15日『極秘捜査』 10日『インタビュー調査への招待』 10日『生き方の人類学』 | |
| 14日コーヒー4日大学生に読んでほしい本 |
サブタイトルどおりの本。扱われているのは、1993年秋ごろのオウムの動きから、1995年5月の教祖逮捕まで。本書は、特に警察と自衛隊の動きが詳しい。筆者はそういう筋に詳しいライターのようだ。私はこれまでオウム関連の本を何冊か読んでいる。(元)信者の本としては『オウムはなぜ暴走したか。』と『オウムと私』、第三者のルポ的な本としては『A』、『A2』、『オウム法廷3─治療省大臣林郁夫』、また松本サリン事件関連の本としては『「疑惑」は晴れようとも』、『家族』、『推定有罪─あいつは……クロ−』、『無責任なマスメディア』、『松本サリン事件─弁護記録が明かす7年目の真相─』というところか。このうち、『推定有罪』を読んだとき、「次は警察側の人の本が読みたいぞ」と思った。まあしかしそれは難しいだろうなと思っていたが、本書で多少知ることができた。
多少とはいっても、本書は警察情報に関しては非常に詳しい。本書では「非公開情報を中心にレポート」(p.468)されており、警察や自衛隊の内部の人が書いたのではないかと思うほど詳しいのである。それはリアルかつ起伏に富んでおり、教祖逮捕までにこんなにドラマがあったのかと驚くぐらいである。たとえば、「日本の警察がカルト集団の中枢に突入するのは初めてどころか、カルト集団とまともに対峙したこともなく、ノウハウさえまったくもっていない」(p.99)状態だったとか。警察の強制捜査に際しては、ラジコンヘリからサリンが撒かれるという最悪の事態に備えて、自衛隊が対戦車ジェットヘリを出す準備もしていたとか。しかもそれは、自衛隊の独自の判断であり、警察はあくまでもけいさっつだけでやろうとしていたとか。強制捜査当初、幹部信者は誰も捕まえることができなかったため、警察は「千百人のサマナ(出家信者)を発見し次第、あらゆる法律を駆使して、まず身柄を押さえ」(p.375)ることを至上命令としたこと。確か『A2』だったと思うが、ビデオカメラが回っているところで、露骨に「転び公妨」(警官が自分で転んで公務執行妨害で逮捕すること)をしたことが報告されていたが、うーんこういう状況ならそれもやむをえなかったのかなあ、なんて思ってしまった。冷静に考えると良くないだろうが、そうも言っていられない状況というのもわかる気がするのである。
とまあ警察・自衛隊側の状況はかなり本書でわかったのだが、しかし、松本サリン事件については、なぜ誤認逮捕の一歩手前までいったのかについては、ほとんどわからなかった。しいて言うならば、当時の警察庁長官が会食中に「犯人は第一通報者の会社員でしかありませんよ。もし違ったら、逆立ちして歩いてもいい」(p.58)と言っていた、という記述ぐらいである。その自信がどこから来たのかについては、本書では触れられていなかった。その上、オウムのダミー会社がサリンの前駆物質を大量に購入していたことが1994年11月に明らかになっていたのに、1995年正月の時点でも捜査本部の捜査方針が、会社員を被疑者とする見方が大勢を占めていたという(事件発生は1994年6月。会社員の容疑が晴れたのは地下鉄サリン事件が起きた1995年3月である)。この方針の変わりにくさには興味深いものがある。
本書には興味深い話がいくつもあったのだが、私の関心からいって興味深かったのは、失敗の許されないオウム対策という場面で、警察や自衛隊の組織内部で意見がまとまらずに激論が交わされた場面がいくつか出てくる点である。たとえば3月22日に強制捜査を行うことは前から決まっていたのだが、その直前に地下鉄サリン事件が起きる。そこで、日程を延期すべきか、予定通り決行すべきかで激論が交わされている。あるいは突入したとき、機動隊員や警察官がサリン被害にあったらどう治療するかについて、自衛隊中央病院内で議論されているのだが、ここでも意見が割れて激論となっている。あるいは教祖逮捕に際しても、ともかく早めに身柄を拘束すべきだという考えと、きちんと殺人罪が立証できる証拠をそろえてから逮捕すべきだという考えが、これまた激しくぶつかり合っている。
これらはいずれも、一方にメリットがあることや、他方にデメリットがあることを単純に論じれば結論が出る問題ではない。双方にメリットとデメリットがある。それらをどういう重み付けで比較し評価するか、という問題なのである(日常の議論の多くもそうであろう)。本書では激論のプロセスまで知ることはできなかったが、こういうリアルな場面で起きている議論に多少なりとも触れることができたのはよかった。
2月からずっと胃が痛くて、3月から2週間薬を飲んだ。薬はもう終わったし、痛みはないのだが、はじめのうちは、ときどきちょっと胃が染みるような気がすることがあった。ので、ちょっと怖くて、毎朝飲んでいたコーヒーは飲まずに過ごしていた。
でもそろそろ授業も始まるので、朝からしゃきっとしたい。それに、研究室に学生が来る機会も増えるだろうから、芳香剤代わり(?)という意味でも、コーヒーが飲みたい。ということで、今週から毎朝、いつもの半分ぐらいの量を、パンなどを食べながら飲んでみた。今のところ痛くはなっていない。来週から、通常量に戻してみるかな、と思っている。でも、それで痛くなったらいやだなー。
(それで様子を見て、よさそうなら次は酒だ!)
