読書と日々の記録2006.02上

[←1年前]  [←まえ]  [つぎ→] /  [目次'06] [索引] [選書] // [ホーム] []
このページについて
■読書記録: 15日『オウムはなぜ暴走したか。』 10日『あの戦争は何だったのか』 5日『いま、女として〈下〉』
■日々記録: 14日日常雑記 9日まーちゃんあのね、ほか

■『オウムはなぜ暴走したか。─内側からみた光と闇の2200日─』(早坂武禮 1998 ぶんか社 ISBN: 4821106396 \1600)

2006/02/15(水)
〜修行は修行では?〜

 筆者はオウム真理教に6年在籍し、出家信者として、教祖ともそれなりに近い距離にいた人間である。その筆者から見ると、事件後にオウムについて見聞した報道や意見が「教団の中で長い時を過ごした身にはリアリティーを感じさせるものではなかった」(p.11)ようである。そこで本書で筆者は、オウム内部での経験や価値観を説明し、その上でオウム事件について考えようとしている。6年いたということは、筆者にとってオウムは意義のある場所だったわけで、本書の大半は「オウム(と教祖)はいかに魅力的だったか」についての記述となっている。「オウムはなぜ暴走したか」について触れられているのは最後の1章のみである。つまり本書は「オウムと教祖は魅力的であったにも関わらず、なぜ暴走したのか」について、前者に重きを置きつつ論じている本である。

 オウム関連の本は、私は、ルポルタージュ(『A』『A2』)と、犯罪行為に手を染めた信者の手記(『オウムと私』)を読んでいる。しかし本書は、それらでは得られなかった情報をそうとう得ることができた。オウムの魅力に力点が置かれているからであろう。確かに「実践宗教」としてのオウムは、そのようなものを求めている人(既存の宗教に飽き足らない人や、何らかの理由で神秘体験を必要としている人)には、とても魅力的な場なのだろうし、修行を通して自分が鍛えられ高上する実感が得られるだろうと思う。そのようなオウムの姿を知ることができたという点で、とても有意義な本だった。

 なお筆者は、いろいろな可能性を考察しながらも、結局はなぜオウムは暴走したかについて、納得のいく説明を見つけていない。しかし私は、本書を読む中で、一つ考えたことがあるので、そのことを記しておこう。

 筆者にとっては、オウムはとても魅力的なところだったようである。そもそもは宗教嫌いだったのに、いくつかのきっかけが元で信者になり、出家信者として修行をするなかで神秘体験をするなかで、信心を深めていく。きわめつけは教祖である。筆者はすごい苦労をしながらさまざまな修行をこなしていくのであるが、教祖はそれをはるかに超えた存在なのである。そのことについて筆者は、次のように書いている。

この人は何でも自分でやってきたんだよな。極限修行で体験したことだって、確信もないまま一人でとことん試して全部自分で経験してきたものなんだよ。コロンブスの卵と同じで、後から同じ体験をするのは簡単だけど、そう考えると絶対に勝てないな……〔中略〕/グルはこの人しかいない。理解を超えることがあっても、とにかくついていってみよう……(p.200-201)

 この記述に限らず、本書には教祖の魅力がふんだんに語られている。器の大きさであるとか、謙虚さ、自制心、優しさ、真剣さ、すごさ、などなど。手を染めた幹部に対する思いも同じで、「厳しい修行の中で一般の人とは雲泥の差があるほど強い自制心を培ってきた幹部たちが、この一線を越えるだけでなく最終的には無差別テロ事件のような凶悪犯罪にまでなぜ手を染められたのか」(p.371)と、筆者は当惑を隠せないでいる。そのような思いがあるからこそ、オウムの暴走が理解できないと筆者は考えているのである。

 しかしこのすごさは、あくまでも「オウム内部でのすごさ」「修行上のすごさ」であって、それ以上でもそれ以下でもないのである。それを個体能力論的に、個人の内部にたとえば「謙虚さ」という「特性」があり、それをその人はいついかなるときも発揮できる、と考えると、事件やその後の教祖の言動は理解できないだろう。しかし実際には、人の持つ特性は、あくまでも状況論者が述べるように、状況によって発揮されたり発揮されなかったりするものでしかない。そう考えるならば、不思議でもなんでもなくなる。修行上で真剣な人が、あらゆる場面で真剣なわけではないのである。信者に対して器の大きさを発揮する人が、他の人や他の場面でも発揮するとは限らないのである。修行の中で「解脱」体験をした人が、あらゆる場面で悟りを開いているとは限らないのである。

