島井 哲志、 川畑 徹朗、 西岡 伸紀、 春木 敏
日本公衆衛生誌 47(1) ; 2000;8−19
この研究では、私達が普段何気なく行う間食行動について、それが小・中学生の食行動の中でも重要な意義を持つこと、また、間食にみられる食行動の問題とストレスコーピングとの関連を検討するという興味深い研究目的に着目し、選定した。
【 先行研究レビュー 】
健康な食習慣の持つ意義:健康に大きな影響力をもつ生活上の諸習慣の中でも、食行動が占める位置はきわめて大きい。ブレスローは、健康習慣から以下の7つを選び、実施している健康習慣の数の多い者ほど疾患の罹患が少なく、また寿命も長かったことを明らかにした。1)適正な睡眠時間 2)喫煙をしない 3)適性体重を維持する 4)過度の飲酒をしない 5)定期的にかなり激しいスポーツをする 6)朝食を毎日食べる 7)間食をしない ( Belloc N.B. , Breslow W.L., 1972 ) ここでは朝食と間食の習慣が取り上げられており、また飲酒と体格を食行動に関連する要因とすば、健康を支える諸習慣のうちで、食行動が非常に大きな位置を占めていることが分かる。すなわち、死亡率や罹患率を指標とした場合に、食行動は現在、および将来の健康の基礎をなすものであることは明らかである( Belloc N.B.,1973 )。したがって、健康増進・健康教育における課題として、健全な食行動や健康な食習慣を身につけ、維持することは極めて大きな意味をもっている(島井 哲志,1991)。とくに、小学校から中学校にかけては、成人になっても持続すると考えられる食行動や食習慣が形成される段階にあると考えられるので、予防的な意味においても、健康増進活動として、この時期に食行動、食習慣を指導・介入することが要請されている( Cohen R.Y., Brownell K.D.,1990 )。しかし、これまでの児童や生徒の食習慣についての研究では、主に食習慣の実態の把握や、そこで摂取されている食品の栄養面に焦点が当てられていることが多かった( Hackett A.F.ら,1984 )。将来にわたる健康な食行動を形成するというよりも、その時点での食生活の問題点、特に、栄養面の問題を見つけることがその関心の中心になっていたのである。
小・中学生の間食行動:間食に焦点を当てたのは、小・中学生においては、行動範囲の広がりにしたがって食生活も親離れが始まるが(島井,1990)これは間食の選択により明瞭に現れ、生徒自身が間食の選択や購買に関与していると考えられる(真鍋 信子,1986)ためである。間食の選択については、平成5年度日本学校保健会の健康状態サーベイランスが、ライフスタイル調査の一環として全国調査を行っている(日本学校保健会,1995)。そこでは、以前の調査に比較して、男女ともに「甘い飲み物」や「スナック菓子」を摂取する者が増加しているという傾向が指摘されている。このことは、間食の摂取はう歯だけではなく(Bibby B.G.,1975)(Ismail A.I.ら,1984)エネルギー摂取過多、脂肪摂取過多という、肥満や成人病につながる健康上の主要な問題に関係していることを示唆している(河野 友美,1986)。
食行動上の問題と肥満:肥満につながる摂食傾向としては、食物の選択だけでなく、食行動についての分析が不可欠である。ここでは、食行動についての心理学的な研究から、肥満に関係すると考えられる、食行動の2つの側面に焦点を当てた。第1は、外的な刺激によって食行動が支配されやすい傾向である外発反応性の摂食である(Costanzo P.R.ら,1979)。第2は、いやな気分や逆に高揚した気分のときに摂食が亢進する傾向である情動性の摂食である。これらの傾向は、肥満や摂食障害などの成人での食行動上の問題につながる内容であると考えられており(Van Strien T.ら,1986)(今田 純雄,1994)、健康的な食行動を形成するための行動変容の主要な標的行動とされている(Brownell K.D.,1994)。
