道田泰司 2007.09 質問経験は質問力を向上させるか? 日本心理学会第71回大会, page.(東洋大学)

質問経験は質問力を向上させるか?

道田泰司
(琉球大学教育学部)
key words:思考力育成,質問,話し合い

 講義において,受け取る側が疑問をもつことでより能動的に、より深く学び考えることが可能になると思われる。しかし実際には,大学などの講義で活発に質問が出されることは多いとはいえない。

 本研究では, 思考力育成を主目的としない授業において,「質問すること」を強調することで,質問することに対する受講生の態度と,所定のテストでの質問量がどのように変化するのかを検討した。

方 法

授業と受講生 栄養教諭免許取得のための認定講習「教育心理学」を対象とした。受講生は学校栄養士24名,全員が女性,過半数が20代であった。

授業設計 受講生が質問したり質問に触れる経験が多くもてるよう,以下のように授業を設計した。

 この講義は4日間の集中講義形式で,90分×15コマ(2単位)の講義であったが,時間に余裕を持たせるために,120分×11コマ+αと組み替えた。受講生は4名×6グループに編成した。グループ活動が円滑に進むよう,教育実習経験のある学部学生1名をTAとして配置した。授業では7つのテーマを扱った。最初の1テーマは,発表や質疑の見本を兼ねて初日に授業者が行った。残り6テーマは各グループに割り当て,教科書内容を概念地図にまとめ,2・3日目に1コマずつとり,発表と質疑をさせた。

 初日,1コマ目に授業内容の説明を行い,質問をすることの意義を強調し,質問に対する態度と質問量の測定を行った。2コマ目は授業者による1テーマの授業であった。3コマ目は発表準備のための時間とし,そこで受講生同士の質問−回答活動が行われることを期待した。2・3日目は各コマとも,授業前半で受講生が概念地図を発表し,グループで話し合って発表に対する質問を一つ発表させ,発表グループが質問に答えた。質問を話し合う時間には,筆者とTAが質問生成の手助けを行った(ここでどのような話し合いが行われていたかについては,道田(2007)で報告している)。授業後半は,授業者が補足をし,実践ビデオを視聴し,最後に各自に質問書を書かせた。全ての質問に対して,授業後に筆者が回答を書き込み,翌日に質問書を返却することで回答のフィードバックを行った。最終日には,全体のまとめ,質問に対する態度と質問量の測定,最終課題への解答時間とした。

測 定 質問態度は,「疑問を感じても,何といって聞いたらよいか分からないことが多い」「分からないことがあると,質問したくなる」など,6項目を,「全くそう思う」を6点とする6件法で自己評価させた(秋田(1995),平山・楠見(2004)を参考に作成)。事前と事後の態度得点が単項目が±2点以上変化していた者には,全講義終了後に個別にインタビューを行った。最終日には,質問態度測定に加えて,授業の目標(教育心理学的概念理解,教育の理解,自分なりに考える,質問力)の達成状況を自己評価させた(6件法)。

 質問量については,心理学に関する千字程度の文章を提示し,「他人に伝えるつもりで読み,できるだけたくさん疑問を考えてみてください」と教示し,自由に質問を書かせた。文章は2種類用い,事前・事後テストにランダムに振り分けた。

結果と考察

受講生像 事前に行った質問態度の自己評定から受講生像をみると,特徴的なものとしては,「質問することで,自分の理解を深めることができると思う」(平均5.0, SD0.9),「質問をするのは,わかっていないのを示すようで恥ずかしい」(平均2.7,SD1.4)という回答があった。受講生は,質問の有用性を感じており,質問行動に対する恥ずかしさがさほどない者が多いようであった。

 事後に行った授業目標の達成状況の自己評価で高いものは,「自分なりに考える(発表や質問,話し合いのために)」(平均4.8, SD0.8)と「質問力をつける」(平均4.1, SD1.0)であり,思考や質問に受講生の意識が向けられているようであった。

事前と事後での量的変化 質問態度得点の事前・事後比較を行ったところ,有意な差は見られず(t(23)= 0.87, ns),本実践における働きかけが質問に対する受講生の態度を明確に変えたとは言えない結果となった。

 質問量は,事前テストが平均3.6個(SD2.7),事後テストが平均4.3個(SD1.7)であり,有意な差は見られなかった(t(23)= 1.59, ns)。

 以上の分析より,今回の講義での働きかけによって,受講生の質問に対する態度が変化したわけでも,実際に生成された質問の個数が変化したわけでもないことが示された。

事前と事後での質的分析 質問態度評定で,事前−事後で単項目が±2点以上の変化をした項目に着目した。最も変化した人数が多かったのは,「文章を読んだり話を聞くとき,疑問を感じることはあまりない」であり,6人が変化していた(正方向(質問態度向上)4人,負方向(質問態度低下)2人)。インタビュー内容から彼女らの変化を考察する。

 正方向に変化した人の一人は,「この授業で質問することは恥ずかしくないと学んだ」と述べており,質問に対する恥ずかしさが払拭されるのと連動して疑問も出てきたようである。別の者は,スキーマが違えば見えるものが違う,ということについて理解したのと同時に疑問も出てきた,と述べている。見方がいろいろあることを理解することは,疑問に繋がるのかもしれない。別の者は,「疑問を持つようにするには,どのようにすればよいかと質問したら「疑問を持つ姿勢が大事」と言われたので,とにかく話を聞こう,疑問はないかなと考えながら聞いた」と述べている。最初の段階でこのようなやり取りを組み込むことも必要かもしれない。

 負方向に変化した二人は,事前の評定では1(全くそう思わない)をつけていた。現実的な方向に考えがシフトしたのであろう。

引用文献

(Yasushi MICHITA)