 実はこのことは、筆者自身の記述の中にも見られる。筆者は出家当初、「師」のステージにある人に対して、「「極限修行」で長期にわたる修行に明け暮れて一つの結果に到着した彼らは、振る舞いからして明らかに違って見えた」(p.133)と述べている。しかし筆者自身、修行の中で相当の「自制心」を身につけたつもりでも、薬物を使用したときにはそれが役立たないぐらいの衝動を感じたりしている。あるいは、ステージの高い人間が、オウムのシステムでは、「一つ間違えば自分のエゴで大多数を誤った方向に導きかねないもので大きな責任を伴うが、「大名」のように我が儘に振る舞うことも可能なこの状態の落とし穴に見事にはまって暴走し、グルから強く注意を促されたり、また、降格させられたり、中には謙虚な心を失って「下向」に至る「師」も初期の頃から少なからず見られた」(p.380)と述べている。つまり、修行で身に着けた自制心なりその他の特性が、他の場面でもうまく働くとは限らない、ということである。それに加えて教祖の場合、その行動を注意する立場の人間はいない。この状態を10年続けたときに、それがどのような状態を引き起こすか。その一つのケースがオウムと考えることは十分に可能だろうと思う。

日常雑記

2006/02/14(火)
2006/02/10(金) インタビューのこと
まあちゃんあのね,きょうは ふぞく小学校の先生が パパのおへやにきて 小学校のことをおしえてくれたよ。インタビューちょうさっていうんだよ。パパのおしごとのひとつなんだ。
ぜんぶで 6人ぐらいの先生に 聞こうとおもってるんだけど,きょうがさいしょだったから,はじまるまえは,ちょっと きんちょうしたよ。1時間(じかん)ぐらい はなしをきく つもりだったけど,たくさん おはなしを してくれたので,2時間も かかったよ。
2006/02/11(土) 胃腸痛
ふと振り返ってみると、3年前の2月にも「胃の痛み」という日記を書いている。それで思い出したのだが、私は3〜4年おきに胃炎にかかっている。今回も3年ぶり、実に規則的である。
今のところは薬のおかげで痛みは感じないが、これまた薬のせいか、誘惑に負けておやつをほんの少し食べたりすると、ずっしりと胃に重みを感じる。ほんと、この3年間、健康であったことのありがたさを、改めてかみしめさせられる。といっても毎回、喉元すぎたら熱さを忘れてるんだけど。
2006/02/13(月) かいぎのこと
まーちゃんあのね,きょうはパパは,かいぎが2つあったよ。かいぎっていうのは,話(はな)しあいのことだよ。
かいぎのときは,いっしょうけんめいに人の話(はなし)をきいて,いっしょうけんめい 考えて,いっしょうけんめい 話(はな)さないといけないから,つかれるんだよ。
だからパパが おうちに かえってきたら,やさしくしてあげてね(はぁと)
2006/02/14(火) さいてんのこと
まーちゃんあのね,きょうパパは,大学生のおにいさん,おねえさんたちの テストをさいてんしたよ。「さいてん」というのは,てんすうをつけることだよ。
テストしたのは,心理(しんり)学っていう,パパがおしえている かもくだよ。心理(しんり)学について さく文をかく テストだったから,パパは朝から ずーっとさく文をよんでたんだよ。100こ いじょうの さく文をよんだよ。とってもつかれたよ。
だからパパが おうちに かえってきたら,やさしくしてあげてね(はぁと)

■『あの戦争は何だったのか─大人のための歴史教科書』(保阪正康 2005 新潮新書 ISBN: 4106101254 \720)

2006/02/10(金)
〜大局観や評価の欠如〜

 前回の読書記録(『いま、女として〈下〉』)で、「戦時中の日本について、機会があればもう少し詳しく知りたい」と書いた。だからというわけではなく偶然なのだが、太平洋戦争についての本を読んだ。具体的には本書は、「あの戦争は何を意味して、どうして負けたのか、どういう構造の中でどういうことが起こったのか」(p.9)を明らかにしようとした本である。ちなみに太平洋戦争については私は、『組織の不条理』『失敗の本質』を読んでいる。『アメリカ海兵隊』にも少し出ていたような気がする。

