琉球大学教授職員会ニュース 第102号

20049月28日 琉球大学教授職員会 (内線 2023)

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「国立大学法人法下の学長選考をめぐる若干の論点整理」

 

はじめに

  国立大学法人法(以下「法人法」という。)が今年4月に施行され、国立大学はこれまでの国の機関から法人格をもつ権利主体へと変わり、あらたな機関や制度が設けられることになった。この国立大学の法人化に対しては、次のような言説も聞かれる。すなわち、「国立大学は大きく変わった。」「大学の運営も経営の論理を大幅に導入すべきだ。」「学長も経営者として才能のある者から選ばれるべきである。」など。しかし、このような言説は、そもそも我々に適用されている国立大学法人法の論理ではなく、国立大学に対する適用が否定された独立行政法人通則法(以下「通則法」という。)の論理であって、通則法の適用に代えて、法人法が制定されたことの意味を全く理解していないものである。

 ところで、学長選考会議も法人法によって新たに設けられた機関である。そのことが原因なのか、あるいは、学長選考会議なる名称からか、法人法の定める「選考」なる文言を根拠にして、もはや学長選考の最終的な決定権は、学長選考会議がもつかのような声が学内外において聞かれる。しかし、これは全くの誤りである。この誤りを、今回の教授職員会ニュースでは、以下の二点を主張する中で論証する。

 なお、法人法をめぐる様々な誤った認識の中で、学長選考会議の権限に焦点をあてた理由は、現在、琉球大学において学長選考規則改正の動きがあり、仮に、誤った認識で学長選考に関する改革が進められようものなら、このことが大学自治の形骸化を促進する要因となると考えたからである。

主張その1:法人法の下でも、学長の実質的選考は大学の構成員による選挙でなければならない。

主張その2:学長選考会議の役割・権限は、学長選考に係わるルールづくりや、学長の資格審査に限られるべきである。以下では、この二つの主張について解説していこう。

 

 

一 主張その1:法人法の下でも、学長の実質的選考は大学の構成員による選挙でなければならない。

 主張その1の根拠として二点指摘する。一つは、法人法における学長選考の仕組みとその立法的背景である。他の一つは、大学の自治に関するポポロ事件最高裁判決などである。

 

 1 主張その1の根拠その1 

 法人法制定以前の国立大学学長選考の根拠法は教育公務員特例法(以下「教特法」という。)であるが、同法の学長選考の仕組みは、法人法における学長選考の仕組みと基本的に同じである。しかも、法人法の学長選考会議が、独立行政法人通則法(以下「通則法」という。)による官選学長制度に対する批判から導入されたというその背景のもつ意味が重要である。

 

 (1) 法人法下の学長選考に関する規定

 まず、法人法の目的からみてみよう。法人法1条は、「この法律は、大学の教育研究に対する国民の要請にこたえるとともに、我が国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展を図るため、国立大学を設置して教育研究を行う国立大学法人の組織及び運営・・・について定めることを目的とする。」と定めている。同法は、学問研究の水準の均衡・発展を図ることを目的としていて、それを実現するための、いわば手段である「組織や運営」に関する法律である。このように同法で定める機関や学内運営のあり方は、当然のことながら、憲法で保障された「学問の自由」を実現するものでなければならないことになる。

 次に、法人法下の学長選考の仕組みを見てみよう。その根拠条文は、12条である。

 

「1 学長の任命は、国立大学法人の申出に基づいて、文部科学大臣が行う。

2 前項の申出は、第一号に掲げる委員及び第二号に掲げる委員各同数をもって構成する会議(以下「学長選考会議」という。)の選考により行うものとする。

 第二十条第二項第三号に掲げる者の中から同条第一項に規定する経営協議会において選出された者

 第二十一条第二項第三号又は第四号に掲げる者の中から同条第一項に規定する教育研究評議会において選出された者

・・・・3項から6項まで省略・・・・   

7 第二項に規定する学長の選考は、人格が高潔で、学識が優れ、かつ、大学における教育研究活動を適切かつ効果的に運営することができる能力を有する者のうちから行わなければならない。」

 

 法人法12条だけの条文・文言だけをみると、学長選考については、学長選考会議の独占的認定事項のようにも読める。しかし、法律の解釈は、当該条文の文言だけを決め手にして解釈することはできず、法令の仕組みや憲法的価値(ここでは、学問の自由と大学の自治)の実現をも視野にいれて、当該条文を解釈する必要がある(塩野宏「行政法と条文」同『法治主義の諸相』32頁以下参照)。このような観点に立ち、法人法12条の理解すなわち、法人法における学長選考の仕組みを理解する場合に、法人法制定以前の学長選考の根拠となった教特法の学長選考の仕組みと、通則法における「法人の長」の選任の仕組み、その二つの法の考え方を比較してみる。説明の便宜上、通則法における「法人の長」の選任の仕組みとの比較からはじめよう。

