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那覇港(浦添ふ頭地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価方法書に対する意見書



2006年3月23日


亀山 統一



 わたしは、琉球大学農学部の教員としてマングローブ・森林の保護を専攻し、琉球列島の沿岸生態系・陸域生態系について研究教育に携わっている者として、また、学術・市民団体に所属して沖縄県の軍事基地や開発と生態系保全の問題に特に関心をもって取り組んできた者として、標記の文書に対する意見を以下の通り提出するものです。


1. 本件環境影響評価手続のあり方について
 本環境影響評価の対象事業は25.1haの埋立事業であり、環境影響評価法にいう第1種、第2種事業のいずれの基準をも下回っているが、沖縄県環境影響評価条例第2条第2項第1号に定める事業に該当するとして、環境影響評価手続きが行われているものである。
 ところが、本事業は浦添ふ頭地区の大規模な埋立・開発の「第1ステージ」をなしているのにほかならない。したがって、第2ステージ以降の埋立や港湾施設等の整備は、本件事業と不離一体のものである。すなわち、那覇港(浦添ふ頭地区)公有水面埋立事業の全体像は、当然環境影響評価法の対象となる面積を有する極めて大規模な埋立を伴う開発プロジェクトであるから、その全体について、環境影響評価法の条文および制定趣旨を十分に踏まえた慎重な環境影響評価手続きがなされるべきところである。
 しかるに、本方法書では、以下に述べるようにその要請を満たすものではない。
 第1に、第1ステージの25.1haの埋立事業のみが検討の対象とされており、第2ステージ以降をもふくむ事業全体によってこの海域の生態系にどのような影響がもたらされるのかを解明・評価しようとする形跡が認められない。第1ステージの事業の直接的な影響にとどまらず、第2ステージ以降の事業による環境負荷を前提として、その環境影響の全体像について今の段階で調査・評価される必要がある。
 第2に、事業全体は極めて大規模であり、事業者も述べているとおり稀少生物の大群落をふくむ貴重度の極めて高い自然を有する海域を埋め立てる計画であるから、単に法令の定めを形式的に満たすだけでなく、環境影響評価手続を実質あるものにすることが特に必要な事業と言えるが、方法書の縦覧にかんして、そのような努力に欠けている。具体的に説明すると、本方法書は4ヶ所で公表されていたとのことであるが、それが公表されていることはよく周知されておらず、例えばインターネット上で検索することができなかった。私は、「那覇港」「浦添」「アセス」「環境影響」などのキーワードを様々に組み合わせて主要な検索エンジンでホームページを検索したが、本方法書が公表されていることや方法書の内容について示しているページはヒットしなかった。意見書のひな型なども示されておらず、電子メールによる質問や意見書の提出も行えない状態である。これは、類似の他の次案と比較しても異例であり、私のような地元の専門的な研究者にあっても本方法書の公表の事実やその内容に容易にアクセスできないことは、一般の市民や広く県内外の国民や専門家に積極的に本環境影響評価の内容を知らせ、建設的批判を仰ごうとする姿勢を欠くものといわざるを得ない。


2. 複数案の提示について
 そもそも本件事業の対象地は極めて希少性・貴重性の高い生態系を有していることから、事業を実施しないこと(いわゆるゼロ案)も含めて複数案を提示することが特に必要なところである。しかるに本方法書においては、港湾計画の改定段階で従来案よりも規模縮小したこと、那覇港海域環境保全計画検討委員会の設置等をもって環境保全への配慮を進めてきたこと、などの経緯を述べているだけで、現行計画以外の開発案を示していないのである。
 このように本方法書に複数案が提示されていないもとでは、なぜこの場所にこのような施設を建設するのか説明責任を果たすことができず、また、今後アセスメントの結果によって、どのような事業案をとることが最善なのか判断することもできない。このままでは、環境アセスメントを行う本質的意義意義がないといわざるを得ない。
 したがって、本方法書は、環境影響評価の実質を欠くものであると言わなければならず、抜本的な改訂が必要である。


