読書と日々の記録2008.1上

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■読書記録: 12日『赤ちゃん学を知っていますか?』 6日『 喪の途上にて』
■日々記録:  12日ウワウルシ 6日尿路結石

■『赤ちゃん学を知っていますか?─ここまできた新常識』(産経新聞「新赤ちゃん学」取材班  2006 新潮文庫 ISBN: 9784101455327 \539

2008/01/12(土)

 産経新聞に2002年に連載された企画を,ほぼそのまま収録した本。新聞社の豊富な資金力をバックに,世界の最先端の研究室を訪れ,それがリポートされたりしている。そういう,最新の研究や研究者の生の声が聞ける点はいい点だが,このような新聞の連載企画にありがちの,新聞臭がする点が悪い点である。新聞の企画ということで字数が限られており,短くまとめられすぎていて物足りないとか,そういったことである。まあそれでも,短いということで,赤ちゃん研究でなされている実験がコンパクトに紹介されているので,大学の授業の補助資料としては使いやすいかもしれない。

 読んでいて一つ気になったのは,選好注視法の結果の解釈。ある研究では,赤ちゃんが,自分を見つめる顔(の写真)の方を長く見ていたことから,「赤ちゃんは顔を見るのがとても好き」(p.327)と「好み」で解釈されている。それに対して別の研究では,トンネルに入ったけど出てこない汽車(おもちゃ)の動画を赤ちゃんが長く見ることから,「汽車の消え方がどうもおかしいと,何か変だということに気づいている」(p.328)と,「新奇性」で解釈されている。そうである可能性は低くないとは思うが,同じ現象(選好注視)を,それだけのデータで異なる解釈(好みか新奇性か)をするのは,どうなんだろうと思った。赤ちゃんは言語反応ができないだけだけに,このような実験の工夫は大事だと思うが,結果の解釈が恣意的にならないようにすべきではないだろうか。

 もっとも,新聞の連載企画という,字数制限のあるものなので,研究者はもう少し何か考えているのかもしれないけど(それにしても,実験についての記述は,最小限とはいえ必要なだけ書かれているので,こういうところが中途半端だともったいないと思うわけである)。

ウワウルシ

2008/01/12(土)

 尿路結石の再発が怖いので,ネットでいろいろ調べてみた(その割には食事もおやつももう普通に戻っているが)。

 その結果,「ウワウルシ」なるものがいいらしいことが分かった。ウワウルシとは,ツツジ科の常緑低木だそうで,その葉には,尿路殺菌作用や利尿作用があるというのである。

 ということでさっそく近所の薬局に行ったが,ないという(というか「ナニそれ?」的反応だった)。

 ネットで調べると,数百円で買えることがわかったので,さっそく注文した(送料無料にするために,ほかにもいろいろ買ったりして)。

 それが木曜に来た。葉っぱが麦茶パックみたいなものに入っている。それを煎じて飲むわけだ。こういう作業は初めてやった。けっこう独特な香りで,なんだか魔女(?)になった気分だ。

 飲んでみると,味は苦いというかマズいというか。口にしてすぐ,「ひょっとしてすっきりジュースってこんな味?」と思った。

 1日3回,金曜から飲み始めている。特に変化は感じないのだが,煎じ薬なわけだから(いちおう医薬品である),即効性はないだろうと思う。もうしばらく続けたら何が起きるのか,楽しみである(毎晩の煎じ作業もちょっと楽しみ)。

■『 喪の途上にて―大事故遺族の悲哀の研究』(野田正彰 1992 岩波書店 ISBN: 9784000022873 \2,400)

2008/01/06(日)

 1985年の日航ジャンボ機墜落をはじめ,大事故で家族を亡くした遺族の人にインタビューし,彼らが家族の死をどのように受け止めていくのかを明らかにした本。講談社ノンフィクション賞受賞作である。筆者の基本的な方法論はインタビューで,ジャンボ機墜落でいうと,事件後1年以上経った時点から,30人の遺族に一人平均3時間近くインタビューしている。それは私にとって,とても興味深い仕事であった。

 そこで明らかになったことは,たとえば「遺族は遺体を取り戻すことによって,死者をゆっくり死なせることができる」(p.65)ということであり,あるいは遺族は「悲しみを十分に,しかし病的にならないように体験し,起こってしまった悲劇の向こうに再び次の人生を見つけ」(p.185)出すということを「喪の作業」として行っているということである。

 このような共通性を見出し,それを筆者はフロイトやロスその他の専門家の議論を用いて解釈している。それはそれなりに興味深いのだが,しかし私が本書に魅力を感じたのは,筆者の基本的な姿勢として,「人を理解するには,まずその人の個別性に耳を傾けなければならない」(p.284)というものを持っているからである。それは,ジャンルは違えども,私もこういう仕事ができるといいなあと思えるぐらいに好感のもてる姿勢であり,興味深い仕事であった。

 大事故の遺族の周りにいるのは,善意の人ばかりではない。なかでも遺族に不快をもたらす存在として,法律家とマスコミ人がおり,それらについて最後のほうで扱われている。特に法律家は,遺族の被害をカネでしか考えていない部分があり,それが遺族の神経を逆なでするわけだが,筆者はそれを,筆者の専門である医学の世界とも関連させ,次のように考察している。

近代社会は人が知的に専門分化することによって,社会の硬質な構成要素としての位置を保障するのである。しかし,それはひるがえって専門分野の固定化や拡大を促す。私たちが現に生きている人々の主観的世界に近付くためには,専門家であり続けながら,専門家である自分を否定する視点を持たねばならない。(p.329)

 「専門家」という立ち位置に自分を限定することは,仕事を円滑に進めるためには大事なことなのだろう。しかしそれは,他者とある一面のみで交流するということであり,その人の「主観的世界」を見ない/理解しないことで成り立っているのだ,という指摘なのだろう。実にもっともな指摘だと思った。

 そういえば,文脈は違うがこれと似た話(というか逆の話)が本書の別の箇所に載っていた。それは,30年に渡って誤りを犯さないパイロットに見られる特性について紹介しているくだりである。それは,次の5つだそうである。「々匐への深い関心,技量と知識への意欲,C人を目指したゆまない努力,ぜ分ばかりか他人への関心,ゥ罅璽皀△離札鵐」(p.311)。この対極にあるのが,他のスタッフにものを言わせない権威的運行だそうである。専門家=権威,と理解すれば,この二つの話は近いことを言っているような気がする(特に「他人への関心」の有無という部分)。考えてみれば,個別性を大事にしながら遺族と対話するという筆者自身の姿勢も,これらにつながることかもしれない。

尿路結石

2008/01/06(日)

 昨日の夜,尿路結石になった。

 4年半振り,2度目の激痛である。

 あわてて前にもらっていた痛み止めを飲み,新年会に行っていた妻に連絡を取り,タクシーで近くの病院に行った。

 薬が効いたのか,激痛は15分程度で収まった。今回はレントゲンでも超音波でも石は確認されていないのだが,あの激痛を考えると,しばらくはおとなしくしないと,と思う。

 カルシウムを多めに摂取し,動物性蛋白質、塩分、砂糖を控えめにする必要がありそうだ。そんな食事って,なんだか楽しくなさそうだけど,まあしょうがない。


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