教育心理学研究, 49, 41-49.
原著論文(一般)

日常的題材に対する大学生の批判的思考

−態度と能力の学年差と専攻差−

道田泰司1

■要約

 本研究では,日常的な題材に対して大学生が,批判的思考能力や態度をどの程度示すのか,それが学年(1年・4年)や専攻(文系・理系)によってどのように異なるかを明らかにすることを目的とした。大学生80名に対して,前後論法という論理的に問題のある文章3題材を読ませ,その文章に対する意見を自由に出させることで批判的思考態度を測定した。その後で,「論理的問題点を指摘せよ」というヒントに対してさらに意見を求めることにより,批判的思考能力を測定した。分析の結果,全240の回答のうち,批判的思考能力の現れと考えられる意見は88回答(36.7%),その中で批判的思考が要求されていない場面でも批判的思考態度を発揮していたものは20回答(22.7%)と少なかった。一貫した学年差や専攻差は見られなかった。多くの学生は,情報の持つ論理よりも内容のもっともらしさや自分の持っている信念の観点から文章を読んでおり,この点を踏まえて批判的思考が育成されるべきであることが示唆された。

 キーワード:批判的思考,態度,大学生,日常的題材,前後論法

■問 題

 これからの大学教育においては,専門的な知識の修得だけではなく,主体的に課題を探求し解決する課題探求能力や,自主的・総合的に考え,的確に判断する能力を育成することが必要とされている(大学審議会, 1998)。これらの力は,社会が高度化・複雑化している現在,日常生活を含む大学の外で出会う問題に対処するために必要なものである。では大学生は,どのような思考力や判断力を持っているのであろうか。

 大学生の一般的な認知技能については,これまで多くの研究がなされている(Pascarella & Terenzini, 1991)。中でも思考力に関しては,批判的思考という観点からの研究が多い。批判的思考という語によって表わされるものが何であるかは完全には合意されていないが(Beyer, 1985; Kennedy, Fisher & Ennis, 1991; McPeck, 1990など),比較的一般的に受け入れられているのは,Ennis(1985)の「何を信じ何を行うかの決定に焦点を当てた,合理的で省察的な思考」という定義であろう。また,多くの研究者は批判的思考に,「態度」成分と「能力」成分が含まれると考えている(Browne & Keeley, 1998; Glaser, 1941; Siegel, 1986など)。態度とは,情報を集めようとすること,オープンマインドでいること,批判的思考能力を使おうとすることなどであり,能力とは,問題を明確化し,議論を分析し,論理的・合理的に推論するための一連の技能のことである(Ennis, 1987)。本研究ではこの中でも,批判的思考能力の中核に位置すると思われる論理的思考,および,批判的思考能力を解発する役目を果たすという点で重要であると思われる批判的な態度に焦点を当てて,大学生の批判的思考の様相を明らかにする。

 大学生の批判的思考については,4年間の変化という観点から,いくつかの測定法を用いて研究がなされている(レビューとしてはMcMillan, 1987; 道田, 2000; Pascarella & Terenzini, 1991など)。多肢選択式の客観テストを用いた研究では,大学に1年以上在籍することによって批判的思考テスト得点が0.3SDから1SD程度上昇することが複数の研究によって確かめられている。論述式のテストを用いた研究としては,Keeley, Browne & Kreutzer (1982)が論理的な誤りや,あいまいさ,問題のある仮定を含んだ論説文を大学1年生と4年生に批判的に読ませ,4年生の方が適切な批判をより多く行っているものの批判のレベルはあまり高くないことを報告している。

 このように,大学在学中に批判的思考が一定程度向上することはこれまでの研究によって示されている。しかしこれらの研究で測定されているのは,批判的思考の中でも,「能力」の部分のみである。客観テストにしても論述式テストにしても,研究者から与えられた問題に対して「批判」が明示的に要請された上で,どのように批判できるかが問われている。しかし日常の問題解決において最も難しいのは,問題の存在を認識することであり,この点で,人々が日常で直面する問題と,批判的思考教育で扱われる問題にはズレがある(Sternberg, 1985)。したがって,日常生活の中で効果的に批判的思考を発揮するためには,批判的な姿勢でものごとを眺め,適切なときに批判的思考の技能を解発する「態度」を有している必要がある。

