大学問題フォーラム

No.17 2000年5月8日発行 日本科学者会議大学問題委員会
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大学評価機構の問題点


大学評価機構創設の問題点
三輪定宣、(千葉大学)

 はじめに過日成立の国立学校設置法一部改正により、国の「大学評価・学位授与機構」が本年度(2000年度)、創設され、国立大学と希望する公私立大学に対し第三者評価を行う体制がスタートする。
 同機構の行う大学評価に関する業務は、同法第九条の四によれば、「大学等の教育研究の向上に資するため、大学等の教育研究活動等の状況について評価を行い、その結果について、当該大学等及びその設置者に提供し、並びに公表すること」「大学等の教育研究活動等の状況についての評価に関する調査」「情報の収集、整理及ぴ提供を行うこと』一要するに、評価、その調査活動、情報活動の3点である。実施方法の詳細は省令等に委任されるが、その内容は、大学評価機関(仮称)創設準備委員会「大学評価機関の創設について(報告)』によることになろう(1)。
 私は、3月23日午後、参議院文教・科学委員会に参考人として出席し、同法案について意見を陳述した。ここでは、それをべ一スに大学評価機構の基本的な問題点を検討する。なお、同委員会の委員は21名であり、当目は、委員長 佐藤泰三、(自)、橋本聖子(理事、自)、有馬朗人(自)、小宮山洋子(民)、扇子最(由、当時)、畑野君江(共)、林紀子(共)ほか全員が出席した。はじめに同法案をめぐり参考人2名(他の1名は内田博文 九州大学教授)が各15分ずつ意見を陳述し、続いて7名の委員から各15分の持ち時間で参考人への質疑応答が行われた(2)。

1.大学評価に関する国の強制と介入
 国の機関(大学共同利用機関)として大学評価機関を設置することは、大学に対すゑ国の関与・介入を強化することになる。大学評価は本来、各大学・教員が自治的・自発的・自覚的に行われるべきであるが、大学評価政策の推移はその大学への押し付け政策であり、大学の自主的な改革や活力を損ね、教育研究の発展の足かせになりかねない(3)。
 例えば、戦後初期の大学基準協会による大学用亙の自主的基準づくり・評価に対する国の基準法制化、大学設置基準による自己点検・評価の努力義務(1991年)、中央省庁等改革基本法の評価体制推進義務と自己点検・評価の実施義務・公表学務・学外者の検証の努力義務(1999年)、その延長の大学評価機構の創設という展開である。
 1991年の大学審議会答申の時点では、「大学基準協会が・・積極的な役割を果たすこくが期待される」とのべられ、1997年答申でも第三者評価を検討課題として提起するにとどまっていた。諸答申にみるかぎり、大学評価政策の大転換は最近のことである(4)。
 国立学校設置法1条によれば、大学評価機構は「文部大臣の所管に属する」ことになり、人事、予算、事務などの独立性は弱く、「第三者機関」というより、実質は国立大学を管理する文部省の附属機関である。評議員、運営委員会、評価委員会の委員の選出について、大学や学会等による推薦制も報告書では言及されていない。実体は、政府の大学評価機関であり、大学現場では外圧と受けとめられることは必至である。
 国立大学は、日本の教育研究の基盤として重要な役割を果たしているが、文部省の許認可権、財政権、人事権などにより大幅に自主性が奪われている。国家的・行政管理的な大学評価体制が導入されれば、国立大学は管理のしがらみのもとでますます萎縮し、その創造力が台なしにされかねない。
 特に、「大競争時代」を背景とする中央省庁の再編のもとで、文部省と科学技術庁の統合による文部科学省の設置、政策評価の強化、人事の能力主義の徹底、独立行政法人化、内閣機能の強化、内閣直属の経済財政談間会議や総合科学技術会議等の体制により、国策としての大学・学術・科学技術政策が大学に集中するならば、大学はその下請機関となり、教育研究の自由な発展が阻害されることは避けられない。

