道田泰司 2006.03 文化としての批判的思考 琉球大学教育学部紀要, 68, page.

文化としての批判的思考

道田泰司*

Critical Thinking as a Culture

Yasushi MICHITA

要 約

 批判的,論理的,合理的に考えることとは異なる思考について,主に文化という観点から検討された。検討は,主に「声の文化」との関連からなされた。最後に,声の文化的な思考と文字の文化的な思考との関連や,どのような教育的アプローチが考えられるかについて論じられた。

■1.はじめに

 「考えること」はたいていの場合,良いことであると考えられている。特に,論理的,合理的,批判的に考えることが良いこととして教育目標として挙げられることは少なくない(道田, 2003)。しかし,論理的,合理的,批判的に考えることは,本当に良いことなのであろうか。逆に,論理的,合理的,批判的に考えられないということは,良くないことであり,能力の欠如を意味することなのだろうか。

 そうではないという考え方はありうるであろう。たとえば,考えることは人間が適応的に生きていくために行う戦略のほんの一つに過ぎない,と考えることは可能である。あるいはより良く考えるといっても,論理的・合理的・批判的な思考が唯一の思考のあり方ではないと考えることも可能である。

 本稿では,特に批判的思考に焦点を当て,この問題を検討することを目的とする。本稿では批判的思考の定義として,Ennis(1987)の「何を信じ何を行うかの決定に焦点を当てた,合理的で反省的な思考」を採用する。この定義が,批判的思考研究において最も多く引用される一般的な定義だからである。

2.スタイルとしての批判的思考

 筆者が上記のように考える理由の一つとして,認知スタイル(cognitive style)の存在がある。認知スタイルとは,情報の処理や判断の様式にみられる個人のタイプ(近藤, 1999),すなわち個人差である。それは知的技能の「結果」としての遂行の「優劣」に焦点を当てるのではなく,そのような結果が生まれてくる「過程」に焦点を当てたものである(山崎, 1994)。あるいは,自分がもっている能力の使い方の「好み」である(スターンバーグ, 2000)。

 代表的な認知スタイルとしては,ケイガンらが提唱した熟慮型―衝動型という概念がある。少しずつ形の異なる複数の図形の中から特定の図形を探し出すという課題を遂行するときに,判断が正確だが時間がかかるのが熟慮型,正確さは劣るが短い時間で答えるのが衝動型である。そのほかの認知スタイルとしては,場依存性−場独立性(環境に対して全体的にアプローチするか分析的にアプローチするか),認知的複雑性−単純性(主に社会的事象について,多次元的に知覚し細かい弁別力を持ちつつも統合された複雑性を持つかどうか),固定した統制−柔軟な統制(他からの余計な認知的干渉刺激にまどわされ影響されるかどうか),分析的−全体的(刺激を構成する次元や部分に注目し,それらを詳細に分析するかどうか),などがある(出口・海保, 1990; 小嶋, 1991; 山崎, 1994)。

 批判的思考が「合理的で反省的な思考」ということから考えるならば,ある課題に対したときに,場に惑わされることなく,柔軟に,分析的なやり方で熟慮するようなスタイルで思考することは,批判的に考えることとかなり重なるであろう。ここで注意しなければならないのは,認知スタイルは認知様式(あるいは過程)の個人差であって,能力の優劣を意味しているのではない,という点である。どちらのスタイルも適応的な価値を持っているのであり,どちらか一方のスタイルがすべての状況で優勢ということはないのである(Entwistle, 1990; Good & Brophy, 1995)。すなわち,先ほど批判的思考的と述べた極とは反対の極である,衝動的,場依存的,認知的単純,固定した統制,全体的処理にも適応的な価値があり,状況によってはその認知スタイルの方が優勢になる場合もある,というわけである。

 しかしスターンバーグ(2000)が指摘しているように,学校でもその他の組織,家庭,ビジネス,文化でも,特定の思考法(スタイル)が高く評価される。何が思考力として定義され重視され評価されるかは,きわめて文化的・社会的なことがらなのである(藤田, 1996)。その結果,教師や学校が求めるものと一致しない思考法をもっている学生は,能力がないものとして扱われてしまう。この点についてスターンバーグは次のように述べている。

私はスタイルに関心をもっている。あなたも関心をもつべきだ。もしあなたが,子供たちや,配偶者や恋人,同僚,あるいはあなた自身を大事に思っているのなら。スタイルと能力はしょっちゅう混同させられている。それで本当はスタイルが原因の個人差が,能力のせいだと思われている。結果として,スタイルが両親や,配偶者,恋人,同僚,上司の期待と一致しない人は,まったくまちがった理由で,過小評価される。思慮が足りないとか非協力的な態度だとか思われていることは,じつは単に,ある人のスタイルと別の人のスタイルが不適合なだけかもしれない。このような不適合が学校や職場でおこると,とくに問題となる。/学校で,「できない子」だと思われている生徒は,単に,スタイルが教師と合わないというだけのことが多い。(スターンバーグ, 2000, p.16 強調は引用者)

 同じように,批判的に思考しない学生は,能力がないのではなく,そういう思考スタイルを好まないだけなのかもしれないのである。これは個人の好みの問題だけではない。文化レベルでもそのようなことはありうる。すなわち,特定の思考スタイルを好む文化と,別の種類の思考スタイルを好む文化は存在してもおかしくないであろう。本稿では特に文化に焦点を当て,批判的思考を,文化の中の一つのスタイルとして,他のスタイルとの比較の中で位置づけることを試みる。

3.文字の文化としての批判的思考

 まず,「批判的思考」的な思考から最も遠いと思われるタイプの思考として,「声の文化」における思考を検討する。声の文化とは「文字の文化」に対比される概念で,『声の文化と文字の文化』(オング, 1991)において提唱されている概念である。

 われわれにとっては,書いたり読んだりすることは当たり前の活動である。しかし,かつては書くことがまったく存在しない時代があった。それが「声の文化」である。その文化における思考やコミュニケーションは,それ以降の時代である「文字の文化」における思考やコミュニケーションとは全く異なるものであったという。