筆者はインタビュー調査を専門とする社会学者。大学の授業でインタビュー調査を扱われており、そのやり方、秘訣、これまでにやってきたことや苦労したことなどについて書かれた本である。非常に面白かった。それは、私の授業でもできそう、と思わせるようなヒントがたくさんある点である。筆者は、社会学を専攻する学生がいない中でそのような授業をやっている。そのやり方であれば、いろんな授業で応用が利きそう、と思ったしだいである。
また本書は、タイトルどおり、授業を通して学生に、「インタビュー調査」をすることについて「招待」しているわけであるが、それだけでなく、読者として想定している大学教員に対して、「授業の中で学生にインタビュー調査に招待すること」に招待している。そして私は見事に招待されてしまった、というわけである。
筆者はたとえば、年に一コマしか持てない、持ち回りの講義で、50人の学生がいても、インタビューに招待してしまう。それは、ゲスト講師を呼び、それをインタビューに見立てて、学生は話の内容をフィールド・ノートにとり、さらに、質問を考え、何人かが代表インタビューをし、それらを元に宿題としてインタビュー記録を作成して提出する、というやり方である(年度によって多少違うようだが)。
それ以外にも、社会学の基礎を学んでいない学生を対象に、半期でインタビュー調査をして報告書を書かせる、という授業もされている。これも、やる機会があるかどうかは別にして、興味深い授業だった。やり方も、最初に2週間ほどかけて、過去に書かれた報告書を読んで議論したり、自分ならどんなインタビューをしてどんな報告書を書くかを考えさせたりして、うまく文化が継承され発展されるような組み立て方をしている。
筆者はこれらの授業を、単なるインタビュー調査の基礎トレーニング以上のものとして位置づけている。それは、「大学教育のなかにも広い意味での「仕事意識」教育を取り入れていく」(p.189)という位置づけである。なるほど、これは教員養成学部でもできるし、必要なことだと思った次第である。ちなみに1年生対象の授業で先輩に話を聞くときには、学生時代、今の仕事を目指した動機、思い出に残っている仕事、その仕事を目指す人へ、現在の仕事とこれからの仕事、などを話の糸口として聞いている。これも使えそう。こういう具体的な内容が書かれているのが、とてもよい本であった。
「実践とは何かという問いに焦点をあてながら、実践と社会との関係を明らかに」(p.8)しようとした本。理論だけでなく、筆者が行ったタイでのフィールドワークについても、2章かけて紹介されている。全体的には難解だったが、私にとっては重要になりそうな本であった。
レイヴ&ウェンガーのように、実践を「実践コミュニティの中で起きること」として捉えるのが筆者の基本的な立場のようである。しかし論じられているのはレイヴ&ウェンガーだけではない。ライル、ウィトゲンシュタイン、ブルデューなどの実践観が論じられている。中でもウィトゲンシュタインは筆者にとって重要のようで、筆者は「実践コミュニティ」のことを、「さまざまな関心や目的をもつ行為者が実践のやり方をしだいに身につけ、仕事を成しとげていくような社会的ゲーム(集団)」(p.21)と定義している。「社会的ゲーム」とは、ウィトゲンシュタインの言語ゲームを拡大適用した概念である。それは、「協働性をもって慣習としてくりかえし訓練が行われている場」(p.58)とも表現されている。あるいは実践について、「意識や概念、表象が明示的に表れる一歩手前で、つまり反省的に考えをめぐらす以前に巧みに行われる」(p.96)とも述べている。実践が反省や思考の手前にあるという指摘は、当然のことではあるが、重要な指摘だと思う。
筆者はレイヴとウェンガーの実践コミュニティの概念に依拠しているものの、彼らのアイデンティティの概念には疑問を呈している。彼らの考えるアイデンティティとは、知識や技能を次第に修得する中で生じる帰属意識のようである。しかし実践において個々人は、慣習をステレオタイプ的に遂行するのではなく、多様な振る舞いをする。それは、中心性に対する抵抗や妥協、交渉により、個々人が自分なりに自分の位置を確認し、自分の生き方を追及することである。そのことを筆者は次のように述べている。
