沖縄県名護市への海上航空基地建設に関する政府基本計画案についての見解

 政府・沖縄県・名護市などでつくる「普天間飛行場代替施設協議会」は去る7月末に代替施設の基本計画案を決定した。基本計画案は、名護市辺野古沖合(キャンプ・シュワブ沖)に、埋立によって約2,500×730メートルの土地を造成して、2,000メートル滑走路をもつ民間と共用の航空基地を建設して米海兵隊に供用させるというものである。この基本計画案について、以下に日本科学者会議平和問題研究委員会および同沖縄支部の見解を述べる。

1. 名護市住民投票の結果との矛盾
 基本計画案では、1997年の海上基地案と比較すると、キャンプ・シュワブ沖という同一海域にあるものの、リーフ上という沿岸生態系への影響の大きな位置に立地されることになり、施設面積も2倍以上に拡大され、滑走路長も700メートル長大になった。施設造成の工法も、1997年当時に政府が「環境に配慮した」として提案していた工法から、埋立工法へと変更されている。
 普天間代替施設建設に関して直接に示された住民意思は、いまも1997年12月の名護市住民投票のみであり、その結果は、環境への配慮や経済振興策への期待を考慮しても基地建設に反対するということが多数意思であった。基本計画案で1997年の海上基地案から変更された点は、いずれもこの住民投票に示された意思に反する方向である。このように、基本計画案は、民主主義の原理を踏みにじる重大な内容をもつものである。

2. 沖縄米軍海上基地学術調査団などの指摘の黙殺
 日本科学者会議などは、1997年(第1回)と2001年(第2回)に「沖縄米軍海上基地学術調査団」を組織し、独自の調査を行って報告をまとめ、発表した。また、2000年2月には、同調査団(第1回)と日本科学者会議平和問題研究委員会・沖縄支部の3者の連名で、「普天間基地の名護市への移設に関する公開質問状」を沖縄県知事と名護市長に宛てて送付した。

 2-1. 1997年の第1回調査団は、海上基地計画に対して次のような指摘を行った
 (1)海上基地の安全性の評価について、政府の計画では「沖縄本島の過去100年の災害の強度」に基づいているが、琉球列島全体の過去の事例すべてを参考にすべきこと。
  (2)辺野古海域におけるサンゴと広大な藻場は、ともに生態系として良好な状態にあり、貴重性が高いこと。また、同海域はジュゴンの主生息域とも考えられること。従って、自然環境に大規模な影響を必然的に及ぼす海上基地建設は、その是非が根本から問われるものであること。
 (3)周辺の海岸には、貴重なマングローブ林や、ウミガメの産卵場などがあり、海上基地の建設・運用によって悪影響を受けることが予測されること。
 (4)在沖米軍基地において環境汚染事故が頻発している実態に照らして、海上基地からは油脂類や危険な物質の漏出事故が発生する可能性が高く、そのような事故がひとたび発生すると、極めて貴重なやんばる地域の陸海の生態系に重大な影響を及ぼすものと考えられること。
 (5)普天間基地に比して狭隘な海上基地であり、軍用機の高密度の訓練・作戦が恒常的に実施されることにより、従来よりも事故の頻度が高まる恐れがあること。
 (6)兵員の移駐により、名護市など周辺地域での事故や犯罪の増加が予測されること。