 批判的思考の態度については,質問紙を用いた調査が行われている(廣岡・小川・元吉, 2000)。しかし質問紙で測定されるのは,あくまで自己報告に基づく自覚的な態度であり,現実場面で本当に問題を探し出して批判的な検討を加えようとする構えをもって情報に接しているかどうかは分からない。また,批判的思考態度や能力に関する理論的な研究はたくさんあるが,批判的思考態度と能力の関係について,実証的に検討された研究はまだない。

 そこで本研究では以下の方法で,大学生がどのような批判的思考態度および能力を有しているかを検討した。態度に関しては,明示的には批判的思考が要求されない場面で,論理的に問題のある文章を提示して自由な意見を求め,どの程度批判的思考が日常的に利用可能な状態にあるかを見た。なおここでは,提示された文章に対して自由な意見を求めるだけなので,必ずしも文章中の論理的な問題点に言及しなければいけないわけではない。しかし,提示されている文章に問題があるのであれば,文章の結論に対する個人的な好みや信念とは別個に,自ら問題を発見しそれを指摘することは,大学教育で培われるべき態度であると考え,大学生の意見をその観点から評価した。批判的思考能力については,自由記述後,文章中に論理的問題点があることを知らせることで(ヒント提示),批判的に思考する構えを強制的に課した上でその問題点を的確に指摘できるかどうかを見た。使用した文章は,論理的な誤謬の中でも「前後論法」(あるいはポスト・ホックの虚偽)といわれる論法を含む文章である。前後論法とは,出来事Xの前後でYが変化したときに,その変化をXのせいであると考える論法であり,他の出来事が原因である可能性が排除されていない限り,虚偽の論法となる(詳細は後述)。

 本研究では大学生の特質として,学年差,専攻差(文系・理系),性差に注目した。学年差については,大学1年生と4年生を対象として学年差の有無を検討することにより,大学生が4年間でどのような思考力を身につけているかを推測した。専攻に関しては,本研究で測定される批判的思考と関係がある可能性が考えられる。というのは,今回用いた前後論法は,自然科学の分野で行われる実験という実証方法と関係が深いからである。他の要因の影響をコントロールした上で検討したい要因の効果を検討するという実験法の手続きは,前後論法などの間違った論法によって不適切な結論が出ないようにするための方策と言うことができる。大学生の一般的認知技能を検討した研究によると,専攻の影響は課題内容によって選択的に現れる,すなわち自然科学専攻の学生は,自然科学的な課題のときに高い認知的技能を発揮することが指摘されている(Pascarella & Terenzini, 1991)。このことと,本研究で用いた前後論法の性質から考えると,理系専攻の学生,特に4年生は,文章中で書かれていることと実験法の基本的な手続きとの食い違いから,その論理的な問題に気づく可能性が高いと予想される。以上の点から大学生の批判的思考の特質を明らかにするとともに,批判的思考の育成にどのような教育が有効であるかについてのヒントが得られるのではないかと思われる。

 まとめると本研究では,大学1年および4年の文系・理系学生を対象に,明示的に批判的思考が要求されない場面(ヒント提示前)および明示的に要求される場面(ヒント提示後)に対する学生の反応を元に,大学生が批判的思考の態度および能力を明らかにすることを目的とした。

■方 法

 被調査者 国立R大学1年生40名,4年生40名の計80名が被調査者であった。どちらの学年も,文系・理系の男女を各10名とした(TABLE 1) 2。1年生は,複数の共通教育科目で行った調査協力の要請に自発的に応じた学生であり,入学直後の1999年5月から6月にかけて調査が行われた。4年生は,各研究室の卒論やゼミの授業で行った調査の要請に自発的に応じた学生であり,卒業前の1999年12月から2000年1月にかけて調査が行われた。4年生の研究室は,先にデータを収集した1年生と学部・学科ができるだけ対応するように選択した。どちらの学年も,調査協力の要請に際しては,「文章を読んでもらって意見を聞かせてもらう調査」であると説明した。なお参考のために,学生に聞いた大学入学時のセンター試験の点数を800点満点に換算し,学年間で平均を比較したところ,4年生のほうが21.1点高く,t検定の結果,その差は有意な傾向にあった(t(78)=1.97, p<.10)。

 材料 雑誌や本から抜粋した,論理的に正しいとは言えない文章3つを用いた。いずれも少数事例に基づく前後論法という,同じ論証構造を持つ文章であった。この論法は,少数事例を元に一般化しているという点と,他の解釈可能性が排除されていないという点で,論理的に正しいとは言えない。この論法を採用したのは,日常的によく出会う論法であるのと同時に,大学生であれば問題点が指摘できるのではないかと考えたからである。

