道田泰司 2001.07 メディア・リテラシーから教育リテラシーへ−教育における批判的思考− 初等教育資料, 738, 68-71.
教育の樹林

メディア・リテラシーから教育リテラシーへ

〜教育における批判的思考〜

琉球大学助教授
道田 泰司

1.メディア・リテラシー教育の必要性

 メディア・リテラシーという概念がある。「リテラシー」とは読み書きの能力のことであるが,頭に「メディア」とつくと,もう少し意味が限定され,「メディアが形作る「現実」を批判的(クリティカル)に読み取るとともに,メディアを使って表現していく能力」(菅谷,二〇〇〇)のことを指す。簡単にいうと,メディアの情報を受動的に受け取るだけではなく,能動的に選択し発信することである。

 たとえば,自分たちでWebページを作ることによって,情報を発信するとともに,情報が作られる過程を体験する,という学習がある。あるいは,テレビ日記をつけることによって,自分がどのようにメディアと関わっているかを自覚する学習,CMやドラマ,ニュースの内容を分析することで,それらがありのままの現実ではなく,「構成」されたものであることを読み取る学習などがある(鈴木,二〇〇〇)。

 この中でも,メディアの情報を批判的に考え,能動的に選択する能力は,これからの子どもたちに必要な能力である。というのは現代は,インターネットなども含め,さまざまなメディアから多量の情報が得られるからである。そこから発せられる情報の質にも,高いものから低いものまで,かなりの幅がある。したがって,不適切な情報に騙されないよう,「賢く」見極める眼を持つ必要がある。

 しかしそれだけではない。メディアはその性質上,必ず情報の編集や演出を伴う。ウソではなくても,情報は一定の視点から切り取られて呈示される。しかしそのことは,受け止める側が自覚的に意識していないと,他の視点の存在になかなか気づきにくい。さらには,責任ある市民として,よりよい民主主義を支えていくためにも,情報を鵜呑みにすることなく,自ら考え,自ら判断して行動する必要がある。つまり,メディア・リテラシーを身につけるということは,「生きる力」を身につけることに等しい。

 メディア・リテラシーは現在,教科の中には位置づけられていないため,学校の中で意識的に教えられることは少ないようである。しかしメディア・リテラシーは,すべての教科に関わる根本的な能力と言っても過言ではない。それは一つには,調べ学習をする場合にメディアのお世話になることは多いからであるが,それだけではない。しかしその話をする前に,メディア・リテラシーを語る上で中心的な概念である「批判的」という語について,批判的に考える(批判的思考)とはどういうことか,という観点から論じておこう。

2.「批判的」に考えるとは?

 批判的思考について考えるときにまず注意すべきことは,「批判的に考える」ことと「批判する」ことの違いである。批判するとは,日常的には否定的なニュアンスを伴う。また行為の目的は,文字通り「批判」である。それに対して,批判的に考える場合には,行為の目的はあくまでも「考える」ことであり,考えることを通して,よりよい結論を得ることである。そのための方法論が「批判的」なのである。つまり批判的思考とは,批判的になることによって,よりよい思考を実現することと言える。それでは「よりよい思考」と「批判的」とは,それぞれどういうなのことだろうか。

(1)よりよい思考とは
 よりよい思考(あるいはよい思考)とは何か,という問いにきちんと答えるのは難しい。領域によって,あるいは時と場合によって,さまざまなよい思考が存在するからである。しかし,「理にかなった」思考がよい思考であることに異論はないだろう。理にかなっているとは,ある結論を主張するに当たって,きちんとした理由を用い,そこから筋の通った推論をすることである。

 さらにこれを具体的に表現すると,「見かけに惑わされず,多面的にとらえて,本質を見抜く」と言えると筆者は考えている。ここには三つのことが含まれている。「見かけに惑わされず」とは,ものごとは見かけと実(じつ)が異なることがあることを認識することである。このことをきちんと認識し,ものごとを見る上での基本的な「態度」とすることは重要なことである。

 「多面的にとらえる」とは,もっと情報がないか,他の考え方はないか,あるいは,その根拠から必ずその結論が導き出せるのか,などを多方面から検討することである。ここで他の可能性が排除されてはじめて,論理的・合理的に「本質を見抜く」ことができる。そのためには,きちんと考える「技術」や,私たちの考え方の癖などについての「知識」をもっていることが,よりよい思考の手助けとなる。しかし最も重要なのは,見かけに惑わされずに自分で考えようとする「態度」なのである(このような思考の態度・技術・知識の概要については,拙著『クリティカル進化論』を参照されたい)。