 本書のテーマである「あの戦争は何だったのか」に関しては、そこにはもちろんさまざまな要素がある。しかし本書で重視されている、「どういう構造の中で」ということに関しては、次の記述に重要な点が要約されているのではないかと私は思った。

危機に陥った時こそもっとも必要なのものは、大局を見た政略、戦略であるはずだが、それがすっぽり抜け落ちてしまっていた。大局を見ることができた人材は、すでに「二・二六事件」から三国同盟締結のプロセスで、大体が要職から外されてしまい、視野の狭いトップの下、彼らに逆らわない者だけが生き残って組織が構成されていた。(p.123)

 視野が狭くなっていたからこそ、立ち止まって戦争の目的や方法を省みることもなされず、自分に都合の悪い情報は無視し、あるいは批判的な人間を解任や左遷し、国民に思考放棄を強いたようである。

 自分に都合の悪い情報を無視した例としては、こんなのがある。「台湾沖航空戦」というのが1944年に行われている。このときアメリカの空母は一隻も沈んでいない。しかし大本営発表では「空母11隻を撃沈」その他の戦果を挙げたことになっている。といってもこれは、例の悪名高い「大本営発表」の類いではない。このとき大本営はこの戦果を信じていたらしく、敵の空母に損害を与えたのだから、次のレイテ戦も勝つ、と信じていたようである。ところが実際は、沈んだはずの敵空母が待ち構えており、またたくまにやられている。なぜこんなことになったのか。実は「台湾沖航空戦」での戦果は、帰艦したパイロットの自己報告を鵜呑みにしたものだったという。パイロットは海面で火柱が上がっただけで「轟沈」と報告していたようだった。なお、参謀本部にひとり、この報告に疑問を抱いた者がいたが、その報告は大本営に握り潰されたそうである。

 ちなみにアメリカ軍ではこんなことが起きないような仕組みが用意されている。戦闘部隊とは別の確認部隊が前線までついていき、写真などで客観的に記録するのだそうである。適切な評価が重要であることを示す好例といえよう。このような事例などが載せられている本書は、サブタイトルにあるように、今を生きる大人も学ぶべきの教科書といえるかもしれない。

 ただ、本書は200ページ強の新書の中で論じているせいか、あまり「人」に迫るような記述はなかったように思う。私が本書を読もうと思ったのは実は、筆者が『日本の論点2006』に興味深い論考を寄せていたからである。また筆者の紹介文に、「太平洋戦争の体験者など延べ4000人以上の人々に聞き書きを行う」と書かれていたのも、筆者に興味を持った大きな理由である。しかし本書には、筆者が行った聞き書きの内容は、ほんの少ししか紹介されておらず、とても残念であった。

 というのはたとえば上記の「視野狭窄」にしても、当時の指導者たちとて、戦略と戦術の違いとか、大局観の重要性は知らなかったわけではないはずである。それがどのように忘れられていったのか、あるいは他の考えの前にかき消されていったのか、それとも彼らは彼らなりの大局観なり戦略の上であのような戦争を行っていたのか、できればそんなことが知りたかった。

まーちゃんあのね、ほか

2006/02/09(木)
2006/02/07(火) 期末試験
今日,共通教育科目(受講者数70名弱)の試験をした。この授業は例年,授業中は受講生の反応は悪くないような気がするのだが,試験の答案を採点する段になると,いつもがっかりしていた。もうちょっとわかってると思ってたんだけどなあ,という感じで。
そこで今年は,前の週に,「去年の試験問題を1問解かせてみる」ということをやってみた。解答後には,昨年の答案例も示して。こうすれば,試験までの1週間で,どんな準備をすればいいか,イメージが湧くと思ったのだ。
その成果がどうでるかは,これから答案を採点してみなければわからない。ただ,試験中は昨年までと明らかに違っていた。昨年までは,時間ギリギリまで粘って答案を書いている学生が多かった。今年は,終了のチャイムがなるまでには全員が答案を出し終えていた。今までには見られなかった光景だ。
これはたぶん,この1週間,ちゃんと試験対策をしてきてくれたことの現われだろう。そう今のところは解釈している。この解釈があたっていればいいのだけれど...
2006/02/80(水) にじゅうく
ここ数日、のどが異様に痛く、どうやら風邪を引いたようです。それで、夜中に風邪薬を飲んだりしたせいなのでしょうか、今度は胃が痛くなってきました。二重苦です。
手元にある薬をとっかえひっかえ飲んでみましたが、ちっとも胃には効かず、胃部不快感がきになって何だか仕事もはかどりません。今日はいつもより2時間早く帰宅し(といっても早退ではありません。自主残業をやめたということです)、近所の薬屋で、以前効いた薬を購入し、急いで晩飯を食って薬を飲んで横になっていました。かろうじて本は読めるので、本を読んだりウツラウツラしたりしております。この半年の疲れでしょうか。でも明日は休めないんだよなあ。
2006/02/09(木) まーちゃんあのね
 まーちゃん(仮名)あのね,きょうパパは,「にゅうがくしけん」のおしごとをしたよ。
 パパの大学で おべんきょうしたい こうこうせいの おにいさんや おねえさんに しけんをしたんだよ。
 きょうのしけんは「すいせんにゅうし」といって,おべんきょうがよくできる おにいさんやおねえさんが きたんだよ。
 みんな とてもしっかりした人たちだったよ。まーちゃんも 10年ごには あんなおねえさんに なるのかなあ,とパパはおもったよ。

