思春期のセルフ・エスティームと喫煙・飲酒・薬物使用
ならびに将来の喫煙・飲酒・薬物使用意志との関連
植田誠治
金沢大学教育学部
学校保健研究 38;1996;460−472
発表者:上原 康代(学校保健学教室)
発表日:平成10年5月7日
選定理由:
わが国の中・高校生の喫煙・飲酒・薬物使用が増加傾向にあるといわれている。彼らがこれらの問題行動に至る背景には社会的要因や地域・家庭など環境の問題があげられ、それらを改善することにより児童・生徒の問題行動も減少すると思われるが、学校における防止教育において最も効果的であるのは、児童・生徒に知識や技能を獲得させる等の直接的な教育介入であると考える。そこで思春期のセルフ・エスティームと喫煙・飲酒・薬物使用がどのように関連し、また、セルフ・エスティームが将来の使用意志とどのように関連しているのかを知ることにより、これからの予防教育を考える上で参考となると考えこの論文を選定することにした。
先行研究レビュー:
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近年の全国規模の調査により、わが国の思春期における喫煙者率ならびに飲酒者率の高さが明らかとなってきた。川畑らによると、喫煙者(ここ一ヶ月間に喫煙した者)の割合は男子において中学3年から高校3年にかけて8%から37%と急激に増加しており、女子においても学年が高くなるにつれ増加傾向がみられたとあり、飲酒者(ここ一ヶ月間に飲酒した者)においても、その割合は小学校5年から上昇し、高校生では男女とも約半数に達していた。市村ら、尾崎らの調査結果でも同様な結果を示していた。また、総務庁の報告により有機溶剤などの薬物乱用の増大も指摘されている。
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効果的な防止プログラムを開発するためには、喫煙・飲酒・薬物使用に関連する要因を明らかにすることが不可欠であり、欧米ではその要因の一つとしてセルフ・エスティームの低さが特定されてきた。
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Rosenbergは、セルフ・エスティームを自己に対する肯定的、または否定的態度と定義した。そして、セルフ・エスティームを他人との比較ではなく、自己のもつ価値基準に照らした自己評価と捉え、10項目からなるセルフ・エスティーム測定尺度を開発した。
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Coopersmithは、セルフ・エスティームを人が自己を尊敬しているか、習慣的にそれを維持しているかの評価であり、自己をよく思う、あるいはよく思わないといった態度としてあらわれるものであり、また自己を有能でる、重要である、成功している、価値がある人間だと思っている程度をあらわすものであるとしている。そして、50項目からなるセルフ・エスティーム測定尺度を開発した。
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JanisとFieldは、セルフ・エスティームを社会的な適応の感情として捉え、社会的場面での不安、自己意識、個人的な無価値の感情といった不適切な感情を含んだ23項目からなるセルフ・エスティーム測定尺度を開発した。
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Ahlgrenらをはじめ多くの研究者によって、セルフ・エスティームと喫煙・飲酒・薬物使用との関連が明らかにされてきており、セルフ・エスティームを高める内容を喫煙・飲酒・薬物防止教育に含める必要性が強調されてきている。
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わが国でも、思春期の喫煙・飲酒・薬物使用に関連する要因を解明する研究が進められている。野津は、青少年の喫煙行動と関連すると予想される要因の中から主なる9項目について検討をしたところ、両親の喫煙行動は高校生の喫煙行動に強い影響を与え、とりわけ女子では母親の影響が大きいこと、また、高校生の喫煙行動と友人の喫煙行動との間には男女共に相関が認められ、友人の喫煙の影響が大きいことなどをあげている。渡邉らは、中学生時から成人時までの約7年間の間隔を置いて同一の対象者を追跡調査し、中学生時の変数から成人時の喫煙行動を予測する変数を見いだすことを目的とした縦断的調査を行い、そのなかで成人時の喫煙への影響が特に大きい変数として、喫煙する友人数、中学生時の喫煙行動および将来の喫煙行動の予測あげ、特に、本人による将来の喫煙行動の予測が重要な喫煙行動予測変数であることを示している。
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Sunseriら、Murphyら、ならびにTuckerは、セルフ・エスティームの低さが将来の喫煙意志の先行要因であることを明らかにしている。