 実際に使用した文章の大意は,「天才は遺伝ではなく環境によって作られる。モーツァルトやミルが天才になったのも,幼少期に父親が厳しい教育を施したという環境のせいである」(以下「環境天才」と略),「血尿が出た筆者が,血液の凝固性を上げるビタミンKを飲んだところ,そのせいで数日後に血尿が治った」(以下「ビタミンK」),「神秘石3に願望や夢をインプットすると,神秘石の強力な波動パワーにより,願望が実現する(2名の体験談あり)」(以下「神秘石」)というものである。いずれも共通の論証構造をもつが,表面的な出来事や主張されている事柄が異なっている。そのため,もし学生が論証構造よりも結論自体の受け入れやすさなどに基づいて文章を読むのであれば,題材によって差が現れる可能性があると考え,この3つの題材を用意した。これらは元の文章から,内容的に完結するよう留意しながら抜粋した。文章の長さは順に,305字,213字,394字であった。

 手続き 調査は個別面接形式で行った。「大学生の文章読解についての調査」と題した小冊子に,1ページに1つずつ文章を提示した。最初に,次の3点を教示した。調査の目的は,大学生が文章をどのように読むかを知るものであること。文章は,本や雑誌から適当に抜粋したものであること。読解といってもテストではないので,自分のペースで自由に答えて構わないこと。その後,次の手順で被調査者の意見を収集した。

 1.ヒント前の意見収集 文章ごとに「この文章の要点を簡単にまとめて下さい」「この文章に対して,あなたが思ったこと,感じたことなどを自由に書いて下さい。」の2つを指示し,自由記述を求めた。3題材とも記述が終わった後,調査者が記述内容を確認し,多義的な記述や意味が明確でない記述に対しては口頭で質問し,補足説明を求めた。ただし,批判的思考を促すような質問は避けた。説明は被調査者が口頭で行い,それを調査者が調査用紙に書き込み,調査者の理解が適切かどうかを被調査者に確認した。その後,「著者が主張していることを,あなたがどのように受け止めたのかを知りたい」と伝え,大まかな方向性として「受容/否定/疑問/部分受容・部分否定」のどれにあたるか,被調査者自身に分類させた。

 2.ヒント1の提示(任意批判) その後,「実は,今まで出てきた文章の中には,論理的という観点から言うと,正しいとは言えない文章が含まれている」と告げ,それはどの文章だと思うか,該当するものを「環境天才/ビタミンK/神秘石/わからない・ないと思う」の中から全て選択させた。選択された文章について,どの部分がどのように問題だと思うかを記述させた。記述終了後,先ほどと同様に調査者が記述内容を確認し,明確でない記述については被調査者に補足説明を求めた。

 3.ヒント2の提示(強制批判) その後,「実は,今まで出てきた文章はすべて論理的に正しいとはいえない」と告げ,ヒント1に対して回答されなかった文章についてのみ,問題点があるとしたらどこだと思うかについて,意見を書かせた。記述終了後,これまでと同様に,明確でない記述については被調査者に補足説明を求めた。ヒント1に対して意見が述べられた文章については,再度の記述は求めなかった。

 回答は,完全に被調査者のペースで行われた。所要時間は,60分から90分程度であった。3つの文章の提示順序は,被調査者ごとにランダムに入れ替えた。

 能力得点の基準 題材ごとに,被調査者の最終的な意見を得点化し,批判的思考能力の指標とした。最終的な意見とは,ヒント1で問題ありと選択された場合はその意見,そうでない場合はヒント2に対して出された意見である。得点化は次の考えに基づいて行われた。少数事例に基づく前後論法の問題点は,事例が少数であるために出来事Xと変化Yの関連性が十分に明確でない点(少数例への言及)と,比較対照群がないためにX以外の要因が作用してYが変化した可能性を否定できない点(別解釈への言及)である。ただしこれらはあくまで「可能性」であり,元の主張が必ず間違っているわけではない。したがって,上記の2点と「可能性への言及」の有無により,3点満点で得点化した。