 同じ言葉で表現するにしても,「声」で行う場合は,基本的に伝える相手がいる場所で行われる。そして声は,その場で生み出される端から消えていく。それに対して「文字」で表現する場合,それは(特に産出は)基本的には一人で行うことである。そして,書かれた言葉は消えずに空間にとどめられる。これらの点が,声と文字の文化のちがいの元となっている。

 文字は,思考を正確かつ分析的に,厳密に組み立て表現しようという感覚を生む。なぜか。文字が空間にとどまり続けるということは,書かれた言葉が,産出された文脈から切り離されて存在するということである。言葉が文脈から切り離されるということは,相手にその内容を伝える際に,声で行うときのように,その場の雰囲気や身振り,表情,声の調子などを利用できない,ということである。そこで,言葉だけで正確に厳密に表現する必要が出てくる。

 また,文字を書くことが一人で行われるということは,その内容を照合したり,他者に見せる前に不整合を取り除いたり推敲したりすることが可能になるということである。そもそも話し言葉では,事前の推敲は不可能で,不整合がある場合は,その場で言いつくろうしか対処のしようがない。文字に書かれる言葉はそうではなく,事前にじっくり推敲することが可能である。また,書いたり読んだりすることが一人でする活動であることから,書くことや読むことは,内面的で個人的な思考となる。われわれが当然と思っているようなこれらの特徴は,書くことによってはじめて生まれる思考でありコミュニケーションなのである。

 さて,批判的思考とは「合理的で反省的な思考」である。合理的ということは,不整合や矛盾なく,手持ちの前提から必然的,蓋然的な形で結論を導き出さなければならない。上述のように,そのようなことは声だけの世界で行うことは困難である。批判的思考や非形式的論理のトレーニングとして,文章の中から,何が前提であり,何が結論であるかを抜き出し,結論が妥当なものであるかどうかを吟味する,というものがある。これは,その話が文字として定着されていて初めて可能な作業である。このように批判的思考は,きわめて文字の文化的な思考といえよう。

 声の文化における思考は,合理的な思考ではない(もちろんこれは,合理性の定義にもよる)。しかし,声の文化における思考は,必ずしも反省的ではない,というわけではない。そのことについてオングは次のように述べている。

口頭による思考は,きわめて洗練されたものでありうるし,それ独自のしかたで反省的でさえありうる。ナヴァホの民間伝承にある動物譚を語るナヴァホ人の語り手たちは,人間生活における複雑なことがらを理解させるさまざまな意味あいを含んだその物語について,念入りな説明を与えることができる。そうした説明は,生理的な次元から,心理的,道徳的次元にまでおよんでいる。そして彼らは,物理的な不整合のたぐい(たとえば,「両目に琥珀の玉をもつコヨーテ」といった)にも完全に気づいているし,物語におけるさまざまな要素を象徴的に解釈する必要についても完全に気づいている(Toelken 1976, p.156)。声の文化のなかで生きている人びとは本質的に知的ではなく,彼らの心的過程は「おおざっぱ」であると想定することは,ホメロスの詩はあれほど巧みにつくられているのだから,基本的には書かれた作品にちがいないと考えることと同種の考え方なのである。(オング, 1991, p.123 強調は引用者)

 もっともオングは,ここでは「それ独自のしかたで反省的」と述べている。またオングは別の箇所では,「哲学とは,自分自身の本性について反省するもの」であり,「書くという技術に習熟し,その技術を深く内面化した人間精神によってはじめて哲学的思考が遂行される」(オング, 1991, p.351)と述べている。これらからは,声の文化における反省が哲学的な反省とは異なることがわかるが,しかし,それ独自のしかたであれ,声の文化においても反省性が存在することには注意が必要であろう。

4.声の文化の思考と表現

 では声の文化というのは具体的にはどのようなものか。オングは,声の文化にもとづく思考と表現の特徴として,次の9点を挙げている。

 ここでは簡単にだけ触れておくが,文字の文化における思考の特徴は簡単にいうと,ここで否定されているようなこと,すなわち,従属的であること,分析的であること,客観的に距離をとること,抽象的であることなどである。これらは,文字の文化における思考の特徴であるが,この方向性は,一般に批判的思考という語で目指されていることと一致していることを,とりあえずは押さえておく。

 なお同書で基本的に行われているのは,読み書きが当然となった時代とそれ以前の時代を比較するという,通時的な議論である。これ以外に,同じ一つの時代に共存する声の文化と文字の文化とを比較することも可能であるが,それは同書ではほとんどなされていない。両文化の共存ということに関してオングは,「もはや今日,厳密な意味での一次的な声の文化はほとんど存在しない」(p.32)と述べるが,その一方で,「しかしそれでもやはり,多くの文化やサブカルチャーが,高度技術文明につかりながらも,程度の差はあれ一次的な声の文化の思考様式を相当に保っている」(p.32)と述べている。

 本稿で目指しているものは,主に現代に見られる,いわゆる批判的思考的なものとは異なる思考がどのようなものであるかを検討することである。同時代的な比較が同書でほとんどなされていない以上,ここから先の議論は,オングの議論を参考に筆者なりに独自に展開しており,そのレベルは,筆者のオング理解に依存している。

 現代における声の文化については,オングが述べるように確かに厳密な意味で純粋に声の文化のみしかもたない文化は存在しないであろう。しかしこれまたオングが述べるように,声の文化的な思考様式は,さまざまなところに見られる。それは,それは,文字があまり発達・普及しておらず声の文化が優勢な文化,という意味ではない。文字も普及しているが,声の文化的な思考が比較的重視されている文化,というものもあるかもしれない。また,我々は複数の下位文化に多重に関わりながら生きている。それらの文化なかには,かなり文字の文化的なものを重視している文化がある。たとえば「学問」や「学校」的な世界は,文字の文化的なものが比較的重視される文化であろう。同様に,一般にイメージされる批判的思考はかなり「文字の文化」度が高い。ということはその逆で,比較的声の文化的なものが優勢な下位文化がある。あるいは,積極的に文字の文化的なものを軽視する文化もあるかもしれない。以下,そのようなもののなかで,筆者が気がついたものを,オングの観点を参考にしながら検討していく。