3. 港湾計画の改定段階での課題への対応について
 交通政策審議会第6回港湾分科会(平成15年3月17日)においては、委員から

「浦添地区のコースタルリゾートについて質問及び意見を申し上げたいと思います。(中略)海域環境保全ゾーン。これは3のテーマになっていたところでありますけれども、これは全部海域であります。そのゾーンの一画に隣接しているのがコースタルリゾートゾーンでありまして、そのために海域環境保全ゾーンが、一部満月から少しえぐられたような形になっているという不自然さに、私は疑問を持っております。 特に、御説明がありましたような、エコツーリズムの推進ということが記載されておりますけれども、沿岸部の浜遊びや潮干狩り等に利用されている触れ合い活動の場を確保しつつ、カサノリなどが生育できる多様な自然との触れ合いを確保することが必要ではないか。すなわち、那覇都市圏に残された、世界に誇れるサンゴ礁や藻場、干潟等の貴重な自然環境を保全、活用するなど、環境との調和及び新たな環境の創出を図り、豊かな自然を次世代に継承するというふうに計画の資料では書いておられるわけですから、それに果たしてつながるのだろうかということから、コースタルリゾートの整備を自然改変の整備に頼るのではなくて、エコツーリズムのあり方を慎重に検討していただきたい。いわゆる、従来ある自然とのかかわりというものを前提にして、エコツーリズムというものをお考えになった方がいいのではないでしょうか。
人工海浜があって、そこの先にエコツーリズムの場があるというのは少し趣旨が違うかなと思うので、そういう意見を申し上げたいと思っております。」

との発言があり、これに対して事業者である那覇港管理組合常勤副管理者が下記のように答えている

「 コースタルリゾートの実施に当たりましては、その調査計画を十分に踏まえて、環境保全ゾーン、もしくはエコツーリズムと十分整合性のとれたものとしてまいりたいと考えております。」
 分科会長は「これを踏まえて、ひとつ地元の方で計画、あるいは調査を進めていただきたい」と取りまとめたうえで答申を諮って了承されているのである。

 一方、同分科会に係る環境省意見でも、上記部分に関連して下記のような意見が出されている。

「「海域環境保全ゾーン」(仮称)については、カサノリ類の保全、サンクチュアリの設定による水鳥類の保護、サンゴの移植・修復及び自然とのふれあいの確保等を行うこととされている が、「浦添ふ頭地区北側の水域の豊かな自然環境を後世へ継承していくため」というその設置目的のもと、その機能のあり方については、十分検討されたい。
 その際、「海域環境保全ゾーン」(仮称)に隣接する緑地等としての利用を予定している部分については、カサノリ類の生育域であること等を踏まえて特に慎重に対応されたい。」

しかし、方法書に示されている計画では、「海域環境保全ゾーンが一部満月から少しえぐられたような形」になる原因である人工ビーチの造成や、道路に沿った30mの緑地帯などがひきつづき盛り込まれているのである。審議会や官庁からすでになされている指摘についてもその対応策を反映させないままずるずると事業計画が進行し、環境保全に配慮していると称するのみで実質ある改善のなしにアセスメント手続きが進行するのは、行政の懈怠と言うほかなく、理解に苦しむところである。
 この例を見ても、複数案を提示しての方法書の作成がいかに重要かは明らかであり、方法書の作り直しが必要である。


4. 軍港部分の情報の欠如について
 那覇港湾計画においては、海域環境保全ゾーンやコースタルリゾート地区に隣接して米軍那覇軍港が移設されることになっている。
 軍港では、これまでも、放射能や油脂等による海洋汚染など深刻な事件・事故が多発している。また、取り扱われる軍事物資は、その化学組成や安全性などについて公表されていない危険物が多数含まれることが想定される。民生品と同様の物資についても、紛争地・訓練地や米本国との頻繁な往来があるのだから、物資に混じって外来生物を持ち込むなどの環境リスクが一般よりも極めて高いことが想定される。
 本件事業は、こうした那覇港湾計画の実現の過程にある第1ステージに位置づけられるものであるから港湾計画の全体像を前提としたアセスメントが行われるべきことは前述したとおりであるが、とくに海域環境保全ゾーンやコースタルリゾート地区となる海域に隣接することとなる米軍の軍港の運用がもたらす環境影響について、十分な情報が得られなければ、「海域環境保全」や「リゾート」が実効あるものとなるかどうかなどについて評価することができないのである。したがって、米軍那覇軍港が移設された場合に、日本政府や沖縄県・浦添市・港湾管理者の希望にかかわらず、米国はどのような艦船を入港させることが可能で、それらの艦船の運用や万一の事故によりどのような環境影響が起こりうるか、情報収集およびシミュレーションを行う必要がある。その結果に基づいてこそ、現在検討を進めている生態系の保全や代償の措置が中長期的に有効かを判断できるのである。

