道田泰司 2002.10 大学生の思考の変化に影響を与える経験 日本教育心理学会第44回大会発表論文集, .(熊本大学)

大学生の思考の変化に影響を与える経験

道田泰司
(琉球大学教育学部)

 大学在学中の批判的思考の変化を検討した研究では,大学4年生の批判的思考レベルはあまり高くないこと,授業がもつインパクトは教師の期待・予想よりもはるかに小さいことが示されている(レビューとして道田, 2000)。では大学生のものの考え方は4年間で変化しないのだろうか。変化するとしたら,どのようなことから影響を受けているのだろうか。

 本研究では,1年生のときに読んだ文章と同じ文章を大学4年生に読ませ,読み方や考え方の変化およびその変化の原因が何だと本人たちは考えているかについて,インタビューを通して知ることを目的とした。なお,本報告ではそこで見られた思考が批判的思考かどうかは問わず,4年間で考え方が変化したものはすべて扱った。

方 法

調査対象 琉球大学教育学部学校心理学専修の4年生のうち1年時の調査(300字前後の,論理的な問題のある文章5つを読ませ,思ったことや考えたことを書かせたもの。未発表)に参加した7名。

手続き 半構造化面接を行った。4年時の2月に文章と自分のコメントを提示し,「これを読んで,いま思うことを自由に話してください」と導入し,対象者の語りに応じて,話題を掘り下げる質問を行った。インタビューの内容は許可を得て録音した。

結果と考察

 1年のときから考え方が変化したものに対して,何が影響したと思うかという質問に対する回答を検討した結果,いくつかのことが示唆された。

(1)卒論の影響をあげる人は多かった たとえば次のような発言があった。「大きいのは卒論じゃないですかね。文章書くたびに直されてれば」「卒論発表を見るのも役に立った。先生の発言を聞きその視点を身につけた」「卒論でいろいろな先生の指摘受ける。すぐに結論出さずに,という考え方が,一番大きい」。そのほかにも,実験や統計的な視点を挙げる人もいた。このように,このように同じ卒論でも,どういう点で影響を受けるかは人によって異なるようである。ただ,教員の批判的な言動(文章修正,発表に対するコメントなど)の影響は全体的に大きいようであった。

(2)友人関係も比較的多く言及された たとえば「同じ学年でも年が違うから,その人たちの影響もあるかな。考え方が深い。やっぱ見方が,違う,広いなって感じ」という発言が数名からあった。

(3)挙げられたものは多岐に渡っていた 上記以外にも,4年間の体験,大人と接する体験,一人暮らし,学術論文を読んだこと,ゼミでの発表,教育実習やアルバイト先での反省会,採用試験の勉強,授業での討論,インターネットによる情報収集,テレビなどで得た情報,などが挙げられていた。

 これらは,友人関係など論理の重視されない「日常的」体験と,論理的・批判的要素を含んだ「学校的」体験に二分されるように思われる。

(4)学校的体験と日常的体験の影響が排他的である可能性 たとえば次のような発言があった。(調査者:実験の知識は般化しない?)「なんか別のものな感じがして,あっちはあっちでこういうやり方がある,だけどなんかこっちには,そこまでは頭が回らない」「卒論は4年間のほんとにちょっと。それよりも人間関係とかのほうが大きい」。逆に,卒論を第一に挙げていたある学生は,(調査者:同級生の影響は?)「ちょっとかな」と述べている。なお,「別のもの」と述べた学生は,ある文章を「1年のときは懐疑的なことを述べていたが,今は素直に書いてあることを受け取ることができる」と述べていた。

 また,対象者の人数が少ないために一般的な傾向かどうかは不明であるが,今回の対象者に関して言うと,どういう点を主な変化の原因として語るかは,その人の将来設計や重視するものによって違うように思われた。具体的には,大学院志望者は卒論体験を第一に語り,教員になることを重視していた学生は教育実習や試験勉強を挙げていた。

 本研究から冒頭に述べたような先行研究を考えると,どの学生にとっても授業のインパクトが弱いわけではなく,学生差がかなり大きいと考えられる。学生の思考は,批判的かどうかは別にして,変化しないということはなく,本人が重視する方向にそれぞれ変化しているようである。また,学校体験と日常体験が排他的ではないかという本研究の示唆は,友人関係と批判的思考得点が負の関係であったという研究(Terenzini, et al., 1995)と一致するように思われる。