5.累加的な思考の文化

 オングは,声の文化における思考やコミュニケーションの特徴の第一として,累加的(additive)であることを挙げる。累加的とは,複数の文章を「そして」(and)でつなぐようなつなぎ方である。その例としてオングは,年代の異なる聖書の記述を比較している。まだ声の文化の影響を強く受けていた1610年の英訳聖書の冒頭は,次の通りである。

はじめに神は天と地を創造された。〔そして〕地は形なく,むなしく,〔そして〕やみが淵のおもてにあり,〔そして〕神の霊が水のおもてをおおっていた。〔そして〕神は「光あれ」と言われた。すると〔そして〕光があった。〔そして〕神はその光を見て良しとされた。〔そして〕神はその光とやみを分けられた。〔そして〕神は光を昼と名づけ,やみを夜と名づけられた。〔そして〕夕となり,また朝となった。(オング, 1991, p.83)

 それに対して1970年の英訳聖書では,「そして」(and)だけでなく,「したとき」(when),「そのとき」「ついで」(then),「こうして」(thus),「一方」(while)が使われている。より分析的で推論的になり,文章の主従関係が明確になっているわけである(このことをオングは「従属的」と表現している)。では,このような表現の違いが見られる文化はあるのであろうか。

 教育社会学者の渡辺氏は『納得の構造』(渡辺, 2004)において,日米の小学校の作文や歴史の授業見学や実験を通して,学校で強調される思考表現の違いを検討している。対象となっているのは,ニューヨークと名古屋市郊外の,比較的裕福な地区の小学校計5校(8学級)である。調査の結果を大まかにいうと,日本では時系列と共感が,アメリカでは因果律と分析力が学校生活のあらゆる場面で一貫して強調されていることを見出している。渡辺のいう「時系列」がオングの「累加的」に,「因果律」が「分析的で推論的」に対応するようである。

 作文に関しては,セリフのない4コマ漫画を見てそれを文章化してもらうという実験を行っている。実験の結果,日本の児童は9割以上がすべての出来事を起こった順番に「時系列」的に述べている。それに対してアメリカの児童は,時系列的な作文もみられるものの,それ以外にも順序を変えたり要約をつけたりと,多様な構造の作文を書いており,なかでも「因果律」的な述べ方が,日本の児童よりたくさんみられている。複数の文章の接続の仕方という点でいうならば,日本の児童の作文は「〜して〜して」という連用形の接続詞を多用して出来事と出来事を連結していたのに対して,アメリカの児童は,「なぜならば」(because),「だから」(so),「〜が……を引き起こした」(cause),「なので」(since)と,因果を表す接続詞や動詞が使われていた。この点はまさに,オングの述べる「累加的」と「分析的で推論的」といえよう。

 作文の授業をみると,アメリカの小学校では複数の文章様式を書き分ける訓練が行われている。特にエッセイでは「トピックセンテンス」と「理由」という「因果的」な構造が強調されている。それは当然,分析的,推論的に考えることを促すであろう。それに対して日本では,技術的な指導は意図的に避けられ,気持ちが伝わるように詳しく状況を書くという「気持ち表現」が重視される。その結果,どの作文も「時系列中心」で書かれる。すなわち「累加的」である。

 同じような構造は歴史の授業でも見られる。日本の小学校の歴史の授業では,教師が物語を物語るように出来事が起こった順番に過去を再現しながら,歴史上の人物の気持ちを想像させるという「時系列+共感」構造が見られる。それに対してアメリカの歴史授業では,時系列の確認は短時間で終え,あとは特定の出来事を「結果」と定め,時間を遡ってその「原因」となる出来事を探す作業が,「なぜ」という問いの元に行われる(「なぜアメリカは独立戦争に勝ったのでしょう」というように)。ここでもみられるのは,時系列(累加的)と,因果(分析的,推論的)という対比である。

 このように両国とも,作文教育でも歴史教育でも思考と表現において強調される点は共通しており,しかもそれらは,オングのいう文字の文化と声の文化の対比を思わせるような違いである。しかしこれは単純に日米の文化に起因することはできない。渡辺(2004)はそれぞれの教育のルーツをさぐっているが,それによると,作文教育に関しては,アメリカの場合は,ギリシャ・ローマ時代の修辞学にたどりつく。日本の場合は,大正期の新教育運動が現在の作文教育のルーツと考えることができるようである。その背後には,デューイやモンテッソーリの,児童中心の教育論がある。すなわち日本の作文教育は,必ずしも日本のオリジナルというわけではないのである。

 歴史教育に関しては逆に,アメリカの現在の歴史教育の歴史のほうが歴史が短いが,その変化には批判的思考が影響していそうである。アメリカで「なぜ」と質問して原因を特定する歴史の授業方法は1970年代初頭から試みられ始めたことであり,それまでは,日本のように時系列で出来事をたどる説明の方法が主流であった。それは,社会科学の学問的方法を小学校教育に取り入れようとした新社会科の影響である。アメリカ新社会科成立の契機としては,スプートニクショック(1957年),国防教育法の制定(1958年)などが挙げられる(金子, 1995)。渡辺は,公民権運動と高等教育の大衆化をその原因として挙げている。この変化は,特定の価値観に囚われずに自前の判断を下す必要性や,様々な価値観のなかで独立した個人が市民として生き抜く力をつける必要性を教育界に生み出しており,高等教育で批判的思考運動となっている。その影響が初等教育にまで拡散してきたのではないか,と渡辺は考察している(渡辺, 2003)。なお,小学校から分析や決断能力の教育をするのは,アメリカでも経済・社会的に裕福な地域が主であり,労働社会層の多い地域ではそのような教育は行われていないようである。

 小学校教育にみられるような語り方の構造には,教科を超えて一貫したものが存在する。しかしそれは,長期的な文化的影響という部分もあれば,ここ数十年の教育指導法の移り変わり,という面も持っているようである。結果的に各教科に見られる方向性は現在では一致しているようであるが,しかし学校教育一つをとっても,そこには複数の文化や下位文化の影響が重畳している,といえそうである。