ストレスのコーピングスキル習得と健康生活習慣:多くのストレス要因が、小中学生の周りにもあり、それらが健康状態に影響を与えていることが知られている(島井 ら,1996)。そして、これらの年齢層を対象としたストレス・マネジメント教育の必要性が指摘されている(島井,1996)。同じようなストレスのある環境におかれても、個人によって受ける影響に違いがあることが知られているが、その原因の一つとして、ストレス要因にどのように対処するかというコーピングの違いがあげられる。すなわち、効果的にコーピングすることによって、健康への影響を軽減することができる可能性が指摘されているのである(大竹 恵子ら,1998)。より健康にむすびつくコーピングスキルを習得するように指導すること(島井,1996)によって、食行動を含めた健康生活習慣の基礎を形成することにつながると考えられるのである(川畑ら,1996)。
【 要約 】
[目的]小中学生の間食行動の実態とその問題点を明らかにし、それらがストレスコーピングとどのような関係にあるのかを検討することを目的とした。
[方法]
1.調査対象:著者らの研究プロジェクトに関わりのある学校で 小学校10校、中学校6校の小学校4年生から中学校3年生までの児童・生徒1,486人を対象とした。(表1)各校には、各学年1クラスのみを調査対象クラスとするよう依頼したが、一部の学校では学校の希望により対象クラスを増加している。
2.調査手続き:1995年12月上旬から1996年1月上旬にかけて調査を実施した。原則として調査対象クラスの学級担任に実施を依頼し、実施方法の統一を図るために調査実施者用手引書を作成した。調査は自己記入式の無記名調査とし、記入後はあらかじめ各人に配布した封筒に調査表を入れ、封をさせた。
3.調査内容と解析法
〈食生活についての質問項目〉
坂野らのストレスコーピング尺度(中学生用)(坂野 雄二,1995)を用いた。これは小学生にも適用できることが確かめられて(嶋田 洋徳ら,1995)いて、積極的対処10項目と、消極的対処5項目、無関項目1項目から成り4件法であった。
〈その他の質問項目〉
学校、学年、年齢、性別などの基本属性と、コンピテンス、睡眠、運動、喫煙、飲酒などの生活習慣を調査した。
[ 結果 ]
1.朝食の欠食とふだんよく食べる間食の選択
朝食の欠食の実態について (図1):ほとんど食べないと回答した割合は、男子では小中学合計4.3%で、このうち中学生が5.7%、小学生が3.0%で、 有意差があった( P =.026 )。また女子では小中学合計2.3%であった。
「ほとんど食べない」と「食べない日が多い」をあわせた朝食欠食傾向者は、男子では小中学合計10.1%、女子では小中学合計 8.1%であった。この朝食欠食傾向者は健康的な食生活を「まったくしていない」と自己評価した割合が男子で38.7%、女子で28.3%となっていた。 欠食傾向のない者では、男子が5.6%、女子が4.8%で、上記とP < .001で有意に高かった。
普段よく食べるおやつについての男女別小中学校別回答結果(表2)について:全体を通じて半数以上の子どもがあげたものは、「くだもの」(61.6%)「ポテトチップスなどのスナック菓子類」(59.9%)「牛乳、ヨーグルト、チーズなどの乳製品」(52.9%)であった。男女で有意差があったものとして、男子では「牛乳などの乳製品」「清涼飲料水」「おにぎり、もちなど」「インスタントラーメンなど」「フライドポテトなど」の選択が有意に多かった。また、女子では「くだもの」「あめなどの菓子類」「洋菓子」の選択が有意に多かった。
男女別に小学校と中学校の比較をしたところ、男子では「清涼飲料水」「インスタントラーメンなど」は中学生が多く、「おにぎり、もちなど」は小学生が有意に多かった。また、女子では「インスタントラーメンなど」は中学生が多く、「牛乳などの乳製品」「おにぎり、もちなど」は小学生が多かった。
間食についての最遠隣法、平方ユークリッド距離によるクラスター分析(図2)を行い、全体を(1)『 補食の間食 』:「インスタントラーメンなど」「フライドポテトなどのファーストフード」「おにぎり、もちなど」、(2)『 健康的な間食 』:「乳製品」「くだもの」、(3)『 よく食べられる人気の間食 』:「スナック菓子」「清涼飲料水」、(4)『 洋風の間食 』:「ケーキなどの洋菓子類」「あめなどの菓子」「アイスクリームなどの氷菓子」 と分類した。
小中学校別男女別に、上記の4分類の間食について朝食の欠食傾向者群とそうでない群の比較をしたところ、全体の分析では、朝食を食べない集団は、人気の間食をより摂取すると回答し(P=.003)、健康的な間食を食べない(P=.001) と回答した。同様に、性学校別のどの集団でも、朝食を欠食する集団では、健康的な間食を多く選択した者の割合が低かった(図3)
