セルフ・ヘルプの技法としての『フェルト・センス描画法』
───「からだの感じ」の象徴化と体験化───
 春日菜穂美  春日作太郎

臨床心理研究 10(2) ; 1992 ; 4-5


発表者:福本利江子(臨床心理学教室)
発表日:平成11年6月3日

 

選定理由:

 保健室における相談活動において、自分自身は、ロジャースの来談者中心カウンセリングを中心に実施している。しかし、この技法のみでは、まだ言語表現が不十分であり、自己体験を実感することが不得手な生徒には、十分な効果が得られないと感じられることがある。ロジャース自身も提唱している、『いま,ここで』の自分の感情を実感し、それにより、真の感情や自分自身の思いに気づき、自己成長、自己治癒していくことはカウンセリングにおいて非常に大切なことである。特にこの部分に焦点をあてたのが、ジェンドリンが提唱する『フォーカシング』(説明参照@)である。ジェンドリンは、フォーカシングを感じながら、『フェルトセンス』(説明参照A)に気づき、実感していくことが大切であると述べている。
 このフェルトセンスを言語でなく描画で表すことにより、よりフェルトセンスから伝わる真の気づきに出会い、自己成長していくことができるのではないかと考えている。
 このような技法(フェルトセンス描画法)は、保健室におけるカウンセリングの中で、児童生徒を対象に実施することにより、自己成長、自己治癒を促して有益なのではないかと感じている。
 本論文は、このフェルトセンス描画法を取り入れて、描画を心理テストのみでなく治療の一部として使用し、セルフヘルプの技法として研究している。そういう意味でも、今後の保健室相談活動においての使用に、有益性を感じ本論文を選定することとした。

 
先行研究レビュー:

 これまで、種々のセルフ・ヘルプ・グループにおける報告がおこなわれてきたが、確率されているものは少ない。そのセルプ・ヘルプの技法の一つとしてフォ−カシングがある。フォーカシングにより自己受容感の拡大や心理的膠着状態から開放されるなどの効果がみられている。その反面、フォーカシングの会得が困難であるという一面もみられる。そのため、フェルトセルスを絵にするということを実施した。このような試みは、弓場(1985)がプレイ・セラピーの中で行っているし、小関(1989)も報告している。またRHYNE(1973)のゲシュタルトアート表現法(説明参照B)の中にもみられる。篠崎(1986)はそれを発展させ「ドリーム・ワークの応用的技法とUNFINISHED WORKの技法によって治療的に扱った時、真自己が表出した」事例を報告している。このように「からだの感じ」を絵にすることや、それを手掛かりに治療に発展させていくことは、今までの研究の結果有効であると考えられている。
 

要約:

<目的>
 フェルト・センス描画法を提示し、事例を通して@描画による体験者の変化,A描画プロセスの特質を明らかにし、セルフ・ヘルプの技法としての有効性について検討する。

<対象>
 学生36名(男子20名,女子16名)20〜22歳

<方法>
@体感覚ワークの実施(腹式呼吸,ボディ・ワークによるからだへの感覚を開いていく。からだの感じを感じていく。)

Aフォーカシング実施(フェルト・センス描画法実施〔どのように感じているかを描く〕)

B体験したことを振り返り、体験の意味を受け取る。(・「描画のプロセス」〔自分の中で起こったきたことを順を追ってできるだけ詳しくかく〕・絵を描きおわった後どんな感じがしたが,からだの感じや気分,思ったことを書く・絵に描かれたことと普段の自分の感じやあり方とつながるものがあったら書く

<結果>
@フェルト・センス描画法による変化

 以上の結果よりフェルト・センス描画法の変化として、一人の人間として前向きに自然に生きていく方向へと、促進的に作用したと考えられる。

A描画プロセスの特質

Bセルフ・ヘルプ技法としての有効性 <結論>

フェルト・センス描画法は、初心者が一人でも「象徴化──体験化」のプロセスを推進できるといった長所がある。その反面、内的プロセスの展開が早い場合に、描画が追いつかない等の融通性に欠ける面がある。他のセルフ・ヘルプの技法と合わせて、との時々に応じてうまく活用していけばよいと考えられる。

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意見及び学校保健への寄与について:

