大竹 恵子, 島井 哲志, 嶋田 洋徳
The Japanese Journal of Health Psychology 11(2);1998;37−47
<選定理由>
近年、ストレス社会といわれるようになって久しいが、小学生にとっても、私立校受験のための塾通い等によるストレスに曝されていると言える。最近の小学生が「ストレスがたまる」と普通に使うのをよく耳にする。ストレスを感じるということは、ストレスの原因もあふれていることはもちろん、ストレスをうまく対処できずに感じやすくなっている、ということもあるのではないかとこの論文を目にした時、ふと思った。ストレスをうまく対処する術を小学生は知っているのか、どのようにしてストレスを対処しているのかなど興味深い内容であったため、今回この論文を選択した。
<先行研究レビュー>
*Lazarus&Folkman,1984・1988 コーピングの2大別について提唱。
@問題焦点コーピング(problem-focused coping):問題自体に関わり解決しようとする
同じ状況での望ましいコーピング(問題焦点)・望ましくないコーピング(情動焦点)があると考えるのではなく、問題の解決のしやすさやコントロールの可能性、サポートなどの資源に応じて適切なコーピング方略をとることが重要
小学生は、問題解決手段の欠如、コントロール困難であることが予測される。
⇒小学生のコーピングを考える際には、別の枠組みを考えることが必要になってくる。
⇒小学生では、問題解決コーピングではなく、不快情動処理のコーピングを採用することで、ストレス状況に適応していると考えられる。小学生の適応過程において情動的、行動的なコーピングが重要な役割を果たしていることが予測される。
我が国で、小学生における情動的、行動的なコーピングの果たす役割について十分に明らかにされているとは言いがたく、わが国の小学生のコーピング尺度には、小学生が採用する可能性の高い、情動的、行動的なコーピングと考えられる項目が少ない。このことから、小学生の採用するコーピングの実態を十分に把握することはできないと考えられ、我が国の小学生におけるコーピング尺度を再検討する必要があると言える。
要約
<目的>
・学級担任に依頼して実施。手引書を配布して調査実施方法を統一。
<結果>
・問題解決、サポート希求、情動的回避:女子の得点が有意に高い
Table3(男子)
・行動的回避を採用−疲労傾向↑・集中困難↑(ともにp<.05)、体調不良↑(p<.001)、
不眠傾向↑(p<.01)
・問題解決を採用−集中困難↓(p<.001)
・情動的回避を採用−疲労傾向↑・集中困難↑(ともにp<.001)、体調不良↑(p<.01)
Table4(女子)
・行動的回避を採用−疲労傾向↑・集中困難↑(ともにp<.001)、体調不良↑(p<.05)、
不眠傾向↑(p<.01)
・問題解決を採用−体調不良↓(p<.05)
・サポート希求採用−疲労傾向↓(p<.01)
・知覚された家の人のソーシャルサポートが高い群(以下、高サポート群)は、サポート希求得点が有意に高かった。
(男子t=3.10,df=364,p<.01;女子t=4.52,df=297,p<.001)
・男女とも、高サポート群はそうでない群に比べて問題解決得点が有意に高かった。
(男子t=3.10,df=364,p<.01;女子t=4.52,df=297,p<.001)
・男子で、高サポート群はそうでない群に比べて、認知的回避得点が有意に低かった。
(t=2.17,df=366,p<.05)
・女子で、高サポート群はそうでない群に比べて、情動的回避得点が有意に高かった。
(t=2.58,df=306,p<.01)
⇒・男女ともに、知覚されたソーシャルサポートが高い小学生は、問題解決、サポート希求というコーピングをよく採用することが分かった。
・女子においては、知覚されたソーシャルサポートが高い小学生は情動的回避をよく採用し、逆に、男子においては、認知的回避を採用しないことが分かった。
<考察>
・小学生が日頃、ストレッサに対して多く採用しているコーピングには、従来の尺度にあるコーピング尺度だけでなく、今回追加した情動的、行動的、認知的なコーピングも含まれることが明らかになった。
・行動的回避は他のコーピングに比べて、小学生の不健康状態に最も強く関与し、一方、問題解決やサポート希求は、不健康状態を引き起こさないコーピングであることが分かった。
・採用するコーピング方略は社会的な背景にも影響を受けている。(例)アメリカ人と日本人
・情動的なコーピングを採用する小学生はコントロール感が高い。知覚されたサポートが高い小学生は情動的回避をよく採用する。
⇒採用するコーピングによって、コントロール感が異なる理由の一つに知覚されたソーシャルサポートが関連しているのではないか。自分にサポートがあると知覚できることによって、コントロールの可能性が高まると考えることができる。
・健康にとって効果的な適応とは、コーピング方略の組み合わせとその採用に大きく関わっているのだと考えることができる。
・知覚されたソーシャルサポートが高い小学生は、男子では認知的回避を採用しないこと、女子では情動的回避を採用することが示された。
[今後の課題]
・我が国の小学生が採用するコーピングを包括的に測定していこうとするならば、今後、今回のようなコーピングを含めた尺度を開発する必要があると考えられる。
・不安やうつ、怒りといった健康に関連した情動とコーピングとの関連についても、検討する必要がある。
・コーピングは情動と関連性があることから、情動に強く結びついているコーピングを採用する際には、不安やうつといった健康に悪影響を及ぼす情動を生起させないような対策の必要性がある。
[研究の長所・短所]
・コーピング尺度も健康状態もこれまでの尺度から部分的に引用して使用しているが、尺度の信頼性・妥当性はどうだったのだろうか?
・今回の研究では,知覚されたソーシャルサポートは、家の人からのものだけを扱っていた。友達や先生からのサポートの影響も考えられる。
・年齢があがるにつれて、採用するコーピングは異なってくると考えられないだろうか。
[私見]
・コーピング方略とは、適応行動であり、個人の健康にも影響を及ぼすという関係が面白いと思った。コーピング方略を適応行動と述べているが、適応行動につながるコーピング方略とつながらないコーピング方略があるのではないか。健康に悪影響を及ぼすコーピング方略も果たして適応といえるのだろうか?
・この研究では、すでに獲得しているコーピングについて検討している。コーピング方略を獲得する契機(動機)や経過にも興味が湧いた。
[学校保健への寄与]
子どもがとりやすいコーピング方略が明らかにされたことは、学校現場においても、子どもの行動への理解を深める手がかりとなるだろう。コーピング方略と健康との関連から、健康に好影響を及ぼすコーピング方略が示唆された。望ましいコーピング方略を子どもに示すことが、健康に対する自己管理能力を高める手助けになるのではないかと考えられる。