2.間食の問題行動
男女別小中学校別 間食における食行動上の問題行動傾向(表3)(調査で「しょっちゅうある」「よくある」と回答した者の合計)は、 「テレビを見ながら」(67.1%)「おなかがすくと」(66.7%)「友だち(きょうだい)がおやつを食べると」(63.2%)「家におやるがあると」(57.4%) の回答が多く、半数を超える子供たちが該当した。男女差について、 「まんがを読みながら」と「おまけが目的で」という2項目では、男子の方が高く、その他の7項目については、すべて女子の方が問題行動の傾向が顕著であった。
男女別に小学校と中学校との比較をしたところ、 男子では、「家におやつがあると」で中学生が、「おまけが目的で」で小学生が高く、女子では、全ての項目で中学生の方がより問題行動傾向が顕著であった。さらに、「遊んでいるとき」「家でぼんやりしているとき」の2項目は中学生女子の半数以上が「しょっちゅうある」ないし「よくある」と回答した。
間食の問題行動11項目のうち8項目に対して主因子法バリマックス回転による因子分析(表4)を行ったところ、バリマックス後の因子負荷量から、第1因子6項目を外発性間食、第2因子2項目は情動性間食と解釈した。因子の項目間の信頼性については、クロンバックの信頼係数を算出すると、外発性間食では .764、情動性間食では .661となった。
男女別学年別の外発性間食得点と情動性間食得点の推移(図4)について、男女別小中別の「人気の間食」選択群と「洋食の間食」選択群の外発性間食得点(図5)と、男女別小中別の「人気の間食」選択群と「洋食の間食」選択群の情動性間食得点(図6)を示した。
「人気の間食」を選択する人と「洋食の間食」を選択する人では外発性間食、情動性間食ともに得点が高くなっていた。いずれも分散分析によって統計的に有意(P < .001)であった。また、「補食の間食」をする人についても、外発性間食得点、情動性間食得点ともに有意に高かった。(P < .001)
3.ストレス・コーピング
男女別各学年ごとの積極的コーピング得点の平均点(図7)をみると、分散分析で学年の主効果(P < .001)、性の主効果(P < .001)、交互作用(P = .007)が有意であったが、消極的コーピング得点では有意でなかった。すなわち、消極的コーピングの選択には性・年齢差がないことを示した。
男女別小中学校別の積極的コーピングと4分類の間食の選択との相関(表5)をみると、積極的コーピングをよく行う子どもは、健康な間食を選択することが多いことが示された。
男女別小中学校別のストレス・コーピングの各得点 と 間食の問題行動の各得点との相関(表6)をみると、消極的コーピング得点が外発性、情動性間食とも有意な正の相関を示した。このうち、小学生女子以外の集団では外発性間食得点は消極的コーピングとの有意な相関を示した。
[ 考察 ]
間食としてよく摂取していると回答された食品は、くだもの、スナック菓子、牛乳が50%以上で上位を占めていた。小・中学生を比較すると、飲み物として小学生は牛乳が多いが、中学生になると清涼飲料水の割合が増加している。また、これと同時に、インスタントラーメンなどが間食として摂取されるようになっていた。健康状態サーベイランス(日本学校保健会,1995)によれば、この傾向は高校生になるとさらに顕著になっており、年齢が上がるにしたがって加工食品の摂取頻度が増加することを意味していると考えられる。男女を比較すると、男子ではインスタント・ラーメンなどを、女子ではくだものをよく摂取する傾向にあり、また、男子の方が牛乳がよく選択されているが、中学生女子は牛乳をそれほど摂取しない。これらの男女の違いは、思春期の女子では外見を意識して食事をコントロールする摂食抑制傾向を反映している可能性が考えられる。どのように、どのような間食を摂取するかという指導にあたっては、男女の違いにも注意して計画する必要性を示している。
食行動上の問題傾向をみると、テレビを見ながら間食するという、いわゆる「ながらたべ」が多いことが分かる。これに加えて、家におやつがあると食べてしまうという、環境刺激によって誘発された外発的な間食行動は、中学生では顕著である。しかしながら、このような変化については、中学生になると、身体的変化や活動量の変化にともなって、摂取するエネルギー量が変化し、それに見合った食習慣を形成しようとする過程で起きる問題であると考えることもできる。