6.冗長な思考の文化

 オングが挙げた声の文化の特徴の2番目は,冗長性である。冗長性についてオングは,次のように述べている。

冗長な言いまわしは,声の文化における思考と話しの特徴であるということから,そうした言いまわしは,むだのないすじの通った言いまわしより,ある深い意味で,思考と話しにとってはいっそう自然なのだということになる。そうしたすじが通った,つまり,分析的な思考と話しは,人工的な作品であり,書くという技術によって組み立てられたものである。冗長な言いまわしをある程度除去するためには,ある時間的なまわり道になる技術,つまり,書くという技術が必要である。書くことは,いっそう自然な型〔つまり,声の文化のなかであらわれるような型〕にともすれば表現がおちこまないようにするために,こころにある種の緊張をしいる。(オング, 1991, p.89-90 強調は引用者)

 オングはここでは,主に「表現」を組み立てる際の冗長性について述べているようで,直前に述べたことを繰り返すような表現のあり方が中心に述べられており,「思考プロセス」の冗長性には触れていない。しかしおそらく思考に関しても,文字の文化においてはむだのないすじの通ったものが好まれるのに対して,声の文化では,冗長でまわり道のある思考が行われているのではないだろうか。あるいは,何かについて話し合うという場合にも,文字の文化では,文字(議事次第や配布資料)を見ながら,議題や論点や証拠を確認しつつ,比較的まわり道をしない形で行われるであろう。それに対して声の文化では,議題や論点などのすじを常に確認しながら進めるというわけにはいかないので,話し合い自体もまわり道をしながら進むのではないだろうか。

 そのような話し合いを描写したものとして,宮本常一(1984)の『忘れられた日本人』がある。同書には,宮本氏が昭和20年代半ばに地方で老人に対して行った聞き取り調査の様子が収められているが,聞き取り対象となった老人は,文字を知らないか,知っていても文字に頼ることのすくない人たちであった。その中には,村の寄り合いでの話し合いの様子が描かれている。それによると,宮本氏が古い証文類を見せてほしいというと,「「いままで貸したことは一度もないし,村の大事な証拠書類だからみんなでよく話し合おう」ということになって,話題は他の協議事項にうつった」(宮本, 1984, p.14)。またしばらくすると話が戻り,「それと関連あるような話がみんなの間にひとわたりせられてそのまま話題は他にうつった」。そういうことが何回か繰り返された後,最後に老人が,「どうであろう,せっかくだから貸してあげては……」といい,それにみなが同意して結論が出たという。

 いかにも冗長で悠長で,一見むだの多い話し合いである。批判的思考においては一般に,議論を行う場合は,問題や仮定されていることを明確化し,重要な関係の認識し,データから正しい推論を,情報やデータから結論を導出する(Pascarella & Terenzini, 1991)。宮本氏が報告する話し合いは,このような議論とは対極にあるような話し合いではある。しかしこうすることで,とにかく無理をせず,みなが納得の行くまで話し合いが行われている。これも一つの話し合いのスタイルということができるであろう。

 なお宮本氏は,このような寄り合いのあり方について考察している。それによると,村民は基本的には全員村落共同体の一員ということで,寄り合いでの発言は互角であるし,村民間に主従関係はない。しかし,日常的には,郷士と農民は通婚できないなど両者の間に差別は存在した。そのような状況であったからこそ,このような話し合いのスタイルが意味をもつ。そのことを,宮本氏は次のように考察している。

そういう場での話しあいは今日のように論理づくめでは収拾のつかぬことになっていく場合が多かったと想像される。そういうところではたとえ話,すなわち自分たちのあるいて来,体験したことに事よせて(傍点)話すのが,他人にも理解してもらいやすかったし,話す方もはなしやすかったに違いない。そして話の中にも冷却の時間をおいて,反対の意見が出れば出たで,しばらくそのままにしておき,そのうち賛成意見が出ると,また出たままにしておき,それについてみんなが考えあい,最後に最高責任者に決をとらせるのである。これならせまい村の中で毎日顔をつきあわせていても気まずい思いをすることはすくないであろう。と同時に寄りあいというものに権威のあったことがよくわかる。(宮本, 1984, p.20-21)

 すなわち,せまい村内であることと,構成メンバーに身分差的なものがあることから,このような話し合いの形態が,状況に適合したスタイルとして定着したということのようである。宮本氏も述べるように,このような場では,論理づくめでむだのないすじの通った議論を行うことは,必ずしも結論に至る最適の道ではないようである。

 なおオングは,声の文化の特徴の4番目として「保守的ないし伝統主義的」というものを挙げており,「知識は,得がたく貴重なものであり,専門的に知識を保存している博識の古老たちが,この社会ではたかく評価される」(オング, 1991, p.92)と述べている。宮本氏が述べるように,最後は最高責任者(長老)が決定し責任を負わせる,というものは,このような保守性,伝統主義性と関係しているかもしれない。

7.連歌的な思考の文化

 宮本(1984)が報告しているのは,地方における,文字を知らない老人たちの姿,タイトル通り「忘れられた日本人」の姿である。では,ここで報告されているような思考や,寄り合いのような場は,現代にはないのだろうか。筆者は「忘れられた日本人」の姿を,同書でしか知らないので,断定的なことはいえないのだが,これに極めて近いと思われる会議の姿を報告している人がいる。中山千夏氏である。中山(1994)は,非常に男性的な狩猟的会話(相手を問い詰める詰問型のインタビューなど)が重視されるテレビ界にいた経験から,「男の会議」と「女の会議」の違いについて述べている。