2.国の大学評価機構創設に関する国民的合意の欠如
 大学評価機構についての国民的コンセンサスは極めて不十分である。例えば、日本科学者会議(1999年11月25日)をはじめ、全国大学高専教職員組合、大学基準協会、日本私立大学団体連合会、貝本私立大学教職員組合連合、その他の団体やその関係者も反対や危慎の念を表明している。国立大学協会の要望(1999年6月)も、「閉鎖的な「権威』」を警戒し、「大学基準協会との関係に留意」を促している。 政府の機関でも、学術審議会答申(1999年6月)は、大学評価機構には言及せず、「本審議会は、これまで実質的に行ってきた第三者的な立場からの機関評価的な機能を含め、これまでの役割を引き続き握っていく必要がある。」とのべている。
 日本学術会議報告(2000年1月)は、晩三者による評側こは、大学相互間の評価、専門家集団(学会など)による評価、あるいは学生による評価、マイメディアによる評価、複数の評価主体と評価基準にもとづく実践がもとめられるべきであろう」とのぺており、国の機関による評価をそこに含めず、本機構については、「権力的な、または硬直的、形骸化した評価機関とならないよう」警告している。大学審議会答申は、大学評価を根拠づける大学現場の意向として、広島大学大学教育研究センターへの文部省の委託調査の結果を紹介している。確かに、「大学評価の今後のあり方」に関する設問では二「改革に結び付ける政策的しくみ」を「そう思う」とする者は卜ップであるが、それは1Oの選択肢のひとつであり、ほかの選択肢の「そう恩う」全体の約2割にとどまる。ほかの9の項目とは、第三者の検証、独自の外部評価導入、学外有識者の評価、独立した専門機関の評価、相互評価、評価の標準化、学生の授業評価、現行のあり方、政府による直接的な外部評価、である。「政府による直接的な外部評価」に対し「その思う」は0%であり、大学現場では国の機関の評価に対し根深い抵抗感・不信感があることはこの回答状況、アンケートにも現れている。

3.大学評価機構の国際比較
 主要国の場合も大学評価の政府からの独立性が基本的な特徴である(5)。例えば、アメリカでは一部の州(自治体)や大学連合組織による基準認定(アクレディディジョン)であり、国(連邦)の機関ではない。ドイツでも州の機関である。フランスでは、教育基本法に大学評価の政府からの独立性が明記され、政府の「大学政策全体に対する評価」を行なう。ユネスコの「21世紀高等教育世界宣言一展望と行動一」(1998年10月)は、外部評価の独立性(専門家、団体)を強調している。 ただし、イギリスでは補助金配分を任務とする国の「高等教育財政カウンシル」の機能であり、補助金と評価の結合の弊害がはやくから指摘されている、例えば、森嶋通夫(ロンドン大学経済学部教授)は、この間の事情をイギリスの大学現場から報告している(6)。その一端を紹介しよう。
--イギリスには伝統的に「大学助成委員会」(UGC)が政府と大学をつなぐ補助金の緩衝機関として存在したが、サッチャー政権のもとで、「大学基金委員会」(UFC)に改組され、業績に応じて基金を交付するようになる。サッチャーの「大学政策(は)…利潤原理を教育体制の中に導入せよ」であり、エレクトロニクス学科やコンピューター学科等の増設の反面、「古文書学はほとんど絶滅の危機に瀕している」。「オックスフォード大学は古文書学の二つのリーダー(教授のすぐ下め地位)の席を凍結…中央図書館の12のポジションは6に削減され、それに関連した古典学の教授の席は廃止された」。「オックスフォード大学が彼女に名誉法学博士号を授与することを拒否した」。このような大学政策は、「壊滅的に打撃をイギリスの学問や教育に与え」、大学教師は「やさしい問題を数多く手がけ…業績の量は増加するが、質は低下し…より安定した席を求めて、容易に海外に頭脳流出する」「学間の世界に必要なことは、『利潤の原理』ではなく、『学問的良心の原理』てなければならない。」---