ここでは、間食における問題傾向を、外発性の摂取と、情動性の摂取という2つの要因に分類して分析した。外発性ないし外発反応性の食物摂取は、自分の身体的・内部的な手がかりである空腹感によらずに、味、匂い、見かけ、食事の時刻などの外的な刺激によって食行動が引き起こされる傾向である。豊富な食品に囲まれているという、先進国の現状では、この傾向は摂取エネルギーの増加をもたらし、肥満に深い関連がある食行動問題傾向と考えられている。情動性の食物摂取は、その時の気分に左右されて、食行動を起こす傾向であり、これが落ち込んだ気分やいやな気分のときに食べてしまうということになれば、摂食障害にも関連している行動傾向であると考えられる。本研究では、間食に限って検討しているが、この行動傾向は、男子では中学生で低下傾向にあるのに、女子ではより顕著になっていることから、女子において摂食障害傾向がより顕著であることとの関連がある可能性を示唆している。
人気の間食や洋風の間食を選択した集団は、外発性、情動性の間食摂取をよくしており、これらの結果から、小・中学生においては、ここで取り上げた摂食行動の問題が自分自身にもあるという自覚を通じて、それに対処するスキルを習得するという動機づけを行い、健康な習慣を維持する教育・介入を行う必要性が高いと考えられる。
問題を積極的に解決するコーピングを行う集団では、健康的な間食を選択する傾向にあった。また、情動の解消を図る消極的コーピングを行う集団では、外発性および情動性の間食摂取を行う傾向にあった。これらの結果は、ストレスに対してより建設的にコーピングできるかどうかという能力が、間食摂取に示された食行動上の問題と関連しており、より健康的に間食を摂取するための重要な要因の一つである可能性を示唆している。他方、高脂肪で甘い間食を摂取することは、認知的能力を回復させたり、うつ状態につながると考えられている学習性絶望を減少させたりする効果があることが知られている。したがって、一方的に、間食を制限するというような画一的な指導や教育が望ましいわけではない点にも注意するべきである。
食習慣の指導や介入においては、ストレス・コーピングや運動習慣を含めて、総合的に健康増進を図ることによって、健康習慣の確立を目指すことが望ましいと考えられる。
【 研究の長所・短所 と 学校保健への寄与・報告者の私見 】
〈 長所 〉調査の内容と分析方法についての記述が比較的詳細でわかりやすかった。また、この研究では、よく摂取する間食についての調査を行っているが、その結果は日本学校保健会の健康状態サーベイランスとほぼ一致しており、信頼性が高いと思われる。さらに、調査で得られた結果に、さまざまな角度からの分析を行っているため、興味深い傾向がみられた。また、考察では、この研究での結果の考察にとどまらず、食行動に関する健康教育、介入にも及ぶ記述が多くあり、実践する側が読むにも有意義な研究となっていると思う。
〈 短所 〉まず、調査方法について、調査対象クラスの担任が実施する点で信頼性に欠けると思われる。また、対象校が著者らの研究プロジェクトに関わっていて、恣意的なサンプリングによるものであることから、教職員・生徒の健康に関する意識が一般的なものとは断言できない。ここでの結論を一般化することを考えるときには、適切なサンプリングでの調査の必要性が考えられる。さらに、調査票の内容の信頼性を検討した上で調査を行ったような記述はみられず、これを点数化しているところなど、信頼性が落ちていると考えられる。
〈 学校保健への寄与・報告者の私見 〉この研究は食行動のなかでも、間食が健康生活に及ぼす影響について述べられており、また、ストレス・コーピングとからませた、興味深い研究とあって、読みやすかったとは思う。ただ、論文を読むことに初心者の私にとっては、この論文に込められた内容は莫大なもので、読んだ後に頭の中を整理するのに一苦労だった。しかし、調査した結果をこのように多角的に分析・検討することは、研究者の側からしても重要であろうし、被調査者に対しても一種の礼儀となるであろう。またここでは、普段何気なく行っている間食が、子どもにとって重要な食行動の一つであり、誤ったやり方で、う歯、エネルギー過多、脂肪摂取過多という健康上の主要な問題につながることが示されている。人々の健康に携わり、ましてや健康教育などを行う者は、子どもの行動の一つ一つに重要な意義があることを肝に銘じ、このような論文を読むなどして傾向を知ることが大切だと考えた。