女たちの会議は実にだらだらしている──まとめ役がいない,要領悪く長ながとしゃべる人がいる,むだ話が多い,途中で誰かがお茶を入れたりの小さな用でたつので落ち着かない,などなど── 〔中略〕ある参加者のしゃべり方には,なるほど女は非論理的だといわれるのもむりはない,と思いました。/しかし同時に私は,その会議には男の会議にない居心地のよさがあることにも気づいたのです。女の会議は徹底的に気楽でした。ヘマを恐れなくてもいい,論理的でなくてもいい,知識がなくてもいい,だから誰でも口出しできる。〔中略〕まとめていえば,女の会議には,会話能力においての差別がなく,いわゆる政治的な手順や形式がなく,平等と自由がありました。そして,たしかに能率はよくないけれど,結局,いつのまにか話はある方向にまとまって,誰が決定したということもなく,しかし何かが決まるのです。(中山, 1994, p.89-90 強調は引用者)

 中山氏はこれに続けて,「それまで無条件にプラス価値だと思っていた「論理的であること」にも疑問がでてくる」(p.91)とも述べている。ここに描かれている「女の会議」の姿は,だらだらしている,むだ話が多い,しかしいつの間にか話がまとまっている,というものだが,これは,最高責任者がいない点を除けば,宮本(1984)が報告する寄りあいの姿に似ているのではないだろうか。少なくとも,論理や効率で話が進んでいるわけではない点は同じといえる。

 なお中山氏のこの論考は,その直前に書かれている佐藤氏の論考への返事として手紙形式で書かれているものである。佐藤氏は,思考が世間からかけ離れた孤独な生活の中でおこなわれるのではなく,人びとの共同的な営みとして成り立ちえないだろうかと考え,共同制作としての「連歌」に注目している。哲学における従来的な,世間からかけ離れた「考える営み」とは,男性的=公的(私的なものの無視)=論理的=独白的(首尾一貫性を重視するために「対話的」にならない)=競争的=支配的=強制的=独裁的なものである。佐藤氏の言によれば,「ヨーロッパ哲学の論理は,基本的には支配者が他者を自分の目的のために服従させたうえでの自己正当化のための議論を基本としているといって過言ではない」(p.53)のである。それに対して連歌は,一定のレールのうえに乗ることを強制することなく,双方が自分のよさを生かそうとしながら共通の土俵に乗って協力し合おうとするものである。両者の対比から,佐藤氏は連歌的な思考を次のように説明している。

ヨーロッパの対話体とされた弁証法は,実は,テーマの提案者の首尾一貫した見解の押しつけのために,他者を手段化したということです。それは,対話体という名のもとに,実際には主人公の首尾一貫性が求められるという公共的空間での責任をともなう論理と結び付いていたのです。〔中略〕私たちは独裁的でない対話の形態というものをさぐっていく必要があるのではないでしょうか。そのとき,哲学的思考は連歌をもじっていえば「連考」(連歌的思考)となるのかもしれません。連考は互いの論点を尊重していき,いつも共同で考える場をつくろうとしますが,誰の説がもっとも優秀でもっとも首尾一貫しているかというたて方をしません。ある人の経験と個性のもち味がどこに生かされているかを重視するのです。一つの共通の現実がどのように多様に一人ひとりの個性を生かして経験され表現されうるかをめぐっておこなわれる集団の試みなのです。(佐藤, 1994, p.63-64)

 なお佐藤氏は,論考中で宮本常一に言及し,宮本氏が報告した日本人の姿が「意見の異なるものをつぶすことなく,困難をかかえたものの相互扶助と相互理解を可能にする」協同への工夫であったことを述べている。このことからも,佐藤氏(そして中山氏)が目指す対話や思考や話し合いが,「寄り合い」的な(そして声の文化的な)ものであったと考えることができよう。

 また,佐藤氏は連考を,理念だけで語っているが,日常の中でも,きわめて連考的(あるいは「女の会議」)的な話し合いもあれば,「男の会議」的な会議もあるように思われる。たとえば連考に近いタイプの話し合いとしては,ブレイン・ストーミングや,ワークショップ型の話し合いが挙げられるであろう。

8.人間的な生活世界へ密着した思考の文化

 オングの挙げる声の文化の特徴の5番目は,「人間的な生活世界への密着」である。これは,書くことが,生活経験から離れたところで知識を構造化するのに対して,声の文化は,知識を人間的な生活世界に密接に関係づけるような仕方が概念化する,ということである。そのような思考の例は,ルリヤ(1976)が『認識の史的発達』において報告しているフィールドワークに見られる。オングはルリヤのこの仕事を,声の文化と特徴の9番目である「状況依存的であって抽象的ではない」のところで言及しているが,筆者はこれは,生活世界への密着の例とも考えられると思うため,ここで取り上げる。

 同書は,旧ソビエトの辺境にいた文盲の人,多少読み書きができる人,学校に在籍したことがある人たちに,知覚,推論,問題解決,自己意識などについての質問をし,その内容を分析している本である。この研究は1930年代初頭に行われたもので,社会主義革命の一環として行われた文盲撲滅運動がいかに成果を上げ,文盲の人たちを無知蒙昧から救ったかを示そうとした研究である。しかしオングも述べているように,ここに記録されているのは,文盲の人たちの無知蒙昧の姿というよりも,声の文化に住んでいる人の思考や認識が文字の文化の思考や認識といかにへだたっているかであるとみるのが一番自然であろう。それは,文盲の人たちの一見非論理的に見える答えにも十分な理(ことわり)がある,という見方である。

 「推論」に関しては,ルリヤは被験者に,三段論法の問題を出している。たとえば,「雪の降る極北では熊はすべて白い。ノーバヤ・ゼムリヤーは極北にある。そこの熊は何色をしているのか?」というような問題である。この問題は,被験者の経験の範囲外にある問題として出されている。

 この問題に対する,ある文盲の人の反応は次のようなものである(カッコ内は質問者の発言内容)。「いろいろな獣がいる」(三段論法が繰り返される)「それはわからないな。黒い熊なら見たことがあるがほかのは見たことないし……。それぞれの土地にはそれぞれの動物がいるよ。白い土地であれば白い動物,黄色い土地であれば黄色い動物が。」(ところでノーバヤ・ゼムリヤーにはどんな熊がいますか?)「われわれは見たことだけを話す。見たこともないものについてはしゃべらないのだ」(三段論法が繰り返される)「60歳とか80歳の人で,その人が白熊を見たことがあって喋るなら信用してもよいだろうが,私は白熊を見たことがないんだよ。だから話すことはできないんだ。私の言うことはそこに尽きる。見たことのある者は話せるが,見たことのない者は何も話すことはできないんだよ!」(ルリヤ, 1976, p.157)。

