道田泰司 2003.09 大学生の批判的思考の変化に影響を与える経験 日本心理学会第67回大会発表論文集, 918.(東京大学)

大学生の批判的思考の変化に影響を与える経験

道田泰司
(琉球大学教育学部)
Key Words: 批判的思考,論理,大学生,大学生活

 道田(2001, 教心研, 49, 41-49)は,大学入学直後の1年生と大学卒業前の4年生に,論理的誤謬のある文章3題材の論理的問題点を指摘させるという横断研究を行っている。その結果,全体的に論理性得点は低く,学年差(1題材を除く)や,文系理系差は見られないことが示され,大学生が4年間で論理的思考技能を向上させていない可能性が示唆されている。

 本研究の目的は,このときに被調査者だった1年生に,4年時に同じ調査を行い,縦断的に論理性の変化の有無と変化に影響を与えた要因を検討することである。

方 法

 被調査者 道田(2001)で被調査者となった1999年度入学の大学生29名(男子14名,女子15名)。2002年11月から2003年3月にかけて調査面接を行った。

 手続き 調査には,大学生活全般についての調査(半構造化面接)と,思考についての調査が含まれていた。

 思考についての調査は,1年時に読んだ文章(論理的に正しいとはいえない論法が用いられている文章3題材)を1題材ずつ提示して,自由な意見表明(ヒント前),論理的な問題点がある題材の指摘とその理由(ヒント1),ヒント1で指摘されたなかった題材に対する論理的問題点の指摘(ヒント2)を要請した。いずれも,まず題材あるいはヒントのみを提示して現時点での意見を聞き,その後,1年時に本人が書いた意見を提示して,現在の考えとの異同や感想を求めた。意見に変化がある場合は,その影響因をたずねた。その後,論理的な問題点について説明し,説明に納得したかどうかや,このような考え方を大学で学んだかどうかをたずねた。

結果と考察

 ヒント後の回答は,論理性の観点から1題材3点満点で得点化された。専攻(文系・理系)×学年(1年・4年)×題材(3題材)の3要因分散分析を行った結果,道田(2001)で見られた交互作用(1題材での学年差)が得られなかった以外は,学年差も専攻差もないという同じ結果であった。

 1999年度の得点と2002年度の得点の関係をみると,得点が変動(上昇,下降)した者と,あまり変動しなかった者がいる(図1)。そこで,1年時の得点(平均点(2.14)以上−H群,平均以下−L群)別に,大きく変動した者(上昇群と下降群。±3点以上)と,あまり変動しなかった者(不変(L)群と不変(H)群。±1点以内)を比較した。検討対象としたのは,ヒント前やヒント後における意見変化の要因として挙げられたもの,それ以外に自発的に語られた大学4年間での変化,論理について学んだ体験である。

fig1

 上昇群と不変(L)群の比較 挙げられた要因は多岐にわたったが,両群で共通して多くあげられたものとして,卒論やゼミその他の授業での経験がある。ただし発言内容に違いがあった。不変(L)群では次の発言があった(カッコ内は識別番号):「先生にはよく論理的に考えなさいといわれるけど,ちゃんと身についていない」(1),(研究ではそういうことは学んだが,それ以外の場面では)「文章を読むときに,素直に読みすぎている」(2),「よく「疑え」といわれる」(3),「先生の言っていることに納得する反面,自分の考えも大切にしたい」(4)。上昇群では次の発言があった:「論文をいろいろ読んで,文章の読み方が違ってきた」(5),「こういうことは毎日いわれている」(6),「この授業を受けてからは,課題に取り組む場合には,見方を変えようということはしてきた」(7),「ゼミに入っていろいろな原因を考えるようになった」(8)。

 授業経験に関してまとめると,上昇群と不変(L)群の違いは,論理の意味や必要性を理解・納得し(1, 4),教師からのフィードバックを受け(6),その授業以外の事柄にも適用しようとしている(2, 3, 7, 8)かどうかと言えるかもしれない。

 上昇群ではその他に,バイト体験を挙げた学生がいた。この学生は,バイトで「今までとはぜんぜん違う環境」を体験し,「前は少しでも分からないと思ったら,それ以上考えることはなかった。今は分からなくても,こんなだからわからないと言う」ようになったという。他に上昇群で,(理由は)「よくわからない」という回答もあった。

 下降群と不変(H)群の比較 不変(H)群では,「具体的にはない」が2名,「ゼミで人の発言を聞く」が2名,(1年時の方が)「毎日考える材料があった」が1名であった。

 下降群では,「論理的という言葉自体を間違えていた」が3名いた。しかしこれらの者は,1年時はある程度的確に答えている。おそらく卒論指導などの中で,文章構成という観点からの論理的指摘を中心に受けてきたのであろう。

 その他に,「今回は文章自体は肯定として受け入れてから話している」,「なんかポジティブになっている」,「今は思っても,それほど突っ込まない」と,基本的に1年時より肯定的になっていると語った者が複数いた。彼らは,(昔は)「ネガティブな性格」「言いたい放題言う」「一歩引いて否定から入る人間」だったが,大学での人間関係を通して「ポジティブになった」「人の話を受け入れてから話す」「人間関係を円滑にいくためには,必要のないことは伏せておく」ことを学んだ,と語っていた。

 また下降群には,(1年時は)「分からなかったが,そう書くのがいやだったからこう書いたと思う」(今回は「わからない」と回答)という者もいた。

総合考察

 以上の結果より,全体として大学生の論理得点は上昇しないものの,個別にみると多くの者が変動しており,その理由は多岐に渡ることが示された。また,卒論やゼミなどの同じような体験であっても,そこから何を得ているかは人によって異なることも示された。大学教育を通して思考力を育成するためには,これらのことを念頭におく必要があろう。

(MICHITA, Yasushi)