中学生の登校を巡る意識の変化と欠席や欠席願望を抑制する要因の分析

本間 友巳 

(教育心理学研究48,2000;32-41)


報告者:渡久山 由希(学校保健学教室)

<選定理由>

 近年、我が国の児童生徒の中に不登校者の増加や登校はしているものの学校に対して否定的な感情を持つ者、すなわち学校嫌いの存在が指摘されている。私は、学部時代の卒業研究で中学生の学校嫌いに関連する要因についてというテーマを取り上げ、沖縄県内の中学生を対象に調査を行い、学校嫌いには抑うつ症状や生活ストレッサー、ソーシャルサポート、社会的スキルが関連していることが考えられた。卒業論文のテーマに近かったことと、この論文が欠席願望を抑制する要因まで分析を行っていたため選定した。

<先行研究レビュー>

<要約> TOPへ戻る
    本研究の主要な点をまとめると、@92年度と98年度の比較の中で、中学生の学校から離脱していく傾向(斥力)が高まっていることが明らかになった。しかし学校に積極的に繋ぎ止める傾向(積極的な引力)の変化は明確にならなかった。A不登校生徒への評価意識については、批判的な態度を示す生徒が98年度やや減少したものの、無関心な生徒はかなりの増加を示している。このことは、不登校生徒の増加により不登校が日常化した影響によるのかもしれない。また、欠席願望のない生徒は、欠席願望の強い生徒に比べ、不登校生徒に対して積極的な関心を持つことも明らかになった。不登校生徒への援助体制を作るためにも、欠席願望を抑制することは意味があると考えられる。B92年度、98年度ともに欠席願望を抑制する要因として、登校理由の中の「学校魅力」が大きな影響を与えていた。何らかの形で生徒が学校生活に魅力を感じて登校することが、欠席願望ひいては不登校の予防に最も有効であると言えよう。また、98年度の生徒で「自己基準」も抑制要因になっていた。大胆に推論すれば、この変化は自己決定や個性を重視する学校教育の在り方が影響しているかもしれない。C欠席そのものの抑制要因は登校に対する「規範的価値」に限られることが見いだされた。その一方で、欠席願望を抑制する要因は「対友人適応」「学習理解」「規範的価値」と複数の要因が見いだされ、欠席抑制要因とは一致しないことが明らかになった。欠席願望の抑制と欠席そのものの抑制を分けて考えるべきであることがこの研究から示唆された。D性差に関しては「学校不安」や「学校魅力」の女子の高さから、男子に比べ学校での様々な関係が登校に強い影響を与えやすい女子の傾向が明らかになった。このことは不登校生徒への評価意識でも、批判も含め不登校生徒に積極的な関心を抱く女子の傾向と結びついているといえる。
    以上の点を整理して以下の2点を考察する。
第一には、欠席と欠席願望の抑制要因の関係である。欠席願望を抑制するために少なくとも友人関係の改善や学習理解の促進が有効であることが本研究から示唆された。このことは、生徒の適応や意欲を高める学校側の様々な取り組みが欠席願望の抑制に役立つことを示している、欠席願望の抑制という視点で従来の学校での諸活動を見直すことが可能である点をまず指摘しておきたい。しかし欠席自体の抑制に関しては本研究で見いだされた要因は登校への「規範的価値」のみであり、欠席願望の抑制とは異なり、欠席を抑制する方策はかなり難しい問題を孕んでいると考えられ、その一つは規範という個人の内面の価値を高めることの困難さである。中学生という自立や大人への反抗が明確になる時期に、周囲の大人が彼らの内面の問題である規範性を高めていく難しさである、また、若者の社会的規範が全般的に低下している状況の中で、登校への規範性を高めていくことの困難さも同時に存在する。このことから、登校への規範的価値を高めるための指導や援助は、発達的特徴や社会的な条件などを十分に検討した上で行っていく必要があると言えよう。規範性を高めるための指導や援助を中学生は大人からの押しつけと受け止め逆に反発を招き却って規範性が低下しかねないからである。また、規範性に関するもう一つの問題は、欠席願望が強くてしかも登校への「規範的価値」が高いような生徒の場合、より高い規範性を求めれば、葛藤を強化し神経症的な症状さえも引き出す危険性がある。しかし、同時に「無気力型」「遊び非行型」のような登校への規範性が弱体化していると推測できる不登校生徒がかなりの数を占めている現状を考えるとき、規範的価値の問題を等閑視するべきではないとも思われる。個々の生徒の持つ規範的価値の程度や内容を分析する中で、あくまでも個人に応じた柔軟な態度や指導や援助を行っていくことが必要なのであろう、従って一律に規範性を高めようとすることは逆に多くの問題を投げかけることになるのである。
第2に近年研究が盛んに行われている学校ストレスに関する研究との関連から本研究の意義や課題を考えてみたい。岡安らは「教師との関係」「友人関係」「部活動」「学業」「規則」「委員活動」の6要因を中学生の学校ストレッサーとして抽出し、特に「友人関係」が抑うつ・不安感情と「学業」が無気力的認知・思考と高い関連性を持つことを明らかにした。これらの要因は見方を変えれば本研究の「学校魅力」の具体的な内容になりうるものである。Lazarusらが認知的評価やコーピングがストレス反応を決定する重要な仮定であると指摘しているように、これらの要因が生徒各自の認知的評価やコーピングによって肯定的な方向に進んでいくとき、「学校魅力」となって欠席に抑制的な影響を与えていくことになる。逆に否定的な方向に向かうと「学校不安」や「学校不満」のような欠席願望の促進要因となることが考えられる。学校生活に存在するストレッサーになる多くの出来事の中で、少なくとも友人や学習に対して喜びや楽しさが感じられれば、学校との絆は強まり欠席願望は抑制される可能性を指摘しているのである。様々な出来事が起こる学校で日々生活を送ることは、多くの生徒達にとって多様な否定的なストレスを被ることを意味している、しかし彼らは否定的なストレスのみならず、学校での出来事に喜びや楽しさ、すなわち学校享受感を同時に経験しているはずである。ストレスそのものの軽減や除去がたとえうまく行われなくとも、もし学校享受感をある程度体験できるならば、欠席願望は抑制されると考えられるのである。従って、生徒が学校生活のどこに喜びや楽しさを感じているかについて、教師や親がそれらを見いだし促進する方策を考えることの重要性であろう。不登校の増加・多様化が進行する中で、原因が特定されるケースは限られており、不登校の原因や原因を構成するストレッサーの発見以上に学校との肯定的な接点を見いだす姿勢は実践的であり、欠席や欠席願望を抑制し不登校の予防や改善につながる可能性を持つであろう。学校との積極的なつながりを強め欠席願望を抑制する諸要因の形成過程を明らかにすることが目指すべき課題なのである。
<研究の長所・短所> <学校保健への寄与・私見>

 この研究では、今後の不登校児童生徒への対応、援助をどのように行ったらよいかという方向性を示している。最後の考察魅力のある学校を作ることに重点を置かれているが、それだけでなく子どもを取り巻く社会背景の多様さを考えると、学校現場だけでなく、家庭、地域までを視点に含めた研究が今後望まれるのではないかと思う。

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