 具体的には,「少数例への言及」または「別の解釈への言及」の少なくとも一方について,可能性に言及しつつ,具体的あるいは根拠を明確に示しながら述べている場合には3点とした(例:血尿から3日後にビタミンKを飲んでいるので,日数が経ったから勝手に治ったのかもしれない)。指摘が具体性や明確性に欠ける場合には2点(例:ひょっとしてビタミンKを飲まなくても治っていたかもしれないのだから,「片付いた」と言うのはどうかと思う),さらに可能性への言及がなく,少数例や別解釈について,あるいはそれにつながるようなことのみが述べられている場合には1点とした(例:血尿はビタミンK不足ではなく,精神的・肉体的疲労によるもの)。得点化は筆者が1名で行った。得点の信頼性を確認するために,全240の意見のうち,「わからない」という回答を除いた199の回答の約21%にあたる42回答をランダムに選び,心理学科の卒業生で現在心理職にある者1名に上記の基準を元に,独立に得点化してもらった。その結果,一致率は92.9%であったため,得点化は信頼性があるものと判断した。

■結 果

1.批判的思考の能力について

 まず,能力得点の分析を行う。最終的に出てきた全回答240(80人×3題材)に対する能力得点(3点満点)の平均値は,0.83点であった。240の回答のうち1点以上の得点が与えられた回答は,全体の36.7%にあたる88回答(4年生47,1年生41)であり,約2/3が0点であった。このうち41回答は「わからない」というものであり,残りの111回答は,何らかの回答をしているにもかかわらず,0点となったものである。被調査者ごとに3題材の合計点数を算出すると,0点の者は25人(4年生10人,1年生15人),満点(9点)の者はいなかった。3題材の合計が1点以上であった者のみについて,個人ごとに3題材中の最高点と最低点の差を算出したところ,4年生では平均2.28点,1年生では2.36点であり,1人の被調査者の中でも題材によって得点にかなりの幅が認められた。以上のことから,今回調査を行った大学生の批判的思考能力は,全体としてはあまり高くはなく,しかも題材によって大きく変動すると言える。

 神秘石に対する得点が4年文系女子では全員0点であったため,能力得点は,3要因にして分散分析を行った。学年(1年・4年)×性(男子・女子)×題材(環境天才・ビタミンK・神秘石)の3要因分散分析を行ったところ,性の主効果(F(1, 76)=7.36, p<.01),題材の主効果(F(2, 152)=17.14, p<.01)および学年×題材の交互作用(F(2, 152)=5.06, p<.01)が有意であった(FIGURE 1)。性については,男子学生の方が女子学生よりも得点が高かった。交互作用については,単純主効果の検定の結果,環境天才で4年生の方が1年生よりも得点が高かった(F(1, 228)=6.12, p<.05)。ビタミンKと神秘石に関しては,学年差は見られなかった。学年別に見ると,4年生(F(2, 152)= 13.90, p<.01),1年生(F(2, 152)= 8.30, p<.01)ともに単純主効果が有意であった。ライアン法による多重比較の結果,4年生では全ての対に有意差が見られ,環境天才よりビタミンKが低く(t(152)=3.02, p<.01),ビタミンKよりも神秘石が低かった(t(152)=2.24, p<.05)。1年生では,環境天才およびビタミンKよりも神秘石の得点が有意に低かった(順にt(152)=2.57, p<.05, t(152)=4.02 p<.01)。以上の結果を,ビタミンKの結果(学年差なし)を基準にまとめると,神秘石は両学年ともビタミンKより低く,環境天才は4年のみがビタミンKより高いという結果である。

 学年(1年・4年)×専攻(文系・理系)×題材(環境天才・ビタミンK・神秘石)の3要因分散分析を行ったところ,題材の主効果(F(2, 152)= 17.44, p<.01)および学年×題材の交互作用(F(2, 152)= 5.15, p<.01)が有意であった(交互作用の下位検定の結果は,先ほどと同様であるため,省略する)。専攻に関係した主効果や交互作用は見られなかった。以上の結果より,批判的思考能力には一貫した学年の効果や専攻の効果は見られないこと,題材によって能力得点に違いが出ること,女子学生よりも男子学生の得点が高いという性差が存在することが示された。

2.批判的思考の態度について

 態度の分析は,能力得点が1点以上であった88回答のみについて行った。分析対象が少ないため,専攻や性は込みにして,題材別に学年差にのみ着目することにした。分析の目的は,この88回答について,批判的思考がどの時点で最初に発揮されたかを明らかにすることであり,それをもとに,批判的思考態度の有無を推測することである。