4.大学評価の国家統制と予算統制
 この機構のもとでは、大学評価の内容は、諸答申に盛られた国の大学・学術・科学技術政策に沿うことを余儀なくされ、学問の自由が侵され、国策に誘導・規制されるおそれがある。例えば、準備委員会報告には、全学テーマでは、「産学連携の推進」「教員人事システム」教育分野では、一「教育目的・目標」「教育内容・方法」「教育成果・目標の達成状況』、研究分野では、「研究の質を重視した評価」などがあがっている。産学協同の推進、任期制導入などの実績が高く評価される反面、産業・経済政策批判や学生参加などはマイナス評価になりかねない。
 大学評価と資源配分(予算)とのリンクによる予算統制は重大な問題であり、本法に関する議事録によれば、今国会でもこの問題は主要な論点となっている。国の機関の大学評価が大学格付け、予算配分とリンクすれば、大学の誘導・統制機能は格段に強化される。
 創設委員会報告は、「資源配分機関(は)評価の結果を配分指標あるいは参考資料の一つとして活用…より適切あるいほ効果的な配分や資金提供が可能となる。…優れた取組や教育研究活動…に対しより多くの資源配分や資金提供を行う」などとのべ、衆参文教委員会でも政府答弁で確認されている。例えば、「国立大学の予算配分に際してこの評価結果を参考資料の一一部として活用する」(3月8目、中曽根文部大臣)、「評価情報に基づいて…適切な予算配分等を行っていくことが必要…」(3月8月、佐々木政府参考人)などのごとぐぞある(7)
 大学審議会答申も「各資源配分機関は、大学の教育研究の個性を伸ばし、質を高める適切な競争を促進し、効果的な資源配分を行う…国立大学の予算配分に際しては第三者機関による評価が参考資料の一部として活用される」という。大蔵省の財政審議会報告(1990年12月)は、評価の「結果を予算配分にも反映させる」と明記している。
 現在でも大学格差は大きく、例えば、1998年度の大学則歳出では、同じ関東の国立総合大学でも、東京大学1942億円、埼玉大学122億円で、東京大学は埼玉大学の15.6借である。旧帝大のような予算規模が大きく有利な大学では、大学評価は高くなり、、それに基づき予算を配分すれば、格差はますます拡大再生産される。

5.大学評価と「学問の自由」「大学の自治」
 政府の機関が大学を評価すること、そしてそれを通して産業・経済政策に大学政策が従属することは、「学間の自由」(憲法26条)や「不当な支配」の禁止(教育基本法10条)などの諸原則に違反するおそれがある。
 12世紀ヨーロッパに大学が誕生し、大学が教権、帝王権とならぶ中世三大勢力と認められて以来、「大学の自治」「学問の自由」は世界史のなかで人類普遍的的価値として発展してきた。日本では、戦前、大学が「国家ノ須要二応ズル」との規定(帝国大学令)のもとに、それらが国家に統制され、ひいては国民の精神の自由が奪われ、国家の破滅にいたった。憲法や教育基本法は、その反省のうえに、また、滝川事件など「人学の自治」確立の伝統を受け継ぎ、「学間の自由」と「不当な支配」の禁止の原理を規定し、それが戦後の学術の発展の源泉となった。「21世紀の大学像」と銘打った140ぺ一ジ、15万字の膨大な大学審議会答申に「学間の自由」「大学の自治」の言葉が全くなく、それらを大学の閉鎖性・独善性・後進性のごとく批判する文脈は、ユネスコの高等教育に関する勧告や宣言に照らして異常というべきである。
 前掲宣言は、大学、教職員、学生は「完全な学問の自治と自由を享受」すべきことを権利であり義務と明記している。また、1996年10月作成のユネスコ「高等教育の教育職員の地位に関する勧告」は、発見・仮説・見解の自由な交流こそ大学の核心であり、学問・研究の正確さと客観性の基盤であること、学問の自由が政治的圧力で損なわれやすいことなど、「学問の自由」「大学の自治」を随所でのべている。
 大学評価をめぐっては、しばしば大学の責任が強調されるが、国民的人類的価値である「字間の自由』「大学の自治」を最大限尊重し、確立することこそ、政府と大学の社会的責任であり、また、それが大学の責任を果たすための基本的条件であり、短期的にも長期的にも教育研究の発展の基盤となる。「大学の自治」とは、大学構成員の共同・連帯と成果の蓄積を意味し、教育研究の温床なのである。また、個々の大学や大学教職員は、国の機関の管理や評価に応える間接的責任ではなく、日常の教育・研究活動を通じて直接に国民に責任を負い、奉仕すべき立場にある。教育基本法10条は、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に直接に責任を負って行われるべきもの」と明記している。