 ルリヤは文盲の人15人を調査し,論理的推論が行えない理由を,3つ考察している。一つは,最初の前提(大前提)に関する体験がない場合,その前提を信用しないことである。二つめは,三段論法の前提が普遍的ではなく,個別的な知見と感じられていることである。三番目は,三段論法の3つの命題が,無関係でばらばらな命題と捉えられているからである。

 しかし,声の文化ということを前提にするならば,三段論法をこのように捉えることはむしろ自然なことと考えることができる。オングは,文盲の人たちの回答を擁護して,次のように述べている。

熊がどんな色をしているかは,その熊を見ればだれにでもわかる。実生活のなかで,北極熊の色を推論によって導きだすなんていうことは聞いたことがない。そのうえ,雪国の熊はみな白いということをだれかが確実に知っているとしても,かれが本当に確実に知っているということを,どうやったら確実に知ることができるのだろう。読み書きがかろうじてできる四十五歳になる集団農場の責任者は,上の三段論法を二度目に示されたとき,なんとかつぎのように言うことができた。「あんたのことばにそってかんがえてみると to go by your words,どうやらそいつらはみんな白いってことになるね」と(Luria 1976, p.114)。〔中略〕「あんたのことばにそって考えてみる」という言い方には,そういう形式的な推論をして答えが出てきたとしても,そうした答えに責任を負うのは,わたしではなく「あんた」のほうだ,という思いが込められている。(オング, 1991, p.114-115 強調は引用者)

 「人間的な生活世界」における日常的な会話であることを前提にすれば,これはまったく自然な考え方といえよう。先に引用した回答をもとに,この方向性でもう少し考えてみよう。先に,「60歳とか80歳の人で,その人が白熊を見たことがあって喋るなら信用してもよいだろう」という回答があった。これは要するに,言っている相手によっては信用する,ということである。声の文化では,匿名の誰かが何かを言う,ということはありえない。話者は常に特定の人であり,それは,聞き手にとっては,信用できる人か信用できない人かのどちらかである。しかし調査者にせよ,匿名の話者にせよ,それを信用する理由は,この人たちにとって何もない。したがって「わからない」というしかないのではないだろうか。

 もっと言うならば,「北極の熊はすべて白い」という命題は,論理学が教えるところによれば,証明不可能な命題(全称肯定命題)である。そこまで言わないにしても,その土地で長期間に広範囲に熊を観察した人が言うのであればその言葉は信用できるであろうが,誰が確認したかもわからない命題を真に受けて結論を出してしまうほうが不自然であろう(オングのいう「かれが本当に確実に知っているということを,どうやったら確実に知ることができるのだろう」である)。あるいは調査者は,被験者が「わからない」と答えているにも関わらず,それに真摯に応対しようとせず,「考えてみてください」と言ったり,問題を機械的に繰り返したりしている。これは心理学の実験としては当たり前のことかもしれないが,日常における対話として考えると,やはりとても不自然なものである。すなわち,このような問題に答えられるということは,その人は文字の文化(を伝達する学校文化)に慣れ親しんでいる,ということを示す以上のことではないであろう。あるいは,論理のもつ非対話性・支配性・強制性・独裁性に身をゆだねるあまりに,そこで思考停止し,言われていることが自分の生活世界とどのような関係があるかを考えなくなっている,ということであろう。

 もちろん,日常の生活世界にこだわることなく,証拠と論理の指し示すところに向かって突き進んでいくことが,思いがけないながらも合理的な結論に至ることはある。たとえばシャーロック・ホームズの話に見られる推理のように。それは,時と場合によってはとても強力な武器になる。しかし時と場合によっては,佐藤(1994)のいうように,独裁的で強制的で,私的なものを無視した結論になる危険性もあるのである。

9.感情移入的で参加的な思考の文化

 7節で挙げた連考的な思考は,『納得の構造』(渡辺, 2004)の中にも描写されている日本の国語の授業の中にもみられる。授業は物語を解釈する授業で,物語の中に出てくる「川」を子どもたちにイメージさせ,発表させて板書していくという授業である。授業を観察した渡辺(2004)は授業の感想を,次のように述べている。
Y教諭の授業では,自由にイメージを膨らませる体験を教師と児童が共有し,共感することから生まれる高揚感があった。ここでは他人を納得させたり,イメージの個性化や創造力を競うのではなく,学級の一体感を醸成することが目的となっているようである。児童ひとりひとりの断片的なイメージが重なり合うことによって,より大きなイメージが醸成され,それが学級全体で共有される。技術ではなく,高揚する感情の共通体験,すなわち教師を含めた学級全体の共同体としての情緒的体験を通して表現を引き出すという巧みな方法が見られた。(渡辺, 2004, p.73 強調は引用者)

 皆が出したイメージを,全員が共有するという点では,これは連歌的思考に近いといえそうである。しかしそれだけではない。ここでは「共感」も重視されている。これは,オング(1991)が7番目に挙げた「感情移入的あるいは参加的」な思考である。オングは感情移入的あるいは参加的ということについて,「学ぶとか知るということは,知られる対象との,密接で,感情移入的で,共有的な communal 一体化をなしとげる,ということを意味する」(p.101)と述べている。

 一方,文字の文化においては,参加的ではなく,客観的に距離がとられる。それは先に述べたように,書くことによって,思考が対話の相手から切り離され,書かれた紙面の上に隔離されるからである。それに対応するかのように,アメリカの教育では「分析する能力」が重視されている。たとえば歴史でいうならば,先に挙げた「結果から原因を推測する」というケースだけではなく,たとえば19世紀の人びとの旅をシミュレーションする,という授業でも,状況を分析して意思決定することが求められる。その際の教師の発言としては,次のようなものがある。