 ヒント前の意見カテゴリーと,ヒント後の能力得点によって,以下のようにして批判的思考能力が発揮された時点を推測した。まずヒント前の意見について,被調査者自身が受容と答えているものは「受容」,それ以外のもの(否定/疑問/部分受容部分否定)は「非受容」と,2分類した。この時点で求められていたものは自由な意見であり,文章の論理的問題点に対する詳細な指摘や批判を必ず行わなければいけないわけではない。したがって記述が不十分であっても,それ以上のことを考えていないかどうかは不明なので,点数化は行わなかった。また,ヒント前の非受容回答には,批判的な意見4もそうでない意見も含まれているが,自由な記述という性質上,この時点では両者の区別は不可能なので,文章に書かれていることを単純に受容していないものは全て「非受容」として扱った。その上で,ヒント前に「非受容」であり,かつ,ヒント1(任意批判)の時点で批判的な意見を述べていたものを「ヒント前」とし5,批判的思考態度の現れであると考えた。ヒント前で「受容」しているが,ヒント1で批判的意見を述べているものを「ヒント1後」とした。ヒント1で問題なしとして選択されず,ヒント2(強制批判)で初めて批判的な意見が出てきたものを「ヒント2後」とした。

 批判的意見が最初に出されたのは,ヒント前が20回答(22.7%),ヒント1後が14回答(15.9%),ヒント2後が54回答(61.4%)であった(FIGURE 2)。題材ごとにフィッシャーの直接確率法によって学年間の人数の偏りを検定したところ,どの題材にも学年差は見られなかった。そこで学年を込みにして,題材ごとにχ2検定を行った(神秘石は期待度数が小さいので除外した)。その結果,環境天才(χ2(2)=25.95)とビタミンK(χ2(2)=9.03)は5%水準で有意であった。多重比較としてライアン法を用いて2カテゴリーずつχ2検定を行ったところ,環境天才ではすべてのカテゴリー対で有意な偏りが見られた(ヒント前−ヒント1後がχ2(1)=8.75, ヒント前−ヒント2後がχ2 (1)=22.70,ヒント1後−ヒント2後がχ2 (1)=20.46, 全てp<.05)。ビタミンKではヒント前−ヒント2後で有意な偏りの傾向(χ2 (1)=7.27, p<.10),ヒント1後−ヒント2後で有意な偏り(χ2 (1)=7.27, p<.05)が見られた。すなわちどちらの題材でも,ヒント前やヒント1後に比べてヒント2後が多いという結果である。このことから,少なくともこの2題材に関しては,批判的意見が出せる力があったとしても,自発的あるいはヒント1のような大まかなヒントの元では,あまりその能力が発揮されないことが多いことが示された。

 このように,批判的思考能力が必ずしも最初から批判的な態度として現れているわけではない。それでは,ヒント前に自由に読んだときに受容するか非受容かという初期態度(批判的思考態度のことではない)と,批判的思考能力(最終的な意見が批判的かどうか)にはどのような関係があるだろうか。このことを明らかにするために,TABLE 2に初期態度(受容/非受容)×最終的意見(批判的/非批判的)の4分割表をあらわした。題材別に批判率を逆正弦変換法によって分散分析したところ,環境天才では学年の主効果が有意(χ2(1)=8.35, p<.01),学年と初期態度の交互作用が有意な傾向にあり(χ2(1)=3.30, p<.10),4年生では非受容時より受容時の批判率が高かった(χ2(1)=11.08, p<.01)。ビタミンKでは初期態度の主効果が有意(χ2(1)=9.27, p<.01),学年と初期態度の交互作用が有意であり(χ2(1)=9.27, p<.01),4年生では受容時より非受容時の批判率が高かった(χ2(1)=14.14, p<.01)。神秘石では受容がほとんどないため,分析は行わなかった。

 これらの結果から,1年生では最初にどのように読むかということと,最終的に適切に批判できるかどうかは関係がないこと,4年生では,初期態度としての受容/非受容と最終的な批判率の高さの関係が,題材によって異なることが示された。

■考 察

 本研究の目的は,日常的な題材に対する大学生の批判的思考態度および能力について知ることであった。まずは大学生の全般的な特徴を考察する。全240の回答のうち,強制批判の要請(ヒント2)までにある程度の批判的意見が出せたもの,すなわち,批判的思考「能力」があると考えられる回答は88回答(36.7%)であった。さらにその88回答の中で,最初から自発的に批判的思考を行う「態度」を示していたと考えられる回答は,20回答(22.7%)と少なかった。残りの77.3%のものは,批判が要請されれば批判的な意見が出せるにもかかわらず,最初からそのような態度は示していなかった。このように,全般的に批判的思考のレベルは低く,また,批判的思考の能力があっても,それが態度として普段から発揮されることは少ないようである。

