道田泰司　2002.09　批判的思考における批判と理解に関する事例研究　日本心理学会第66回大会発表論文集, .（広島大学）

批判的思考における批判と理解に関する事例研究

道田泰司
（琉球大学教育学部）
Key Words: 批判的思考，理解，事例研究

問　題

　道田(2002)は，批判的思考において理解，特に共感的理解が必要であり，それを通して循環的に思考が深められていくことを考察し，図１のようなモデルを提示した。これは，自分の理解を批判すること(④)を通して相手の立場を共感的に理解する（③）のと同時に，自分自身の理解をも深め（⑥），その理解に基づいて相手を批判する（①）ことによって理解や思考が深まっていく（②⑤）というモデルである。

　このモデルは，理論的な考察を通して作成されたものである。本研究の目的は，批判的思考が試みられた事例を取り上げ，そこで行われる思考が実際にはどのような経過を経ているのかを見ることである。なお今回取り上げた事例は，図１で想定されているような自分の理解と相手の理解が対立する場面ではなく，複数の参加者の意見を理解しつつ自分の意見を作っていく場面であった。

方　法

　筆者が知人３人とやりとりをしているメールで話題になった「頑張りと無理の境界線」に関する意見交換を事例として取り上げた。意見交換が行われていたとき筆者自身は，斜め読みで内容を十分に理解しておらず，傍観していた。５通目のメールで引っかかりを感じたことから，各発言および主題を自分なりに深く考えてみよう（＝批判的思考）と考えた。メールをプリントアウトし，それを読みながら気づいたこと，疑問に思ったこと，考えたことなどをできるだけ詳細に文章化し，最後にそのプロセスが図１の図式で理解できるかどうかを検討した。

結果と考察

■作業の概要　5通目のメールから生じた３つの疑問から出発し，全体を読み返しながら理解を深めていった。特に３通目と２通目を重点的に検討した。その過程で新たな疑問が生じ，それについて考える，ということが繰り返された。新たな疑問は，それ以前の疑問が解消した上で出てきたわけではなかった。複数ある疑問は，討論の主題を考える上で最も適切と思われる疑問や，検討しやすい疑問が優先的された。また本稿を作成する過程でも，新たな観点が生じたり，さらに考えを深めていくことがあった。

■思考過程の例　ここでは，3通目のメールを理解する過程を取り上げる（紙面の都合上，その詳細およびその他の思考過程は省略する）。以下の記述は，考えたことや行ったことと，それに対応すると思われる図の箇所（斜体字で示す）である（「自分」は思考者，「相手」は３通目のメール主を指す）。
(1)「一見対比のように見える箇所が対比になっていない」ことに気づく⇒①相手の形式的立場（の自分なりの理解）から相手の内容批判
(2)対比の形にすることがこの主題を論じる上で必要と考え，対比になるように元の発言を言い換えてみる⇒①形式の理解に基づいて，⑤相手の発言を修正(=批判)して理解
(3)それが他の箇所の記述とも合致することを確認する⇒（図になし）　別の箇所を足場として修正の適切性を理解
(4)これを通して疑問の一つが，私の読解不足と分かった⇒③自分の理解を批判し，相手の立場の正当性を理解
(5)以上の理解と５通目の発言とを照らし，５通目に書かれている3通目の理解が適切ではないのではないかと結論づけた。⇒①'　3通目の理解を通して５通目を批判

　この過程には理解と批判の２つだけではなく，気づき，作業（言い換え），確認，疑問への回答が含まれている。ただし，これらも広い意味では理解と批判の現れと言えそうである。

　また検討された観点は，図で想定しているような自分と相手という２つの固定的な立場だけではなかった。今回は主に一人の発言を対象としたにも関わらず，多くの観点（発言の形式，内容，思考者なりの理解，同一発言者の他の発言，当該発言に対する他の発言者の理解）があった。いずれも，一つの観点から他の観点を検討する，という形であった。

　以上のように，ここで行われた思考は図１のような単純できれいな流れではなく，同時に多くの疑問や枝分かれ，観点の切り替えを含む，雑然とした暫定色の強い過程であった。

■２種類の理解　ここで見られた思考過程は，「理解→批判」「批判→理解」「理解→理解」の３つの形にまとめられる。ただし，矢印の左にある理解と右にある理解は別物と考えたほうがよさそうである。左にあるのは「出発点としての理解」であり，その後の批判や理解の「足場」となるものである。右にあるのは，「到着点としての理解」であり，（足場に基づく）批判から深められた「新たな理解」や，他の観点を足場とした「理解の確認」である。この２つの理解を両端にもつ過程（足場→批判→新たな理解，足場→理解の確認）が，ミクロレベルの批判的思考の１サイクルと言えるかもしれない。

■小ループについて　図１には２つの小ループ（①②，③④）が含まれているが，このようなループは今回は見られなかった。見られたのは，出発点としての「足場」と到着点としての「理解」をもつ「弧」であった。考えてみれば，２観点間を往復して理解が修正されるということは，足場がしっかりしておらず不安定ということであり，後続の批判にも理解にもつながりにくいように思われる。このことからも，批判的思考の過程はループよりも弧である可能性が高いと思われる。

■まとめ　本稿で得られたことは，もちろんあらゆる場合の思考に共通するパターンではない。しかし思考が当初モデルで想定していたような整然としたものではなく，多くの疑問や観点や流れや作業を含む雑然としたものであることや，基本的にはどこかの観点に足場を置き，批判を通して一定の理解が導かれるという過程のつらなりの形として理解できそうであることは言えそうである。

引用文献

道田泰司　2002　批判的思考におけるsoft heartの重要性　琉球大学教育学部紀要, 60, 161-170.

(MICHITA, Yasushi)

批判的思考における批判と理解に関する事例研究

問 題

方 法

結果と考察

引用文献

問　題

方　法