は、午前5時から8時の間(平均午後7時、SD=7:08±55)で、女性との方が男生徒に比べ早く起床していた(t=2.46,p=.01)。
登校日全体の睡眠時間は、男女において違いはみられなかった。
週末の睡眠状況
金曜日と土曜日の就寝時間は、午後8時から午前4時の間(平均午後11時、SD=午前
12:13±253)で、男女において違いはみられなかった。起床時間は、午前6時から午後3時の間(平均午後9時、SD=9:14±168)で、男生徒の方が女生徒よりも早く起床していた(t=2.92、p=.004)。睡眠時間は4~14時間の間(平均10時間、SD=9.8±179)で、学年により違いはなかった。
入眠障害
過去一週間における入眠障害は、1~7回であり、学年における有意差はみられなかった。対象の60%(n=86)が、寝入るまでに10分以上の時間を要したと述べていた。
睡眠中断
対象の38%(n=70)が、一晩において少なくとも1~2回やそれ以上の睡眠中断を経験していた。男生徒に比べて女生徒の睡眠中断が多かったが、学年による有意差はみられなかった。睡眠中断の主な原因に性差はみられなかった。(表2参照)
睡眠行動異常
いびきや睡眠行動異常の有無については、家族も含めて解答に協力してもらった。睡眠行動異常の有りの群における解答の多いかった行動は、いびき26.4%、寝言21.3%、歯ぎしり8.8%であった。それぞれの行動異常について、有意な男女差はみられなかった。
起床
どの年代においても過去一週間の登校日の朝の起床は困難であったと述べていた。週末においても同様の結果が得られた。起床までの時間は、登校日は約10分、週末は約20分かかった。双方とも性別による差はなかった。
居眠り
昼食の前後や登下校時などの五つの状況での居眠りの有無について解答してもらった。(表3参照)下校時における女生徒の居眠りの割合は、男生徒に比べて高かった。
睡眠不足を及ぼしている要因
性差と同様に、健康習慣(飲水習慣)と睡眠パターンの関連性も重要であった。コーラは最も多く消費された飲料水であり、コーラやコーヒーなどのカフェイン飲料は、男生徒に多く消費されていた(t=2.47、p=.01)。カフェイン飲料は、夢遊病との関連性があり(r=.36,p<.001)、ホットチョコレートも夢遊病との関連性が(r=.36、p<.001)、アルコール類は、登校日の起床困難(r=..20、p=.01)や夢遊病(r=.31,p=.001)、昼食前の居眠り(r=.22、p=.009)との関連性が深いとされた。
考察
今回の思春期の男女生徒を対象にした研究では、登校日と週末による睡眠スケジュールに関する大きな違いが明らかになった。登校日では、女生徒の方が早く起床していたが、週末では結果は逆転し、男生徒の方が早く起床していた。その理由としては、身支度や家事手伝い等が考えられ、今後の研究課題である。また、登校日の居眠りに関しての結果は、二点の重要な発見が得られた。一つは、昼食前の講義での居眠りとアルコール摂取の関係である。二つめは、下校時の居眠りにおける男女差である。おそらくこのことは、登校日の女生徒の起床時間の早さに関係していると考えられる。
思春期におけるカフェイン飲料摂取に対する問題は、今後の研究で明らかになっていくであろう。カフェイン飲料と睡眠行動異常の関係性は否定はできず、今後の研究が期待される。およそ300・のカフェイン摂取(コーヒー二杯分と同量)は、睡眠時間を2〜4時間短縮させ、眠れない状況をつくるとされている。カフェインは、コーヒーだけでなく、チョコレートや紅茶、コーラ、市販の鎮痛薬やインスタントのダイエット食品にも含まれている。思春期の少女は、ダイエット食品を求める特性がある。成人におけるカフェインの刺激は6〜8時間とされており、子供に関しては知られていず、思春期の睡眠に関する問題も含めて、今後議論していく必要がある。思春期の子供達が学校でカフェイン飲料を飲み始めることで、睡眠不足をひき起こす危険性が懸念される。Ledouxらは、思春期の子供達を対象にした研究においてカフェイン飲料については触れてないが、多くの若者がカフェイン入りの商品を求めているのは現実である。日々の睡眠不足をもたらしかねないカフェインの摂取は、発達段階の若者の健康問題となり得る危険性が示唆される。
終わりに
今回の研究は、睡眠という現象を主観的側面から捕らえた点で、薬物と思春期の発達の関連性のように核心的な結果が得られなかったと思われる。今後、客観的な研究方法を試みるなどの見直しが必要に思う。
本研究は都市部の思春期の子供が対象であり、一般化するには難しい。また、思春期の子供の居眠りの原因や登校日の女生徒の起床時間の早いことの要因、カフェイン飲料と睡眠行動異常との関係などの解明すべき課題も残されている。
<研究の短所・長所>
・結果において、カフェイン飲料と睡眠行動異常の関係性を立証したにも関わらず、考察がなされていなかった。各々の飲料水でのカフェイン含有量との関係性も提示できればよかったと思う。
・今回の研究における課題を客観的に示していた。
・研究者自身が作成した質問用紙についての信頼係数が算出されていず、母集団の偏りが生じている危険性がある。
・今回の研究における今後の課題を明確にしている。
<学校保健への寄与・私見>
少子化の波や高学歴社会に後押しされ、日本における子供を取り巻く環境も変化してきている。そのような中での睡眠に関する現状は、米国とは異なり、薬物の危険性よりも、むしろ過密スケジュールに影響されるところが大きいと思われる。睡眠に関連した様々な要因を明らかにしていく研究の一貫として、本研究の意義は大きいと思われる。睡眠は、疲労の解消からエネルギ−代謝の低下、無意識下での要求の充足など身体的・心理的機能回復には不可欠である。学校教育基本法に規定されている「心身ともに健康な国民の育成を期して…」にもあるように、子供の健康な発達、ひいては生活習慣病の予防の観点からも必要不可欠であると感じた。今後日本においても子供の睡眠に関する研究が期待される。