道田泰司 2000.03 大学は学生に批判的思考力を育成しているか?−米国における研究の展望− 琉球大学教育学部紀要, 56, 369-378.

大学は学生に批判的思考力を育成しているか?

−米国における研究の展望−

道田泰司*

Do Universities Foster Students' Critical Thinking Ability? : Perspective on Research in U.S.A.

Yasushi MICHITA

要 約

 本研究では、今日の大学教育に必要とされている「思考力」の育成に、大学経験がどのように貢献しているかについて、米国における批判的思考研究を概観し、これまで明らかになっていることを整理し、今後の研究を展望することを目的とした。これまでの研究から、以下のことが明らかになっている。少なくとも1年以上の大学経験によって学生の批判的思考が向上していること。それは単なる成熟や年齢のせいではないこと。4年生の批判的思考のレベルはあまり高くないこと。最後に、方法論を中心に、今後の展望が論じられた。

1.はじめに

 1980年代末から、初等・中等教育では、新学力観や「生きる力」(中央教育審議会, 1996)の名の元に、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」を育成する必要性が重視されてきている。さらに高等教育においては、これを基礎とし,「主体的に変化に対応し,自ら将来の課題を探求し,その課題に対して幅広い視野から柔軟かつ総合的な判断を下すことのできる力」(課題探求能力)の育成を重視することが求められている(大学審議会, 1998 p.31)。大学の教養教育では、上記の観点に立ち、「学問のすそ野を広げ,様々な角度から物事を見ることができる能力や,自主的・総合的に考え,的確に判断する能力,豊かな人間性を養い,自分の知識や人生を社会との関係で位置付けることのできる人材を育てる」という理念・目標の実現のため,授業方法やカリキュラム等の一層の工夫・改善,全教員の意識改革と全学的な実施・運営体制を整備する必要性が求められている(大学審議会, 1998 p.39)(いずれも下線は筆者)。つまり、初等・中等教育においても高等教育においても同様に、「知識」という実体的学力だけではなく、「思考力」という機能的学力(鹿毛, 1997)を育成する必要性が高まっているわけである。

 この事情は米国でも同様で、いくつかの国家リポート(Association of American Colleges, 1985; National Education Goals Panel, 1991; National Institute of Education, 1984)によって、高等教育において思考力を育成する必要性が示されている。たとえばAssociation of American Colleges (1985)では、すべての学生が最低限学ぶべきカリキュラムの筆頭に、調査技能、抽象的論理的思考、批判的分析があげられている(p.15)。ここであげられている諸技能の中核にあるのは、「批判的思考」(critical thinking)と言うことができるであろう。批判的思考という語で表されるものが何であるかは、完全には合意されていない(Beyer, 1985; Kennedy, Fisher, and Ennis, 1991; McPeck, 1990; 道田, 1999)が、ここでは、比較的一般的に受け入れられていると思われるEnnis(1985)の定義、「何を信じたり行ったりするかを決めるための、合理的で省察的(reflective)な思考」をもって批判的思考の定義としておこう。具体的には、次のようなものが通常は含まれる。すなわち、問題や仮定されていることの明確化、重要な関係の認識、データからの正しい推論、情報やデータから結論の導出、結論がデータに保証されているかどうか解釈、証拠や権威の評価である(Pascarella and Terenzini, 1991 Pp.118)。これらの定義からも、批判的思考が、これまで述べてきた、今後の教育に必要とされる思考力の代表としてあげることが、不適切なことではないことがご理解いただけよう。

 では、大学教育を受けることは、学生の批判的思考能力にどのような影響を与えているのであろうか。どのような授業科目や教育方法が、大学における批判的思考の育成に貢献するのであろうか。あるいは、そもそも大学に行くことは、学生の批判的思考能力の向上と関係しているのだろうか。

幸いなことに、欧米では批判的思考に関して、50年来の教育・研究の歴史がある。そこで本稿では、特に米国の大学教育における批判的思考の効果について実証的に検討した論文を概観し、問題点を検討することを目的とした。

2.大学に入学することの意義

 大学教育その他の大学経験が、学生の批判的思考に及ぼす効果については、McMillan(1987)が、1950年から1985年までの27研究をレビューしている。レビューされた文献は、Dissertation Abstracts, Current Index of Journals in Education, Research in Educationおよび書籍から選ばれた。McMillanは27研究を、(1)特定の教授法の効果、(2)特定の授業の効果、(3)大学の長期的効果を見たもの、の3つに分けて論じている。しかし、第一に言えることは、これら27本の論文のうち、真の実験計画を用いて行われた研究は2論文(Bailey, 1979; Suksringarm; 1976)のみであり、その他の論文には、実験計画上に不充分な点が見られていたる。具体的には、1群のみの事前−事後テストしか行っていないもの、統制群を設けてはいるものの群の割り当てがランダムではないために群間の等質性が保証されないもの、実験群と統制群で事後テストのみを比較しているもの、などである。このような問題点はあるものの、大学の長期的な効果を見た研究からは、全体的に上級生のほうが1年生よりも批判的思考能力が高いという結果が得られており、大学経験が批判的思考の育成に何らかの効果を持つであろうことは言えそうである。しかし、上記のような実験計画上の問題点があるために、その効果が、教育効果なのか単なる成熟の効果なのか、あるいは大学外での経験の効果なのか、という点については、この時点までの諸研究からは明らかではない。また、特定の教授法や授業の効果に関しては、多くの研究が、学生の批判的思考能力の向上に失敗している。