今どこにいるの? 何をしなければならないの? 何が今一番大切なの? なぜその決断をするの? 大事なのは大切な事や大切な言葉だけを書きとめることだったよね。(ある道筋の)有利な点と不利な点を書いて,それを比較して決断するのよね。それが分析するってことでしょう。あなたたちの幌馬車が可能な限り利益を得るためには,それぞれの場面で少なくとも二つのプラスの面とマイナスの面を考えなさい。(渡辺, 2004, p.133 強調は引用者)

 ここでは,「書く」ことによって重要な事柄を抽出し,(おそらく客観的に)分析することが求められている。もちろんアメリカの歴史教育においても,それだけが重視されているわけではなく,ある教員は歴史授業の目的として,決断する技術を教えるとともに,「西部開拓者たちが感じたであろう無力感に共感する力を養う」(渡辺, 2004, p.139)ということも述べられている。しかし最重要と考えられているのは,「分析」なのである。

 それに対して日本では,「「共感」の能力が,歴史の授業の中では思考力そのものとして位置付けられて」(渡辺, 2004, p.151)いる。この両者の対比は,オングのいう「感情移入的」と「客観的」の対比と考えて差し支えないであろう。

10.個人主義と集団主義

 以上,批判的思考的ではない思考としてどのようなものがありうるかを,主に声の文化という観点を中心に検討してきた。最後にこれらを,社会心理学的な観点から検討しておこう。

 文化差の社会心理学的研究としては,個人主義と集団主義という枠組みがある(トリアンディス, 2002)。トリアンディスは『個人主義と集団主義』において,両主義を包括的に論じているが,そこには思考と関係するような記述はさほど多くはない。しいて挙げるならば,以下のような記述があるぐらいである(カッコ内は引用者による補足)。

 これらの記述は,思考のあり方そのものを関するものではない。しかしその内容は,これまでに本稿で述べてきた,声の文化的な思考・表現様式に似ているのではないだろうか。そこで本節では,批判的思考や声の文化的思考を,トリアンディスの個人主義−集団主義の枠組みの中に当てはめる試みを行ってみる。もちろん両者は完全に対応するものではないであろう。しかしどちらも,人間の中に見られる大きな文化差に焦点を当てているという点では一致しており,両者を対応させて考えてみることで,一方の枠組みだけでは見えなかったものがみえる手助けになるかもしれない。

 トリアンディスは,集団主義と個人主義を,二分法としてだけ捉えているのではない。そこに「水平−垂直」という次元を入れることによって,四分類で理解している。水平とは同質ということであり,垂直とは異質ということである。したがって,垂直的個人主義とは,競争的で達成志向的な文化である。水平的個人主義とは,独自性を重視し平等性を強調する。垂直的集団主義とは,上下関係を重視し礼儀を重視する。水平的集団主義とは,協力的な相互依存性を重視する。政治体制でいうなら,垂直的個人主義は市場主義的自由主義,水平的個人主義は社会民主主義,垂直的集団主義は共産主義,水平的集団主義はキブツ的政治組織にあたる。

 これに当てはめていうならば,まず無批判的思考が奨励される文化とは,年長者のいうことに疑問を持たずに従うことをよしとする権威主義的な文化,すなわち垂直的集団主義である。一方,批判的思考が奨励される文化とはおそらく,何がより正しい考えであり,何がよりよい考えであるかを競うという意味では,垂直的個人主義ではないだろうか。7節で引用した佐藤(1994)が指摘するように,ヨーロッパ的な論議が競争的,支配的な性質であることを考えるならば,論理性や合理性の高さを競う場合や,他人の考えを批判する場合,議論によって勝敗(優劣)が競われる場合は,それは垂直的個人主義的な競争ということができよう。この場合,競争は個人間だけではない。個人内にで複数の考えの比較検討が行われるときも,ある種の競争が行われているといえる。

 では,声の文化的な思考は,この四分法の中ではどう位置づくであろうか。声の文化的な思考を,個人内部の思考と表現と考えたときには,この四分法の中に位置づけるのは難しいかもしれない。しかし,集団で納得や共感を目指して話し合うという部分を見るならば,それは水平的集団主義ということができそうである。しかしその話し合いが,個人の個性や独自性を活かす方向で機能するのであれば,それは水平的個人主義ということができるであろう。そのように考えるならば,声の文化的な思考とは,水平性を特徴としながらも,幅の広い思考を含んでいるものなのかもしれない。

12.まとめと課題

 本稿では,批判的思考的ではない思考としてどのようなものがありうるかを,主に声の文化という観点を中心に検討してきた。ここで取り扱ったそれぞれの思考について,十分にその意義が検討できたとは言いがたいし,また,それぞれの思考の関係についてはまったく検討していない。しかし,いくつかのことを確認することはできたのではないだろうか。

 第一には,批判的,合理的,論理的思考とは異なる思考が存在し,それらは単なる優劣の軸では評価できない,ある種の文化的・スタイル的な存在と考えることができる,ということである。それらの思考の意義にはさまざまなものがあるであろうが,本稿で扱ったものをあえて一つにまとめて語るならば,次のようになるであろうか。論理という独裁的なものだけでは納得をもたらさないような場合に,権威や競争なしに,経験や個性などを活かしながら共同で,共感的に考えるような思考。ただしこれは,あくまでもためしに一つにまとめてみた,というだけであって,このように一つにまとめるべきものなのかも,またこのようなまとめかたでよいかも,十分に吟味されているわけではないことをお断りしておく。

 本稿では最後に,このような思考と批判的思考の関係として,どのような可能性が考えられるかについて検討する。またそれとあわせて,批判的思考をそのように捉えたときに,教育的アプローチがどのようになるかも同時に検討する。