 本調査のヒント後の状況は,学校で行われる授業やテストのように,問題があり正解があることがはっきりしている状況である。それに対してヒント前の状況は,日常生活で情報を取得するときのように,入ってくる情報の確かさが必ずしも保証されてはいないが,批判的に思考すべきかどうかあらかじめ決まっているわけではない,というあいまいな状況である。では本研究の結果から,日常場面のようなあいまいな状況において,大学生はどのような態度で情報に接していると考えられるであろうか。

 初期態度と最終的に出てくる批判的思考の関係が一定しておらず題材によって変動するという結果(TABLE 2)から考えると,学生が自由に情報に接するときの態度は,論理に基づく批判的な思考態度ではなく,自分があらかじめ持っている信念のような,文章の論証構造とは無関係な観点から情報を取捨選択している可能性が考えられる。もし最初から論理に着目していれば,初期態度と,批判を要請されて出てきた最終的な意見とが対応するはずであるが,そうなっていない。さらに,批判的思考能力得点に題材差が見られたことや,被調査者内で得点の高低差が2点以上あることから考えると,批判が要請され,意識的に批判的思考能力を行うべき場面でもやはり,論理よりも信念に基づいて考えている可能性が高い。なぜなら,論理にダイレクトに着目しているのであれば,どの題材でも同じように考え,同じように答えればいいため,題材差は生じないはずだからである。

 続いて学年差を中心に考察する。本研究では,批判的思考能力得点(FIGURE 1)は,1題材を除いて学年差は見られなかった。批判的思考が現れた時点(FIGURE 2)にも学年差はなく,あまり早い時期から批判的思考は発揮されていなかった。また前述のように,大学生の批判的思考レベルは,全般的に低い。この結果は,今回被調査者となった大学4年生の知的レベルがもともと低いために出た可能性もある。しかし,年度が違うので参考程度の数字ではあるが,大学入学時のセンター試験の点数が4年生の方がやや高い傾向にあることからすると,その可能性は低いと思われる。少なくとも,4年生が極端に知的に劣っているわけではない。したがって一貫した学年差がみられなかったのは,批判的思考態度や能力の育成に,現在の大学教育が十分な役割を果たしてはいないためではないかと考えられる。今回調査を行った大学で行われている教育や大学生の日常生活がさほど特殊なものとは考えられないことからすると,この結果は,日本の大学生一般にあてはまる可能性は十分にある。

 この結果は,1年以上の大学経験によって学生の批判的思考が一定程度向上するという,多肢選択式の批判的思考テストで得られた従来の研究結果とは相反する。しかし,一般的に使われる多肢選択式テストであるワトソン−グレーザー批判的思考テスト(WGCTA)は,ACT(米国大学入学学力試験)やGRE(大学院入学学力試験)によって測定された学業能力と高い相関がある(King, Wood & Mines, 1990)。また,WGCTAのような多肢選択式のテストが,知能テストと同じようなものを測定している可能性があるという指摘(McPeck, 1990)もある。これらと併せて考えると,批判的思考が大学在学中に向上するという従来の研究結果は知的・学業的能力の向上の反映であり,本研究で扱ったような日常的であいまいな状況で批判的に考えるという態度や技能は,大学教育の中で身に付けてきた知的・学業能力とは異なるために,同様の結果が得られなかったのではないだろうか。

 多肢選択式テストと本研究の違いという点では,性差もそうである。一般に多肢選択式のテストを用いた研究では,本研究と違い,批判的思考の性差は見られないことが多い(例えばDenney, 1995; Lehman, 1963など)。しかし一方で,女性の日常的な思考の特質として,他人の考えを評価したり批判するのは苦手で,主観的に受け入れ,理解しようとするという指摘もある(Clinchy, 1989)。この点から考えると,本研究で用いた題材や質問の形式は,女性の日常的な思考の特質が出やすいものであった可能性が考えられる。この点は今後の検討課題である。