 2-2. 2001年の第2回学術調査団は、2001年6月の第7回代替施設協議会において、代替施設の規模、工法、具体的建設場所等が示されたことを受けて組織された。同調査団は、第1回調査団の報告に加えて、新たな調査・検討を行い、さらに、次のことを指摘した。
 (1)藻場について、海草移植は技術的に難しく、移植先の生態系にも影響を及ぼすこと。移植等の措置によって藻場の減少を補償できるものでもないこと。
 (2)サンゴへの影響については、政府は、基地建設予定地のサンゴの被度と種の希少性の2点のみを基準として、影響は小さいと評価している。しかし、サンゴは白化減少などにより死んでも、生物の幼生のすみかとなるなどの役割を果たすとともに、海域が健全であれば遺体の上に新たなサンゴ群体が回復してくる。従って、一時的にサンゴの被度が低くても、また、世界で辺野古にしかないサンゴの種というものがなくても、基地建設によるサンゴ礁生態系への影響が小さいことにはならないことは明らかであり、政府の分析は根本的に誤っていること。
 (3)埋立工法は、予定地の生物群を死滅させる最悪の工法であること。
 (4)政府は、建設予定地に隣接する藻場やサンゴへの影響を著しく軽視していること。また、ジュゴン、藻場、サンゴに個別的に論及するのみであり、辺野古海域全体への影響の検討は全く欠落していること。
 (5)政府は新基地では現行の普天間基地配備のヘリコプターしか運用されないと仮定しているが、このことは、滑走路が1997年案よりも長大化したことや、普天間基地でも戦闘機や輸送機が頻繁に発着している実態と矛盾していること。
 (6)民間空港としての採算性や地域経済効果は、全く見込みがないこと。

 2-3. 2000年2月の3者共同の公開質問では、普天間代替基地施設の名護市辺野古沿岸域への移設を1999年11月に沖縄県知事が、ついで12月に名護市長が受け入れ表明したことを受けて、判断の経過、自然環境への影響、住民生活の影響の3項目について、沖縄県知事と名護市長の見解をただした。沖縄県知事は同年6月に回答し、名護市長は回答をしなかった。

 沖縄県知事の回答では、『県は、代替施設の建設については、「必要な調査を行い、地域住民の生活に十分配慮するとともに自然環境への影響を極力少なくすること」を国に対し強く申し入れたところ』であり、『国において、環境調査を含め、必要な各種の調査が行われるものと考えて』いるなどとの認識が示された。
 県知事の回答を受けて、公開質問を行った3者は見解を発表した。
 (1)基地使用期限や環境保全などの基本問題さえも、国に要望または期待するのみにとどまる県知事の姿勢は、自治体としての主体性や見識を欠いていること。
 (2)基地建設そのものが取り返しのつかない環境破壊を招く恐れがあること、基地の運用により環境汚染や生態系破壊を受けた場合にその修復は極めて困難であることは、繰り返しわれわれ専門の研究者が指摘してきたところであり、それらは環境調査や共生レベルの協議で解決可能な問題ではないこと。
 (3)沖縄県知事・名護市長は、地方自治の原点に立ち返り、「移設」受け入れの方針を撤回すべきこと。

 2-4. 以上のように、海上基地計画は、施設の安全性や環境影響において多岐にわたる重大な問題を抱えており、第1回、第2回の調査団はこれらの指摘を政府や沖縄県、名護市にも伝達した。とくに、第2回調査団が指摘した問題点は、軍民共用を前提とした大型施設を辺野古海域に建設する計画に対応した調査報告であり、今回の基本計画案にもそのまま当てはまる内容である。さらに公開質問を通じて沖縄県と名護市にたいして地方自治体としての主体性の発揮を求めた。ところが、これらの指摘のいずれに対しても、具体的な検討を加え、問題点の克服策を示すこともないままに、今回の基本計画案に至ったのである。これは、政府や地元自治体の課せられた説明責任を全く果たさない、国民・専門家無視の姿勢である。代替基地建設は基地の重圧に苦しむ沖縄の負担を軽減するものとの政府の言明が、偽りであることを示すものであると指摘せざるを得ない。

3. 新たな問題点
 3-1. 基本計画案では、予定地がリーフ上となった。リーフでは波浪は最大となり、海底の地形・地質も極めて複雑であるので、施設やその施工工事の安全性維持にとって明らかな悪条件である。また、最も生物多様性の高いリーフ部分を失うことは、リーフ内外の生態系に重大な影響を及ぼすことが予想される。一方、地元自治体の首長が要求している基地の使用期限、使用協定の締結などを実効性あるように実現するためには、日米地位協定の抜本的な改定が必要であり、政府・与党の方針から見てその実現性は乏しい。それらについても、結論を先延ばしにしたまま、計画のみが進行している。