 まず最初にボディー・ワークで心身共にリラックスさせ、そしてフォーカシングを実施し、フェルト・センスを感じ、描画していく。それにより、カタルシスを実施することは勿論であるが、フェルト・センス描画により「象徴化──体験化」を実施し、描画者自身が体験の「意味」を受け取ることができ、自己治癒・自己成長へ繋げていくことができる。そういう意味でこれは、とても革新的な技法であると感じられる。 今まで学校現場では、ロジャースの来談者中心(受容・共感・自己一致)の技法が中心であった。それはとても意味あり、大切なカウンセリングの方法である。しかし、生徒によっては、時間がかかりすぎたり、又自分のストレスの源をつかめきれず、悶々として状態で終結してしま事例もみられた。そのような事例には、このフェルト・センス描画法を取り入れることにより、よりカウンセリングの効果を上げることができるのではないかと思われる。今回、本論文では、セルフ・ヘルプ法の一つとして紹介されているが、小学校・中学校の段階では、カウンセリングの中に取り入れて、実際心身のリラックスやフェルト・センス描画、その後の体験化、意味の受け取りまでを一貫して導いていったほうが、効果があるのではないかと考えられる。そして、実践を積んでいくことで、本人が、やがては自分自身でセルフ・ヘルプを実施することができるのではないだろうか。
 そういう意味でも、自分自身としては、このフェルト・センス描画法をカウンセリングの中に取り入れて実施することにより、より保健室における相談活動に効果を上げることができるのではないかと考えている。
 ただし、この技法が決して、万能という意味ではなく、カウンセリングを実施していく中での一つの技法として、意味有るものという視点を持ち、過信しすぎることがないように心掛けたいと思う。
 また現実に、心身をリラックスさせ、フェルト・センスを本人自身に感じさせ、それを描画・体験し、意味を組んでいくということは、カウンセラー側に非常に深い感性と技術が必要であると思われる。そういう意味でも治療的な効果を求めて、描画を使用する場合は、カウンセラーの学習と多くの実践が必要とされると考えている。
 これからは、一つの技法に捕らわれるのではなく、折衷主義的カウンセリングが必要となり、それぞれの生徒に合った、それぞれの技法をカウンセリングの中に取り入れて、実施していくことが必要とされる時代がきたのではないだろうか。
 そういう意味で、一つの技法として、このフェルト・センス描画法は、意味有るものと捕らえ、今後、自分自身の学校保健経営においても取り入れて行きたいと考えている。

 
<参考資料>

@フォーカシング
 フォーカシングとは、アメリカのユージン・ジェンドリン(1926〜)が始めた心理療法である。
 人間がいま・この瞬間に経験している感情や気持ちのことを「体験」という。この体験は常に移り変わっているので、体験の流れという意味で「体験過程」という概念ができてきた。
 体験過程の特徴の一つが「心身未分化な感覚」であり「身体を通して感じられる」ということに注目し、体の感覚に焦点を合わせていくことで、体験との関係を作っていく方法と、その方法の教え方/学び方を開発し、これをフォーカシング(焦点づけ)と名付けている。また体験過程に対して開かれる持続的注意をあてつづけることと、そこから生じる変化を含めてフォーカシングということもある。
 人は、「いま・ここ」での自分の中にある気持ち(クライエントのクライエント)をしっかり聴こうとすると、自分の中にある気持ち自身が話し始めてくる。それが新しい気づき、真実の自分への気づきへ近づいていく。
 心の問題の多くは、本当の自分が感じていることを無視してしまう(抑圧・当否・投影等)ことから生じる。本当の自分が感じているものを意識できたとき、やっと次のステップに進むことかできる。もちろん、気づきがあったからといって、その問題がなくなるわけではないが、自分の経験と自分の意識している自分が近づいたとき、人は捕らわれから開放される。
 今まで無視していた、けれども自分の中に確かにある気持ちに気づくということはとても大切なことであり、自己成長へも繋がっていくことになる。

Aフェルト・センス
 フェルト・センスはフォーカシングにおける体験過程において、現れてくる、それぞれの身体感覚を伴う気持ちや感覚のことで、「感じられた意味・感覚」ということでもある。
 体験過程に伴って感じる、言葉にできる部分とできない部分、それらを全部含んで、何か感じられてくるものすべてがフェルト・センスである。

Bゲシュタルト
 ゲシュタルト療法は、パールズによって創始された心理療法である。
 9つの原則として下記のものが有名

 
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