以上の先行文献については本論文の「文献」を参照。
要約:
<目的>
効果的な防止プログラムを開発するためには、喫煙・飲酒・薬物使用に関連する要因を明らかにすることが不可欠であり、わが国では、セルフ・エスティームと将来の喫煙意志との関連、ならびにセルフ・エスティームと将来の飲酒・薬物使用意志との関連については全く明らかになっていない。、そこで、わが国の思春期におけるセルフ・エスティームと喫煙・飲酒・薬物使用ならびに将来の喫煙・飲酒・薬物使用意志との関連を明らかにすることを本研究の目的とする。
<対象と方法>
対象
山梨県の公立高等学校1,2年生557人を対象とした。
方法
<結果>
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男子において、非喫煙者、試喫煙者、喫煙者の順にセルフ・エスティーム得点が低くなる傾向が見られた。また、将来喫煙意思のあるものは、意思のないものよりセルフ・エスティーム得点が低かった。女子においては関連が見られなかった。
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飲酒・飲酒意思とには男女とも関連が認められなかった。
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男女共に、薬物使用経験者はセルフ・エスティーム得点が低かった。
<考察>
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松下は、Rosenbergセルフ・エスティーム尺度の日本版を作成し、尺度の妥当性を明らかにしており、Cronbachのα係数は、0.82であったことから、この尺度は信頼性も高いと判断された。
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全国規模の調本研究で得られた査結果と比較すると、本研究の対象者はわが国の平均的高校生であると見なされた。
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男子におけるセルフ・エスティームと喫煙ならびに将来喫煙意思との関連が見られたことから、思春期におけるセルフ・エスティームが、将来の喫煙行動を予測しうる変数の一つである可能性が示唆された。
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女子のセルフ・エスティームと喫煙・飲酒意思には関連がないことにどう影響をしているかについて、今後明らかにする必要がある。
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セルフ・エスティームと薬物使用との関連については、男子、女子共に薬物経験者数が少ないことから、今後、より対象を増やした研究をすることが求められる。
本研究はセルフ・エスティームと喫煙、喫煙意思との因果関係を示したものではないため今後、縦断的研究が必要である。
<結論>
今回の結果から、男子においては、喫煙を防止するうえで、思春期にセルフ・エスティームを高めることの意義が示唆された。しかし、女子の喫煙防止ならびに男子、女子の飲酒防止に、その意義は認められなかった。
わが国における教育プログラム開発の基礎的研究として、特定領域のセルフ・エスティームとの関連についても検討する必要がある。
本研究の長所・短所・問題点と私見:
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調査方法において、統一を図るために調査実施者を一人にしたことは長所としてあげられるが、できれば、調査実施者は同校と無関係の者であることが望ましい。
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この研究の目的の一つにセルフ・エスティームと将来の喫煙・飲酒・薬物使用意思との関連を明らかにするというのがあるが、この調査対象者は高校1・2年生であるのにもかかわらず、質問項目においては高校卒業後にタバコを吸いますかと聞いており、高校3年時が空白である。どうして「高校卒業後」としたのかが疑問である。
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対象者は山梨県の公立高校の生徒だが、偏った対象者にならないよう地域別(市、郡部など)、高校別(商業、工業など)に対象者を抽出したほうが、わが国の思春期の調査結果として代表性が高まると思われる。
学校保健への寄与:
わが国の思春期男子においてセルフ・エスティームと喫煙・将来喫煙意思との関連が見られたことから、男子において、思春期に高いセルフ・エスティームを持つこと、あるいは思春期に高いセルフ・エスティームを高める教育を行うことの意義が示唆された。
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