 昨日の夜,上の娘(7歳7ヶ月)が「あのね帳が書けない」と言って泣いていた。何を書いてもいいんだ,と妻はアドバイスしていたが,しかし,「何を書いてもいい」の「何」に何が入るのかは,やはり白紙の状態ではわかりにくいだろうと思った。そこで,私も「まーちゃんあのね」を書こうと思った。こんな企画,いつまで続くのかはわからないけど。

■『いま、女として―金賢姫全告白〈下〉』(金賢姫 1991/1994 文春文庫 ISBN: 4167565021 ¥650)

2006/02/05(日)
〜批判できる恐ろしい子に育てる〜

 下巻は、上巻で扱っていなかった部分、すなわち、大韓航空機爆破の前後が語られている。「前」は、彼女の生い立ちから始まり、工作員教育を受け、爆破工作の指令を受けるまでである。「後」は、赦免を受けてから後のことが書かれている。

 上巻では、逮捕後に本名を名乗ったことをきっかけに自白するようになるくだりが書かれている。それに対応するように下巻では、女性工作員になった初日に、指導員から「これからは本名は使えませんよ。金玉花と呼びます」(p. 189)といわれるくだりが載せられている。つまり彼女は、名前を変えられて別人になり、名前を取り戻して自分を取り戻しているわけである。この話、「千と千尋の神隠し」を思い出させる(他にもそういう話はあるだろうが)。

 また下巻では、北朝鮮の学校生活における「批判」についても知ることができた。学校では毎週複数回、批判の時間があるのだそうである。そのことを筆者は次のように述べている。

ある意味では、恐ろしい子どもに育てることが、北朝鮮の教育方針である。ほとんど毎週2、3回ずつくりひろげられる批判の時間に批判の種を探すのだから、学校は友達はもちろん、父母兄弟までをも批判できる忠誠心を育むところでもある。」(p. 60)

 その上学校には「批判速報」なるものがあり、掲示板に張り出されるのだという。すごい。北朝鮮といえば、一糸乱れぬ演舞だのマスゲームだのが有名だが、そのような「芸術体操」でも、「夕方の"総括"のときは、動作ができない生徒や、規律に違反した生徒たちを前に立たせ涙が出るほど批判」(p. 72)するのだそうで、それをするからこそ、あれだけの演技ができるのかと、ある意味感心してしまった。それはさておき、批判に関しては、「批判」そのものの問題ではなく、一つの思想体系のみが批判の基準として絶対的・単一論理的に用いられていることが最大の問題なのだろうと思う。そしてそのことは、あらゆる単一論理についていえることである。

 本書を読んでいると、北朝鮮ってなんだか戦時中の日本のようだと思った。強力な単一論理体系があって最高権力者が神のようにあがめられているのはもちろんのこと、それ以外にも、物資が乏しくて配給制を敷いていたり、物資不足を人海戦術で補おうとしていたり(学校では勉強よりも動員が多いらしい)、恋愛もなかなか自由にはできなかったり、軍事優先だったり、随所に集団主義的であったり、思想がかなり統制されていたり、本や映画などの芸術さえも統制されていたり。この類似、機会があればもう少し詳しく知りたいと思った。なお筆者によると、ジョージ・オーウェルの『1984年』は、北朝鮮の社会の雰囲気と似ているそうである。これも機会があれば読んでみたい。


[←1年前]  [←まえ]  [つぎ→] /  [目次'06] [索引] [選書] // [ホーム] []