■会員の肖像 2003.12■

司法試験に合格して

上原 智子(沖縄支部)

 この秋、5度目の挑戦で幸運にも司法試験に合格することができました。ようやく念願を叶え、重たかった肩の荷も降ろせたと、心からほっとしています。いまは、来年4月から始まる修習生活に思いを馳せつつ、受験生の相談に乗ったり、さまざまな法曹関係者にお話を伺ったり、旅行をしたり(JSA九州シンポなど)と充実した毎日を送っています。
 本手記では、受験の動機、勉強の環境、受験時代に考えたこと、司法制度改革について思うこと、将来の進路などを、ざっくばらんにつづりたいと思います。

1. 受験の動機

 私が司法試験の勉強を始めたのは、弁護士になりたかったからです。学生時代の早い段階から漠然と考えていました。なぜ?と聞かれることが最近多く、言葉に詰まってしまうのですが、一生誇りを持って働き続けたい、弁護士であれば社会との接点が豊富でたくさんの人に出会えるし、弱い立場にある人の力になったり、個人(少数者)が尊重される社会の実現に役に立てるのではないかという思いがありました。勉強を始めたての頃、高校時代の恩師に出した手紙には、「弁護士になって、社会の不条理に泣く人を助けたいです」と書いていたらしく(その恩師が先日教えてくれました)、随分肩に力が入ってたのだなと我ながら驚きました。おそらく、非常に難しいとされる司法試験を前にして、自らを鼓舞するためにたいそうな動機付けが必要だったのだと思います。

2. 勉強の環境 −学ぶ組織−

 一般にこの試験を受験する人は大学の1,2年から予備校に通って準備をしていきます。
 私は、悠長にも大学5年目に初めて学内の自主的な勉強会に参加させてもらい、そこでいちから法律を学びました。その勉強会は20年ほどの歴史があり、憲法擁護・人権保障をモットーとしています。2年のカリキュラムが用意され、弁護士をはじめとする先輩方が熱心に指導してくれました。
 法律の勉強、とりわけ司法試験合格に向けたそれは、私にとって大変敷居の高い難しいものでした。最初に取りかかった科目が民法だったので、なおさらそう感じたのかもしれません。法的三段論法(条文を解釈し、事実を認定し、その事実に条文を適用するということ)や法的概念(例えば意思表示の取消・無効、物権変動の対抗要件など)を理解するのに結局は2,3年かかりましたし、独特の言い回し(例えば「行為無価値」「原因において自由な行為」など)に慣れるのも一苦労でした。
 このような状況でも本当に充実して過ごせたのは、勉強会の仲間に恵まれていたからでした。私が所属していた経済学部では、一部の活発なゼミに入らない限り、少数のメンバーで継続的に勉強したり、学生同士が親しくなることは容易ではありません。しかし、この勉強会では、毎週の議論によって仲間と理解の過程を共有するだけでなく、日常的にご飯をともにし、夏の合宿も二度企画・実行することができたので、強い信頼関係をつくっていけました(思い出はつきません)。勉強会は、司法試験の不可欠な足がかりとなっただけでなく、いろんな意味で大学時代に不足していたものをほとんどすべて提供・補足してくれたといえます。感謝してもしきれません。


3. 勉強の環境 −図書館や生協−

 勉強会のカリキュラムを終えたあとは予備校の模試などを利用しながら大学図書館(東大本郷キャンパス)で日々勉強しました。
 大学図書館は、卒業生でも本の借り出し等以外は自由に利用でき、私語も少なく蔵書も豊富でした。また、東大では大学生協が熱心に活動しており、食堂のメニューや書籍部の充実度は非常に高かったと思います。それらをしみじみ感じたのは、去年沖縄に帰り琉大に通うことが増えてからでした。琉大図書館の書物の貧困さを見るにつけ、同じ国立大学とはいえ、与えられる予算の格差がこんなにも大きいのか…と改めて思い知らされました。東大図書館が卒業生を含めた関係者以外の利用を原則認めないのと違って、琉大図書館は自由に出入りできましたが、全体として私語が目立つのには閉口しました。また、琉大生協にはもっと頑張ってほしいとも思いました。
 他方、沖縄国際大学図書館は、数年前にリニューアルしたこともあり、設計・設備ともに大変すぐれていました。蔵書量や私語の多さは琉大と似たり寄ったりでしたので、私は沖国大図書館に足繁く通いました。本当にお世話になりました。

4. スランプからの脱出

 卒業後、受験生活を3,4年と重ねていくと、出口の見えない不安でいっぱいになり、落ち込むことが多くなりました。学生でもなく、就職したという意味での社会人でもない受験生として、なお家族の仕送りに支えてもらうことの屈辱感も強く襲います。気持ちが沈んでしまうと体もだるく、なにより生活が乱れます。起きあがれない日や部屋に引きこもる日もたびたびありました。
 こうして、東京での一人暮らしに限界を感じ、昨秋、家族の待つ沖縄に生活の拠点を移しました。沖縄での一年間は、勉強場所探しから始まり大変なこともありましたが、心機一転、緊張感をもって健康的に頑張り続けられました。

5. 司法制度改革について

 近年、一連の司法制度改革がものすごい勢いで進められています。中でも、司法試験の受験資格を法科大学院(いわゆるロースクール)の修了に限定する改革は、現行制度で勉強を続けてきた受験生に対し重大な影響を及ぼすものです。法科大学院にはそれなりの賛同すべき意義や理念が存するのだとは思います。しかし、その授業料負担は決して小さくないばかりか、先行き不透明で不安を抱かざるをえません。また、再来年から司法修習生の給与を貸与制にするという案も現実化しそうな情勢です。お金のない人の選択肢が大きく狭められてしまいかねないこうした改革には、強い疑問を感じます。

 受験時代を終え、どういう弁護士になりたいのかと、改めて、そしてより具体的に考えています。同時に、法曹関係者にお話を伺う機会を積極的につくり、弁護士の仕事ぶりを垣間見させてもらっています。イラクへの自衛隊派遣、憲法・教育基本法の改正など日本の仕組みが根底から変えられつつある今日、課題は山積みです。沖縄も新たな米軍基地建設をめぐり正念場を迎えています。その中で私に何ができるのか、何が求められているのかはまだよくわからないというのが正直な気持ちです。
 だからこそ、1年半の修習生活では、法律実務の担い手となるための必要な勉強だけに集中するのではなく、この時代を生きる者として社会情勢や市井の人の思いに敏感である努力をしなければと思います。そして、新たな出会いを大切に信頼関係をつくりながら楽しく頑張っていきたいです。

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