 本稿では基本的には,一つのスタイルとして,主に文化との関係でこのような思考を検討してきた。声の文化,日本的な教育文化,女性の文化,水平的な文化などである。これを「別の」文化やスタイルと考えるということは,批判的思考とは異なる適応戦略と考えることである。そのように考えたときには,それは,個人的・集合的好みに支えられた適応ということであるので,それを教育によって変えるという発想にはつながらないはずである。もっとも,一方の文化が他方の文化よりも劣っている,と考えるのであれば別である。その観点からすれば,それを教育によって変えることは正当なこと(あるいは親切なこと)ということになるが,それは変えられる側からすれば,単なる文化侵略でしかない。そうではなく,お互いに対等な文化として認めるのであれば,できることは,いかに相手の文化を理解するかを学ぶことであろう。この点についてはトリアンディス(2002)も,「私たちの自民族中心主義を少しでもなくす1つの方法は,他の文化の成員が見るように,世界を見る訓練をすることである」(p.152)と述べている。そして,異なる文化の成員がいっしょにうまくやっていけるような訓練が紹介されている。すなわちこのように捉えたときに教育としてできることは,相手を異文化として理解し,自分たちの文化と折り合いをつけながら付き合っていくことである。

 両者の関係は,これ以外にも考えることも可能であろう。たとえば,日本なら日本文化の特質を活かし,日本文化に合った批判的思考を考える,というアプローチもあろう。これは抱井(2004)によって,「協調型批判的思考」という方向性で検討されている。

 あるいは,人はどちらの思考を行うことも可能であるが,それは時と場合による,という関係もありうるであろう。トリアンディス(2002)は,個人主義と集団主義が状況特定的であり,純粋に個人主義や集団主義の社会は存在しないと述べている。スターンバーグ(2000)も,スタイルは課題や状況で変わるのであり,すべての面で同じスタイルで思考するわけではないと考えている。ではこの場合,教育的アプローチはどうなるであろうか。スタイルや文化が状況・課題特異的という事実の指摘だけであれば,教育の話にはつながらない。しかしスターンバーグは,「適応への鍵があるとすれば,もしかするとスタイルの柔軟性にあるかもしれない」(スターンバーグ, 2000, p.114)と述べている。人はいついかなるときも自分の好むスタイルが適合する環境にいられるわけではないので,スタイルを柔軟に切り替えることができれば,より適応的になれるというわけである。これは,学習者についてだけでなく,教える側についてもいえることである。しかし学習者だけに限っていうならば,批判的思考を使うべきときはいつ,どのようなときで,批判的思考を使わなくてもよい,あるいは使うべきではないときはいつ,どのようなときなのかを明らかにし,それにあわせた教育を行うことになるであろう。

 さらには,すべての思考の中には,この両方が入っている,と考えることも可能かもしれない。基底にあるのは声の文化的思考であり,その上に文字の文化的な,批判的・論理的・合理的思考が乗っかることがある,という考え方である。心のモデルとして信原(2000)は,脳が無意識的,直観的なコネクショニズムのメカニズムにのっとって動いており,その上に,脳だけでなく身体と環境とからなる大きなシステムのうえで,古典的計算主義的,熟慮的な意識的過程が働いている,と考えている。このとき,思考を構文論的構造をもつ表象の操作(記号の論理的操作)と考えるならば,そのような思考操作は,脳の中で行われることではない(脳はあくまでもコネクショニズムのメカニズムで動く,情報を蓄積し変形する装置でしかないからである)。脳が身体をつうじて外部の環境に働きかけて初めて論理操作としての思考が生まれる。ここで,文字の文化的な思考が古典的計算主義的な記号の論理操作に近いと考え,声の文化的な思考がコネクショニズム的な過程に近いと考えるならば,後者の上に前者が継起的に乗っかっている,と考えられる。

 このことについて,異なる角度からの指摘を見ておこう。やまだ(2000)は,ブルーナーのいう2つの認知作用(思考様式)である,論理実証モードと物語モードを紹介し,「私たちがふだん,科学者のような論理−実証モードではなく,物語モードで生きている」(p.21)がゆえに,人生は物語として研究されなければならない,と述べている。人が意味で編まれた物語を生きていることは,浜田(1993, 1995)も指摘するとおりである。私たちが物語モードで生きているということから考えると,論理−実証モード的な思考も,結局は物語として出発し,また,物語として理解され納得されると考えられるのではないだろうか。この考えは,信原(2000)の考えるコネクショニズムと古典的計算主義の関係と対応させて考えるならば,ありえない考えではないかもしれない。

 このように思考を捉えるならば,教育的アプローチはどのようになるであろうか。いかに高度に批判的,論理的,合理的な思考が行われようとも,思考のプロセスの中に両方の思考が入っており,その出発点と到着点には声の文化的な,あるいは物語的な思考が位置しており,それが納得と関係しているならば,両方の思考がうまく機能し,融合するような教育を行うのがよい,ということになるであろう。それは具体的にはどのような教育になるであろうか。一つの形としては,ワークショップ型の教育が挙げられるであろう。ワークショップ的な学びとはどのようなものか。中野(2001)は次のように述べている。

何かについて学ぶ時、先生や講師から一方的に話を聞いたり、ただテキストや教材を読んだりするだけでなく、実際にそのことをやってみて感じてみようという「体験」を重視した学び方。まちづくりなどを行政も住民も専門家も一緒に「参加」して計画していこうという参加型の合意形成や計画の手法。その場に参加した参加者同士がお互いに語りあい学びあう双方向の学び方。(中野, 2001, p.i)

 これは要するに,「参加」「体験」「グループ」をキーワードとした学びである。お互いに参加し,言葉による双方向のやり取りを通して連考的に,あるいは体験を通し,納得を重視しながら学ぶとき,その場を「論理」だけが支配することはできない。そこに出てきた話が,受け取る人が納得して受け取れるストーリーとして受け入れられたときに,初めて学びとなるのである。ただし一般にワークショップにおいては,言葉だけでやり取りするだけでなく,その結果を参加者で模造紙の上に書くなどして整理されることが多い。このように,「声」から出発し,声が支配的な場を作りつつも,最終的には「文字」でまとめ,それを自分の声として受け取るとき,声の文化と文字の文化の思考が,無理なく,しかもお互いの特長を活かしながらつながることができるのではないだろうか。

 以上に述べたことは,現時点では思いつきの域を出ていないので,今後さらに検討する必要があるであろう。

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1ページ脚注
1 学校心理学教室(michita@edu.u-ryukyu.ac.jp)