5. キャンプ・キンザーの存在と港湾計画について
5-1. リスク因子としてのキャンプキンザーの評価の欠如
 前項に示した港湾分科会では、

「 この港湾の部分では、どんなに美しい施設、工作物、リゾート空間をつくりましても、やはり周辺との環境調和がなければ、本当の意味での観光化はなされないわけです。
先日もコートダジュールやモナコへ行ってまいりました。そうしたときに周辺の町並みと港が一体となった美しい風景づくりがあり、クオリティーの高い空間が形成されて、そこに多くの人が集まるものと実感しました。
まだまだこれからの計画で、ある意味では現在の自然環境を開発する行為を行うのですから、より人間にとって美しい、沖縄ならではの景観形成、空間作りを行うべきだと思うのです。
また、そのような観点から私は浦添の市民の方たちにも協力いただき、背後地になる米軍キャンプに要請すべき開発なのではないかと思っております。 」

 という意見も出されている。
 ところが、キャンプキンザーについては3-14〜15ページに僅かな概説があるだけで、本件事業との密接な関係について何ら検討された形跡もなく、今後の環境影響の評価の対象として重く位置づけられてもいない。
 キャンプキンザーは、過去に有毒ガスの排出を伴う深刻な火災事故を起こしたり、有毒物質の地中への投棄が発見されるなど、環境汚染源として重いリスクを持った存在である。また、景観や立地条件を左右し、港湾計画に決定的な影響を及ぼす存在である。それにも関わらず、方法書では調査の対象として位置づけられいないことは、本方法書の著しい欠陥を示すものである。

