琉球大学農学部Y助教授事件に対する最近の大学の対応と問題点

1 1998年6月15日評議会で設置された調査委員会の検討事項

 1998年5月29日の学長懇談会や農学部教授会において村山学部長の説明等によれば、桂学長の考えは、以下の通りと考えられる。

 Y助教授に対する新たな処分は、二重処分に当たり、一事不再理の原則に反する。

 従って、本委員会での議論では「新たな処分が一理不再理に反するか否か」が焦点となると考えられる。

2 本事件の経緯

・ 1995年1〜2月、留学生は、Y助教授の性的暴力(レイプ未遂を含む)、データ捏造、違法違反実験を、まず農学部に、その後全学に訴えた。

・ 全学で性的嫌がらせ疑惑調査委員会と違法違反実験調査委員会の二つが設置された。Y助教授は、実験ノートという証拠があるために違法違反実験については認めたが、性的暴力については一貫して否認し続けた。性的嫌がらせの委員会は、「大学における調査権限には制約と限界がある」として、性的嫌がらせがあったかどうかは不明という結論を評議会に報告した。尚、データ捏造については鹿児島大学大学院連合に調査を任せ、琉大はこれまで何も調査を行っていない。

・ 1995年4月13日の評議会で、(1)違法違反実験(2)性的嫌がらせを受けたと留学生から訴えられたことの二点を理由にY助教授を戒告処分にした。

・ このような大学の対応によって追い込まれた留学生は、1995年6月21日、本件を那覇地方裁判所に提訴した。

・ 1998年3月27日、本件の判決が言い渡され、(1)性的暴力(レイプ未遂を含む)、(2)データ捏造、(3)違法違反実験の事実が公に認定された。その14日後、Y助教授の控訴はなく、判決は確定した。

・ 1998年6月11日農学部教授会は「Y助教授に対し懲戒免職処分が相当」との結論を圧倒的多数で可決した(賛成43、反対8、白票2)。

・ 1998年6月15日、臨時評議会で、新たな処分の法的問題を検討するための調査委員会(12名メンバー)が設置された。

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