 本研究で測定された批判的思考が大学教育の影響を受けていないことは,批判的思考能力得点に専攻差がなかったことからも言える。理系の学生は大学在学中に,実験など,自然科学的な実証の論理を学ぶはずであるが,それが本研究での思考には活かされていない。このことは,大学で教育される内容の汎用性や日常性の低さを示していると思われる。ただし専攻に関しては,本研究では文系・理系という大きなくくり方しかしていないので,今後はもっと細かく分野を分け,そこでなされている教育内容と批判的思考能力の関係を見ていく必要があるであろう。

 本研究では「前後論法」という論理的に正しいとは言えない論法を扱ったが,この問題点に気づくための論理や思考は,実験法の考え方の中に直接的に含まれている。しかし実験によらない諸学問分野でも,あるいは日常行われる推理や診断,合理的な判断においても,基本的には実験法と同じように,証拠に基づき,他の解釈可能性を排除しつつ,論理的に整合性のある結論を得ているはずである。実際,被調査者になった学生に調査終了後,ここで扱った論理の意味を簡単に説明したところ,理解できないものは一人もいなかった。つまり,大学生にとっては,それほど難しい論理ではなかったと思われる。しかし批判的な思考態度や能力があまり見られなかったということは,証拠から論理的に結論を出すための論理や思考法が,大学における専門領域と密接不可分に結びついた限定的な形で学ばれており,他の分野や日常の問題に応用するのが難しかったのかもしれない。

 以上のような大学生の思考の特質を踏まえると,大学生に思考力を育成する上で,本研究からどのような示唆が得られるであろうか。批判的思考能力得点が全体に低かったことからすると,汎用性の高い論理的・批判的思考力を育成することは急務であろう。その際に第1に考慮すべきは,題材に対する信念など,論理以外の要因に学生の思考や態度が引きずられやすいという点であろう。このような形で初期態度が形成されれば,情報は論理の適切さとは関係ない次元で取捨選択されてしまう。大学教育に望まれている思考力である,得られた証拠を元に論理的・批判的に情報が吟味できる力を育成するためには,さまざまな学問分野の論理や思考法を,領域に固有な形でのみ教育するのでは不十分であろう。そのような,領域に限定的な知識や論理の教育は,現に大学教育の中で行われているはずであり,それが日常的な情報の取捨選択に般化しにくいことは,本研究で見てきた通りである。したがってその論理を,領域を離れて一般化・抽象化したり,学問領域で扱う対象だけではなく日常の問題に適用することで,大学で身につけた思考力が学校外・学問領域外の問題解決に役に立つのではないだろうか。

 また,学生の思考力の評価に関しては,批判的思考が現れた時点(FIGURE 2)の結果を元に,次の2つのことが言える。まず,通常の大学の授業や批判的思考テストでなされる問いは,本研究で言うとヒント1(どこかに問題がある)にあたる。しかしこの問いに対して答えられることと,ヒントがない状況で批判的な態度で考えられることは,基本的に別物である。したがって,思考能力だけではなく態度についても,意識的に評価し,教育の中に取り入れる必要があるであろう。

 また,ヒント1までに答えられなくてもヒント2(必ず問題がある)で答えられるケースが1.5倍ほどあった。ヒント1に対して適切に答えられなかったからといって批判的思考力がないわけではない。ヒント2によって出てくる「潜在的批判的思考」とでも言うべきものがある可能性がある。それはおそらく領域特殊的あるいは不安定で,利用されにくいものであろう。したがって,学生が持っている批判的思考技能を,潜在能力も含めた上で評価し,それを活かす教育を行うことが,思考能力の般化と日常適用可能性を高めることにつながると思われる。

 最後に,本研究の限界点について触れておく。本研究で測定された態度や能力は,あくまで,前後論法という特定の論法が用いられた3題材に対して得られたものである。今後は,より多くの題材や論法によって,より詳細に大学生の思考の特質を明らかにしていく必要があろう。また本研究では,批判の要請を途中から行うという調査方法の特殊性から,学年差を検討するのに,横断研究の形を取らざるを得なかった。今後は測定法を工夫することで,縦断的に学生の思考力の変化を追跡することも必要であろう。