(2)批判的とは
 実は右の話にはすでに「批判的」な観点が入っている。それは「人(自分)が見かけに惑わされやすく,一面的に見がちである」という自己反省があるからである。このように,自分や他人のものの見方・考え方を無反省かつ短絡的に受け入れるのではなく,批判的に吟味する。これは見方を変えれば,「自分の思考の意識化」である。つまり,自分の考え方に気をつけながら考えることである。基本的に勉強するときの思考のあり方は,学問研究における思考と同じく,意識的な思考である。もちろん思考の最中には無意識的な思考も行われるが,最終的には,言葉がきちん定義され,段階的に論が進められ,適切に理由づけられるなど,つねに意識的に批判的な検討がなされていなければならない。

 このような「きちんとした」思考は,必ずしも一人で行う必要はない。学校であれば,子ども同士,あるいは子どもと教師との対話や集団討議,意見発表など,他人とのやり取りの中で行うことができる。自分と違ういろいろな意見に触れ,お互いに学びあい,あるいは自分の意見を他人の目にさらすことによってものごとを多面的に検討することができる。これがきちんと行われればそれは,立派に「批判的」な思考なのである。以上まとめると,批判的に考えることとは,自分や他人の目を通して思考を意識し,批判的に吟味することを通して,見かけに惑わされず,多面的にとらえて,本質を見抜くという,よりよい思考を実現することなのである。

3.メディア・リテラシーから教育リテラシーへ

 さて,最初に述べかけた,メディア・リテラシーがすべての教科に関わる根本的な能力である理由に戻ろう。それは,これがいわゆるマスメディアだけの問題ではない,ということである。学校における「教師」にしても「教科書」にしても,情報を媒介する(mediate)もの,すなわちメディアの一種と言うことができる。したがって,メディア・リテラシーの必要性や対処法について,まったく同じことが「教育」そのものに対しても言えるのである。メディアに対するリテラシーがメディア・リテラシーなら,こちらは「教育リテラシー」と呼ぶことができるかもしれない。言わば,教育に賢く接する学習者である。

 メディアからの情報は前述のように,一定の視点から切り取られて呈示されている。教師の言葉にしても教科書の記述にしても,同じことであろう。メディアが形作る現実を,批判的・能動的・意識的に,見かけに惑わされないという態度をもって読み取る必要があるのであれば,それは「教師が形作る現実」にも,あてはまるはずである。単に教師を疑えとか批判しろ,と言っているわけではない。しかし生徒自身が情報を主体的に受け止め,自分で疑問を発展させることは,よりよい学習のために必要なのである。

 過激なことを言っているように聞こえるかもしれないが,そうではない。そこまで考えることができてはじめて,「自ら考え判断」している,と言えるのではないだろうか。教師が課題を与えずに子ども主導で問題を設定し,みんなで考えましょう,と呼びかけさえすれば,子どもが自ら考えるわけではないのである。

 難しいことを言っているように聞こえるかもしれないが,そうでもない。先に述べたように,批判的に考える上で最も重要なのは「態度」である。それは,子どもが自由に考え,自由にものが言える雰囲気の中で作られる。そのためには,子どもの「不思議だな」「本当かな」「よくわからないなぁ」「何かおかしいような気がするんだけど」「もっと詳しく知りたい」などという声を,教師が大事にすることである。そのような雰囲気ができると,生徒と教師に信頼関係が生まれ,また,生徒が自分自身を信頼できるようになるはずである。

 これが難しいとすれば,それは,そのような声が教師自身に向けられたときであろう。そのときでも,権威的に対処したり,無視したりせずに,一緒に考える姿勢を示したいものである。これができるかどうかは,教師自身がどのような子ども観や指導観,知識観を持っているかにかかっている。子どもを未熟なものとみなしたり,教師や教科書を権威とみなしたりせず,知を追求するという点では対等だと考える。衆知を集めて多面的に考えることによって本質に近づくことができる。間違うことは悪いことではなく,進歩につながることである。教師がそのような見方をするとき,生徒の批判的思考態度が促進され,自ら考え判断する存在となり,生涯に渡って,教育リテラシーを身につけた賢い学習者となることができるのではないだろうか。

.<参考文献>
道田泰司・宮元博章・秋月りす 一九九九 『クリティカル進化論─『OL進化論』で学ぶ思考の技法─』 北大路書房
菅谷明子 二〇〇〇 『メディア・リテラシー─世界の現場から─』 岩波新書
鈴木みどり編 二〇〇〇 『Study guideメディア・リテラシー 入門編』 リベルタ出版
(みちた・やすし)