6.日本の学術研究の水準と政府の政策課題
大学評価政策の背景には日本の学術研究水準への懸念が伏在しているが、これについてはじめに一つの資料を紹介する。アリメカのカーネギー教育振興財団の国際比較調査(14か国、1992年)(8)では、日本の大学教員の研究業績(学術書、学会発表、公演・展示会等)は、自然科学。工学、保健医療の分野と全分野総合で1位である。ただし、研究用設備・器具、図書館蔵書などの施設設備の評価は最低であった。施設の劣悪さは、最近の高等教育関係予算の対国民総生産(GNP)比からも証明されている。その割合は、日本O.7%、ドイツ1.5%、イギリス1.3%、アメリカ1.1%、フランス1.0%などであり、0ECDの調査では加盟国中最低にすぎない。
 日本の学術研究水準のさらなる改善になにが課題がは自明である。

【註】
1.大学評価機関(仮称)創設準備委員会「大学評価機関の創設について(報告)』(平成12年2月、A4版19頁)の要点は以下の通り。同機構は大学共同利用機関と同様な位置付けとし、大学関係者等の参画による専門的自律的評価を行う。評価内容は教育、研究、地域や産業界との連携、社会貢献などとし、評価分野は全学テーマ(毎年度、2000年度実施)、分野別教育(5年周期、2003年度から本格実施)、分野別研究(同)とする。評価記述は優れた点、改善を要する点等を指摘する。組織は、評価研究部、管理部、評価事業部、評議員会・運営委員会、大学評価委員会(30名程度二運営委員会が候補者選出、その下に専門委員会[各20名程度、全学テーマ別二9の学問分野の教育評価別、研究評価別、分科会設置も可])とする。
2.当目の審議状況は、「参議院文教・科学委員会会議録第8号(平成12年3月23日)』参照。なお、委員会には、法案のほか参議院文教・科学委員会調査室作成の「第147回国会:国立学校設置法の一部を改正する法律案(閣法第36号)参考資料』(A4版69頁)等が配布されている。
3.大学評価論については、東海高等教育研究所「何のための大学評価か』(1995年2月、大月書店)、細井克彦ほか編「大学評価と大学創造』(1999年1月、東信堂)ほか参照。
4.1998年10月大学審議会答申は、大学共同利用機関として「第三者機関」を設置し、評価対象を主に国立大学とする方針を出し、これに基づき1999年度に大学評価機関創設準備委員会が発足し、本年度2月発表の報告書が、学位授与機構の改組による大学共同利用機関の「大学評価・学位授与機構」創設を提起し、今回の法改正となった。
5.主要国の大学評価については、飯島宗一ほか編「大学設置・評価め研究』(1990年明、東信堂)ほか参照。
6.森嶋通夫「サッチャー時代のイギリス』(1988年、岩波書店)。
7.当目(3月23目)以前の国会の審議状況は、衆議院文教・科学委員会会議録(3月8目、10目)参照。
8.有本章ほか編著「大学教授職の国際比較』(1996年7月、玉川大学出版部)