 

(2)  通則法における「法人の長」の選任の仕組みとの比較 

  通則法を、国立大学にも適用する動きがあった。このような動きについて、多くの批判が展開されたが、その批判の一つに、法人の長の選出方法を定めた通則法20条1項の適用があった。通則法20条1項の定めは次の通りである。

 

「法人の長は、次に掲げる者のうちから、主務大臣が任命する。

 当該独立行政法人が行う事務及び事業に関して高度な知識及び経験を有する者

 前号に掲げる者のほか、当該独立行政法人が行う事務及び事業を適正かつ効率的に運営することができる者 

 

 さて、国立大学に通則法をそのまま適用すると、学長の選出は文部科学大臣によることになる。文部科学大臣のみの判断で法人の長=学長を任命することは、当該任命者に対してのみ責任を負う学長となり、大学の自治を重要な価値とする大学運営において、果たして自治の擁護者としての役割を、当該官選学長が果たせるのか、そういった問題を浮き彫りにしたのである。例えて言うならば、戦前の知事は内務大臣の任命によって選ばれ、したがって、いつでも内務大臣による解任ができたがゆえに、地方自治体における住民の擁護者たりえなかった。これに対して、戦後、自治体の首長である知事が住民の選挙で選ばれることが憲法で明記され、内閣総理大臣といえども、知事を解任することが出来ない。そのような保障がされることで、知事が住民の擁護者としての役割を果たすことができるようになったのである。これと同様のことが、大学の学長にも当てはまるがゆえに、誰が法人の長=学長を選ぶのかが重要な論点となったのである。

  ところで、大学の自治は、対外的には国家権力からの自立を意味し、対内的には民主的な運営を重要な柱としている。したがって、学長を権力の担い手である文部科学大臣が任命することは、学長が大学の自治の担い手から大きく後退することを意味する。このような結果を回避するためにも、法人法が制定されたのである。

 

(3) 教特法の仕組みとの比較

  学長選考に関連する教特法の規定は、同法4条と10条である。

 

「学長及び部局長の採用並びに教員の採用及び承認は、選考によるものとして、その選考は、大学管理機関が行う。

2 前項の選考は、学長については、人格が高潔で、学識がすぐれ、且つ、教育行政に関し識見を有する者について、大学管理機関の定める基準により・・・行わなければならない。」(4条)

「大学の学長・・・の任命は、大学管理機関の申出に基づいて、任命権者(文部科学大臣)が行う。」(10条)

 

 これらの規定の文言からすると、学長の選考は、最終的に、文部科学大臣か、あるいは大学管理機関によるもののように読める。しかし、先に指摘した法の解釈における作法からすると、法律は憲法の定めに反することができないだけでなく、教特法も憲法の学問の自由や大学の自治という観点から、その解釈の枠組みや方向性が定められることになる。この点について、教特法10条の解釈に関連して次の指摘が説得的である。

 

 「大学の教員と部局長の人事については、所属する学部の教授会が実質的決定機関であり、本条の大学管理機関は任命権者に対して教授会決定を大学の意思決定として伝える『単に経由機関たるにとどまるのが通常である』。学長の任用について、各大学で選考基準を定め全学的な選考手続によって選出する場合には、その選考の結果が大学の実質的な決定とみなされる。」(土屋基規「教育公務員特例法10条解説」『基本コンメンタール教育関係法』日本評論社より)

 

  このような通説に従うと、問題は、このような教特法の枠組みが、法人法で修正がなされたのかどうかである。結論は、否である。

 まず、学長の任命は、教特法では、大学管理機関の申出に基づいて文部科学大臣が行うことになっていたものが、法人法では  国立大学法人の申出に基づいて文部科学大臣が任命することになった。この文言上の違いは、国立大学が国の機関から法人へと移行したことに伴うものであり、その結果として教特法の文言を修正しただけである。

 次に、教特法では、大学管理機関が学長を選考するとあったが、法人法では学長選考会議の選考に基づくことになった。つまり、法人法では、教特法4条における大学管理機関が行っていた任務を、学長選会議が引き継ぐこととなったのである。

 最後に、では、教特法下において、大学管理機関が特定の者を学長として実質的に選ぶことができたのだろうか。そうではない。大学管理機関の任務は、学長の選考基準を定め、大学の構成員の選挙結果を尊重して、最終的な形式審査にとどまっていたのである。法人法の下での学長選考会議の任務も、このような任務に限られる。この点の憲法上の根拠・関連判例を次に紹介する。