5-2. 在日米軍再編協議の黙殺
 さらに、キャンプキンザーは、在日米軍基地の再編に関する日米両政府の協議において有望な返還対象として位置づけられており、そのことは方法書の策定前の2005年から地元紙にたびたび大きく報道されるなど、県民周知の事実である。また、この基地再編の協議は来る3月末にも最終報告がまとめられる方向で進行していることも周知の事実である。
 このように、キャンプキンザーは米軍基地として不動の存在ではなく、むしろ近い将来その返還が実現することは現実性のあることである。そもそも地元の浦添市は、キャンプキンザーの返還を求めることを基本施策として堅持してきたのであって、本件事業者には浦添市も参加していることを考えれば、那覇港湾計画の実施においては、キャンプキンザーの一部ないし全部返還を盛り込んで行くことは、自然かつ必然のことというべきである。
 那覇港湾計画とりわけ本方法書の対象事業(「第1ステージ」)は沖縄島中部の西海岸に残された極めて貴重な自然海岸を、長大に埋め立てて、渚をほとんど消失させるという深刻な自然環境・地域環境の破壊を伴うものである。しかるに、本件事業の影響を直接受ける、現存する良好な環境の直接の受益者が少ないのは、その海岸線が米軍基地用地・制限海域であるからにほかならない。
 もし、沖縄県民が悲願して来たように米軍基地が撤去されて土地が本来の住民に返還されたならば、本件事業の対象地は那覇市という人口密集地をかかえる沖縄島中南部の西海岸にあって自然の海をとどめている地域として、かけがえのない価値を持ち、周辺住民がその環境の享受しようとするに違いないところなのである。
 事業者を構成する浦添市をはじめとする自治体は、その諸施策において、沖縄戦以来のこうした沖縄の特異な近代史の過程をよく考慮した施策をとってきたのであって、本件事業でもその姿勢は全うされる必要がある。
 すなわち、第1に、キャンプキンザーが返還される可能性が高い現状において、本方法書には、キャンプキンザーが閑静な住宅地域となった場合など返還後の地域社会の再生を前提として、それへの本件事業の影響を検討するものでなければならない。具体的には、基地返還を前提とした本来あるはずの本件事業周辺住民地域の環境権などを十分配慮した、より慎重な環境影響評価の枠組みが必要とされるのである。このことは、仮にキャンプキンザーが早期に返還されなくなったとしても、地元自治体の組合である事業者としては、地域住民の利益を考量するならば必ず実施すべきことなのである。今後もこのことを軽視するならば、基地の存在を奇貨として、本件事業で本来の住民の受ける被害を黙殺するものであると批判されても仕方ないであろう。
 第2に、キャンプキンザーが固定された存在でないことが明らかである以上、現行の那覇港湾計画そのものの有効性が問われるものであり、ゼロオプションを含めた対案が示される必要がある。那覇港湾計画の一部に過ぎない本件事業に限っても、その中心である道路用地がキャンプキンザーの陸域内に確保されるならば、本件事業をこのような規模で実施してあたら貴重な生態系を消失させる必然性はなくなってしまうのである。さらに、第二ステージ以降を計画・推進している過程でキャンプキンザーが返還されるならば、埋立によらずとも臨港産業の立地やリゾート、都市機能などに必要な土地がそこに出現するのである。このように、キャンプキンザーの一部返還および全面返還を前提として、那覇港湾計画の再検討を行うことは、基地再編協議の進行をへた現在において、当然に必要なことである。
 第3に、米軍再編においては数千人規模での在沖縄米軍の兵員削減を予定しているところである。これに家族などの関係者の減少分を勘案すると、これまで生活物資の舟運による米本国からの輸送を受けていた米軍関係者が大きく減少するところとなり、既存の那覇港の外航船の入港頻度・取り扱いコンテナの数量にも大きな影響を及ぼすことを意味するのである。このことは、浦添地区のふ頭整備の必要性の根拠となつ条件を変えることを意味するのである。
 以上3点を例示したように、米軍再編協議は那覇港湾計画の全体の諸前提に根本的な影響を及ぼすものであるから、当然に本方法書も策定時点でそれを反映させることは可能かつ必要だったのであり、それを欠いていることは重大な欠陥である。

6. 第3章および第4章について
 上述してきたように、複数案の提示がないこと、軍港移設についての検討が全く欠落していること、キャンプキンザーに関する要検討事項が全く欠落していることから、本方法書第3章および第4章は、各部分で項目・内容ともに全く不十分である。現状の記載や調査・検討方法の前提を欠いているという指摘であるから、具体の現状や調査・検討方法の記述についての問題点を列挙することは生産的でなく、ここでは行わない。
 しかし、上述した本方法書の枠組みの再検討を求める意見を真摯に事業者が受けとめるならば、当然に第3章および第4章の項目・内容にも大幅な修正が行われることとなろう。そのような誠実な対応がなされることを期待する。
 とくに、予測・評価の手法が明示されていないことは必ず改められるべきである。
 すなわち、調査の結果、環境影響が大きい/小さいという判断は、本件事業の対象・周辺陸海域の特殊性に照らして、いかなる基準を当てはめて行うのか、環境影響が大きい場合、事業の中止を含めた事業の変更等の措置をいかなる基準で行うのか、具体的に明示する必要がある。さもないと、「はじめに結論ありき」「アセスでなく合ワセメント」などと酷評された、環境影響評価法制定以前の状態と実質的に変わらないことになってしまう。

 琉球列島の世界自然遺産への指定も要請されている現状において、とりわけ貴重な沿岸生態系を埋め立てるのが本件事業の本質であるから、本来は、環境影響評価法の規定以上に慎重に調査・予測・評価を行う必要があるのである。本報告書は、しかしながら、重要部分で環境影響評価法の求める水準に達していないことを上に指摘してきたものである。今後、十分な検討作業を行い、問題が是正されることを求める次第である。

以上

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