実践コミュニティは行為者たちが他者に抵抗し、対立し、戦略を駆使し、また折り合いながら権力関係のゲームをくりひろげるミクロの場である。そうしたなかで行為者は首尾一貫した連続性をもったアイデンティティを築くのではなく、むしろ自分の欲望の充足とより良い生き方を追求するために自らの位置どりを確保しようとするのである。(p.249)
このことは、最近私が聞き取り調査を行っているある集団のことを考えたときにも、とてもうなづけるものである。
毎年この時期に,これをやっていたことをすっかり忘れていた。この12ヵ月の間に読んだ本(短評を除き63冊)の中から,大学生でも読めそうな,そして専門外でも面白いであろうと思われる本を10冊選んだ。10冊といっても,上下モノが一つ入っているので,実質的には9タイトル。総冊数が減っているので,9タイトルぐらいで十分だろう
なお,昨年のものはこちら。これまでの選書リストはこちらである。
私にとって,日本の中の韓国・朝鮮系の人々について考える目的のひとつは,彼らを通じて日本と日本人の姿をより鮮明な輪郭で浮かび上がらせること,すなわち日本と日本人の相対化である。(p.175)
全世界の警察関係者に宛ててフォールズがわかりやすく書いた手紙は,何の反応も呼び起こさなかった。『ネイチャー』誌に掲載された1880年の投稿も,関連記事が数本書かれ,1881年の世界医学会議で議題のひとつとなった程度でほとんど評判にならなかった。(p.120)
「生きる力」を身につけるように教育すれば,それは自然と「自ら学び,自ら考える」主体的な人間を育てることになって,対立も葛藤もない秩序ある社会がつくられると思っている節がある。だけど,本当はその前にわれわれがどういう社会をつくろうとするかという議論がなければ,具体的な「考える力」の中身は定まってこないと思うんですよね。(p.37-38)
せめて,"綻び"が出始めた昭和十七年末の段階で,「このままの戦い方でいいのか」,あるいはもっと単純に「この戦争は何のために戦っているのか」と,どうして立ち止まって,誰も顧みなかったのか。(p.120)
実験については,少なくともその多くについては,生きた哲学,実際に作用している哲学として理解するのがいいのではないだろうか。実験は,定量的な情報ではなく直観的な情報を私たちの中に生み出すとき,あるいは私たちがそれを得られたとき,成功したのだと考えればいいのではないか。(p.385)
アメリカが週国の歴史が一つの物語だとすれば,合衆国憲法の制定こそは物語の最初のページに記されるべきできごとである。そして憲法がその後どのように解釈され,人びとの生活に影響を与えたかは,物語の前編を通じて流れる大きなテーマの一つなのである。(p.54)
そもそも司法による問題解決はへいじにこそふさわしい。考える時間があり差し迫った危険がないときでなければ,強制力を有しない裁判所の判決は解決策として有効でありにくい。(p.54)
調整が必要になったとき,それまでの環境で成功を収めていた者ほど,通常,環境の変化に合わせて変革していくのがむずかしくなる。成功をもたらしてきた心地よい環境をあきらめようとはなかなか考えられず,そのため,これまでの環境にしがみついているわけにはいかなくなったことに気づくのは,通常,いちばん最後になる。(p.3)
有権者教育では,価値を押しつけるのではなく,価値を決める過程に必要なコツを教えることに力を入れるからで,つまり,有権者予備軍がそれぞれの「判断のものさし」を作るのを手助けする教育なのだ。そして,その結果として,民主主義の成熟につながる教育となるのである。(p.37)
理解こそ,まさしく私たちがしなければならないことなのである。私たちが同じ人間の行動を観察するとき,それを単なる偶然の出来事のモザイクと見なすことは,皆無とはいえないまでも,めったにない。(p.78-79)