 

2 主張その1の根拠その2 

  さて、日本国憲法23条で保障された学問の自由には大学の自治の保障が含まれることについて異論がない。最高裁ポポロ事件判決は、(昭和三八年五月二二日大法廷判決刑集一七巻四号三七○頁)「大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。この自治は、とくに大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。・・・・このように、大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づくから、直接には教授その他の研究者の研究、その結果の発表、研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味すると解される。」と判示し、この点を確認している。つまり、学長などが、大学の自主的判断に基づいて選ばれることが、大学の自治において重要なのである。

 また、学長選考が自主的民主的過程を経ることの重要性が端的に表れた事件判決として井上九大事件判決(東京地裁昭和48年5月1日判決)がある。事実については省略するが、判決は大学の自主的選考を経て選ばれた学長選考の申出を文部大臣は拒否できない旨を示した。この判決の重要な点は、大学管理機関による学長の申出に対して文部大臣が拒否できない理由を、学長の民主的・自主的選考に求めた点にある。したがって、学長を民主的・自主的に選考する仕組みが大学に存在するのか否かは、大学の自治や学問の自由にも大きく関わるものであり、ひいては、学長の法的地位を大学の自治の担い手と位置づけるか否かにも、直接関係してくることになる。このような憲法原則から導かれる重要な学長選考の仕組みを、法人法の制定によって導入された学長選考会が全て代替したとは、とうてい考えられないのである。

 

二 主張その2:学長選考会議の役割・権限は、学長選考に係わるルールづくりや、学長の資格審査に限られるべきである。

 ところで、法人法によって新たに導入された学長選考会議の役割について、もう少し、詳細に検討してみよう。この点について、大学の構成員の選挙手続と学長選考会議の役割分担論という視点が重要である。すなわち、学長の実質的選考は大学の構成員による選挙によるが、学長の資格審査および学長選考規則の制定などは、学長選考会議の任務と考えている。この点について、市町村長の選任過程を例にして説明しよう。

 各市町村の長が、当該自治体の長として選ばれるには、その資格要件として消極的要件と積極的要件を満たすことが必要である。この事例における消極的要件とは、年齢が25歳以上であること、一定の期間、当該市町村に住んでいたこと、禁固以上の刑に処せられていないこと、などの要件であり、この要件を満たした上で、住民による選挙によって最大の投票数を得たもの(=積極的要件)が当該自治体の首長として選ばれる。

 これと同じように、琉球大学における学長選考も、その資格要件としての消極的要件と積極的要件の二つの要件に従って行われることになる。この要件に従って、学長選考の役割分担が行われる。つまり、学長選考会議の任務は、年齢制限を設けるのか否か、学外者を対象とするのか否か、などのそういった消極的要件を定めたり、適正な学長選挙を実現するためのルール作りが中心であるのに対して、特定の者を学長として具体的に選ぶといった積極的要件については、大学の構成員による選挙手続を経て行われることになる。

 なお、学長選考会議に経営協議会のメンバーを含めた趣旨は、消極的要件において教学の観点に加えて経営的観点も学長の消極的要件として考慮することを許容するにとどまるのであって、それを越えて、特定の者を学長として選考する権限を学長選考会に委ねた訳ではない。

 

おわりに

  法人法における学長選考は、実質的には、大学構成員の選挙によって確定されるものであり(学長の積極的要件)、学長選考会議の役割と権限は、あくまでも学長の選挙過程に問題がなかったのか、選挙で選ばれた者に資格要件に欠けるところがないのか、そういった形式面の審査(消極的要件の認定)にとどまるのである。また、大学における民主的・自主的手続過程を経た学長選考の結果を、文部科学大臣は尊重することになる。

 なお、学長選考をめぐっては、被選挙権者および選挙権者の範囲、学長の任期、選挙方法、学長リコール制など、その他の具体的な論点もあるが、議論の分散を避けるために、今回のニュースの検討対象から外した次第である。 

 最後に、教授職員会は、1)大学自治、学問の自由確保の観点から制定された学長選考に関する法人法の規定を縮小解釈することなく、学長選考方法検討にあたることをすべての大学構成員に求めるとともに、2)「学長を民主的・自主的に選考する仕組みが大学に存在するのか否かは、大学の自治や学問の自由にも大きく関わるものであり」、今回の論述では留保した具体的選考方法については、全大学人の全学的な討議に付し、全学的な合意に基づいて進めることが大学の自治、学問の自由に不可欠であることを訴えたい。