3-2. 2002年度に開始された環境省のジュゴン調査で、辺野古海域にジュゴンの餌場となる広域の藻場が確認された。これに対して、防衛施設庁は、基地建設での防衛施設庁の調査と、環境省のジュゴン調査とは別だとの認識を示している。基地建設の当事者である防衛施設庁が、同じ行政機関である環境省の調査結果すらも軽視し、生態系保全の観点を欠いたまま環境調査を行うというのでは環境調査の名に値せず、科学的な検討が行われることを期待することは全く出来ない。さらに、そのような調査に基づいていかなる結論を出したとしても、それは「お手盛り」との批判は避けられないであろう。

 3-3. 新基地は軍民共用と計画されているが、民間空港の経営面での検討がなされていない。名護市東海岸に民間空港を設置した場合、旅客便や貨物便が就航して、空港・路線ともに健全な経営が期待できるのか大きな疑問がある。また、3,300億円とされる土地の造成経費に加えて、航空施設・軍用施設等の建設に別途莫大な財政支出が見込まれる。それら建設費用や施設の維持に要する経費を誰が負担するのか、示されていない。とくに、民間空港部分については地元自治体も一定の財政負担をするものと思われるが、その額も明らかでない。
 さらに、現在、那覇空港の拡張・滑走路増設計画が進行している。もし、この計画が実施されれば、那覇空港の離着陸可能回数は大幅に増大することになる上に、沖縄本島に民間用の滑走路は現行の1本から3本になる。このような、重複した大規模公共事業が国民的な合意を得られるとは考えられない。軍民共用空港と那覇空港拡張のどちらを推進するのか、それとも両方を建設するのか、整合性の検討は必須の課題である。
 そもそも、基地建設は日本国の財政支出によって行われるのであるから、国民に重い負担を強いる計画である。このように、経営・財政や航空政策での検討や国民・県民への説明がなされないまま、基地建設を優先して基本計画案が合意されたことは、国民・県民に将来さらに重い負担がかかることも予想されるだけに、重大な禍根を残すものである。この点は、軍民共用化によって生じた重大な矛盾である。

 3-4. 日米新ガイドライン体制のもとで、周辺事態法、対テロ特措法などが次々と制定された。さらに、政府・与党は、有事法制化を重要課題として、法成立を期している。このようなもとで、世界に出撃する米軍とそれに協力する自衛隊の活動は大幅に強化されており、沖縄の軍事基地群の役割は一層大きなものとなっている。いま、沖縄に新たな基地が提供されれば、在沖米軍基地全体の機能の再編強化が飛躍的に進み、基地の将来にわたる固定化と、それに伴う重圧の深刻化は必至である。また、新基地建設が地元自治体の合意のもとに行われるならば、平和な社会を求め、日本国憲法を根拠に基地に反対してきた沖縄の主張の一貫性は損なわれ、基地縮小・撤去の主張は力を失いかねない。在沖米軍基地の強大な軍事力は、アジア・太平洋地域の「不安定要因」の最大の要素のひとつであり、新基地建設は、世界の平和構築にも重大な否定的影響をもたらすものである。
 新基地は、環境影響調査と建設工事に計10数年を要するものと考えられる。西暦2015年前後における国際情勢がどのようなものとなっているか予測は難しいが、基地建設は、そのような将来にわたっても日本が軍事同盟に基づき武力を背景とした外交を行うことを意味し、日本が自主自立の平和外交を行う可能性を否定するものである。

4. 結論
 以上の理由により、基本計画案は撤回されるべきであり、普天間基地は無条件に撤去され、配置部隊は米国本土に撤収されるべきである。
 政府は沖縄に対して、軍事基地との共存と、大規模公共事業中心の「振興策」への依存を強いることを止め、軍事基地を撤去して、沖縄の貴重な自然環境を保全し、それを活かした持続可能(sustainable)な地場産業を振興するよう、政策を転換すべきである。

          2002年11月

日本科学者会議平和問題研究委員会
日本科学者会議沖縄支部


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