■引用文献

  1. Beyer, B. K. 1985 Critical thinking: What is it? Social Education, 49, 270-276.
  2. Browne, M. N., & Keeley, S. M. 1998 Asking the right questions: A guide to critical thinking(5th ed.). New Jersey: Prentice Hall.
  3. Clinchy, B. 1989 On critical thinking & connected knowing. Liberal Education, 75, 14-19.
  4. 大学審議会 1998 21世紀の大学像と今後の改革方策について−競争的環境の中で個性が輝く大学(答申)− 文部省
  5. Denney, N. W. 1995 Critical thinking during the adult years: Has the developmental function changed over the last four decades? Experimental Aging Research, 21, 191-207.
  6. Ennis, R. H. 1985 A logical basis for measuring critical thinking skills. Educational Leadership, 43, 44-48.
  7. Ennis, R. H. 1987 A taxonomy of critical thinking dispositions and abilities. In J. B. Baron & R. J. Sternberg(Ed.) Teaching thinking skills: Theory and Practice. New York: W. H. Freeman and Company, Pp.9-26.
  8. Glaser, E. M. 1941 An experiment in the development of critical thinking. New York: Teachers College of Columbia University, Bureau of Publications.
  9. 廣岡秀一・小川一美・元吉忠寛 2000 クリティカルシンキングに対する志向性の測定に関する探索的研究 三重大学教育学部研究紀要, 51, 161-173.
  10. Keeley,S. M., Browne,M. N., & Kreutzer,J. S. 1982 A comparison of freshmen and seniors on general and specific essay tests of critical thinking. Research in Higher Education, 17, 139-154
  11. Kennedy, M., Fisher, M. B., & Ennis, R. H. 1991 Critical thinking: Literature review and needed research. In L. Idol & B. F. Jones(Eds.) Educational values and cognitive instruction: Implications for reform. New Jersey: Lawrence Erlbaum Associates. Pp.11-40.
  12. King, P., Wood, P., and Mines, R. 1990 Critical thinking among college and graduate students. Review of Higher Education, 13, 167-186.
  13. Lehmann, I. J. 1963 Changes in critical thinking, attitudes, and values from freshman to senior years. Journal of Educational Psychology, 54, 305-315.
  14. McMillan, J. H. 1987 Enhancing college students' critical thinking: A review of studies. Research in Higher Education, 26, 3-29.
  15. McPeck, J. E. 1990 Teaching critical thinking: Dialogue and Dialectic. New York: Routledge
  16. 道田泰司 2000 大学は学生に批判的思考力を育成しているか?−米国における研究の展望− 琉球大学教育学部紀要, 56, 369-378.
  17. Pascarella, E. T., & Terenzini, P. T. 1991 How college affects students : findings and insights from twenty years of research. San Francisco: Jossey-Bass Publishers.
  18. Siegel, H. 1986 Skills, attitudes, and education for critical thinking. In F. H. van Eemeren, R. Grootendorst, J. A. Blair, & C. A. Willard(Eds.), Argumentation: Analysis and practices. Netherlands: Foris Publication. Pp.358-365.
  19. Sternberg, R. J. 1985 Teaching critical thinking, Part 1: Are we making critical mistakes? Phi Delta Kappan, 66, 194-198.

■付記

 本論文をまとめるにあたりご助言いただきました、琉球大学教育学部の前原武子教授および廣瀬 等助教授に深く感謝いたします。

(2000.5.9受稿,11.1受理)

■脚注


Critical Thinking of University Students in Reading Non-Academic Materials: Attitude and Ability Differences in Relation to Academic Level and Major

Yasushi Michita(Fuculty of Education, University of the Ryukyus) Japanese Journal of Educational Psychology, 2001, 49, 41-49.

The purpose of the present study were to examine the extent to which university students show critical thinking abilities and attitudes in reading non-academic materials, and to explore the possible correlation with academic level (freshman vs. senior) and major (scientific vs. non-scientific). 80 university students read 3 materials containing fallacious before-and-after arguments, and were asked to provide their comments and/or opinions. The data were used to determine their critical thinking attitudes. The students then commented again on the same materials after being instructed to point out any logical problems with them; the results were analyzed to infer their critical thinking abilities. The results showed that: (1) 88 of the 240 answers(36.7%) were categorized as displaying critical thinking abilities. (2) in the condition with no instruction to think critically, only few(22.7%) of the 88 responses showed critical thinking attitudes. (3) no consistent effects of acadeic level and major were discovered. The results suggest that the majority of the students did not read these non-academic materials from a logical point of view, but rather read them from a viewpoint of plausibility, or of what the students believed. These results should be considered by educators whose goal is to develop university students' critical thinking abilities and attitudes.

Key Words: critical thinking, attitude, non-academic materials, before-and-after argument, university students