 大学在籍中の批判的思考の向上が、大学の効果なのか単なる成熟なのかについて明らかにすることは、研究法が難しく、あまり多くの研究は行われていない。しかし、年齢の近い学生よりも、大学での同じぐらい単位を取得している学生の方が批判的思考テストの成績が近い、という研究結果がある(Kasworm, 1982)。このことからも、年齢(成熟)要因よりは大学経験の方が大きな効果を持つといえそうである。

 この点をもっとダイレクトに検討した研究としては、Pacarella(1989)がある。彼は、大学に行くことになっている高校生と大学に行かない高校生を用いて、1年間の縦断研究を行った。彼は、70人に高校卒業時にワトソン−グレーザー批判的思考テスト(Watson-Glazer Critical Thinking Appraisal:以下WGCTAと略)を受けさせた。WGCTAは、批判的思考を測定するときに、最も一般的に使われている質問紙である(McMillan, 1987)。WGCTA得点のほかに、人種、性、ACT得点、家庭の社会経済地位をマッチング(標準偏差の0.25以内)して、大学群(30人)と非大学群(17人)の2群を作った。1年後に大学群は、WGCTAと大学生活に関する質問紙(居住地、勉強時間、授業外での議論回数など)を行った。非大学群は、個別(自宅)または郵送でWGCTAを行った。分析としては、高校卒業時のWGCTA得点、ACT得点、高校での成績、家庭の社会経済的地位、教育に対する熱心さを統制変数とし、1年後のWGCTA得点を従属変数とした共分散分析が行われた。

 分析の結果、WGCTAの総得点、および、WGCTAの5つの下位項目のうち、解釈、議論の評価の2項目において、大学群と非大学群に差があり、大学での1年間の経験は、WGCTAに17%の向上をもたらしていた。このことから、大学の1年の経験は、有意に学生の批判的思考を向上させることが示された。ただしこの効果はそれほど大きいものではなく、また、特定の下位項目だけに選択的な効果である。なお、個々の大学経験とWGCTAの得点には相関が見られないことから、特定の大学経験よりも、大学経験全般が大学生の批判的思考の向上に効果を持つと考えられる。ただ、この研究のは、サンプルサイズが小さく、比較的レベルの高い大都市の学生を対象にしている、という問題点が指摘されている。しかしきちんとマッチングされ、等質性を配慮した統制群を用いているので、このサンプルの範囲内であれば、少なくとも、大学の効果が単なる時間経過(成熟)の要因によるものではないことは結論づけることができる。以上の研究より、大学に入学・在籍するという経験は、学生の批判的思考に何らかの効果を持つと言うことができよう。

3.大学の全般的な効果

  では、大学の4年間は、学生にとってどのような効果をもたらすのであろうか。また、その効果は大学や専攻によらず、どのようなところに所属していても得られるものなのだろうか。それとも、大学や専攻が違うと効果も違ってくるものなのであろうか。

 大学4年間の一般的な効果に関しては、いくつか研究がある(たとえばLehmann, 1963; Mines, King, Hood, and Wood, 1990; Scott and Markert, 1998など)。中でも、Keeley, Browne, and Kreutzer (1982)が行った、一般的な批判的思考質問紙によらない研究が興味深い。彼らは、論理的な誤りや、あいまいさ、問題のある仮定をたくさん含んだ論説文を使って、大学1年生と4年生の批判的思考の違いを、横断的に調べた。いずれの学年も学生を2群に分け、一方には「次の文章を批判的に評価しなさい」と、一般的な教示のみを与えた。もう1群には、「論じられている問題または結論は何か?」「前提や理由を4つ以上挙げなさい」「著者が行っている仮定を5つ以上挙げなさい」のような、具体的な8つの質問に答える形で文章を批判させた。学生の記述をカテゴリー化して得点化した結果、どちらの条件でも、4年生の方が適切な批判をより多く行っていた。と言っても、具体的な質問条件では、8質問中の2質問でしか学年の効果が見られなかったり、多くの質問で1ポイントも取れない学生が多く、1年生でも4年生でも、批判のレベルがあまり高くないことが示された。一般的な質問条件でも、多くの学生が、指摘されるべき多くの仮定や論理的欠点、あいまいさ、間違ったデータの使用を指摘できていない。このことから筆者らは、教育において、もっとダイレクトに批判的思考をトレーニングすべきであると結論づけている。

 さらにKeeley(1992)は、仮定を見つけることが批判的思考の重要な要素である(たとえばBrowne and Keeley, 1998; Paul, 1995; Ruggiero, 1998)にも関わらず、大学生にとって非常に難しいものであることから、Keeley et al.(1982)のデータの中から、仮定に関する部分を、重要さの程度および論理性の観点から再分析した。学生にとって身近な話題である大学についての論説文に対しては、4年生の方が1年生の2倍以上重要な仮定をあげていた(ただし平均は一人2.08個と、決して多くはない)。しかし、学生の記述の多くは、明示的に書かれている前提をもう一度言いなおしたような、重要でない仮定だった。また、一般的な質問群で「仮定」という言葉を使った学生は8%しかいなかった。これらのことから、学生にとっては「仮定を探すこと」が批判的思考の概念の中に含まれていないこと、また、4年生でも十分な数の仮定が挙げられなかったことから、大学教育が充分ではなく、仮定を探すことが何を意味するか、合意が得られていないことが示された。以上2つの研究から言えることは、学生は大学4年間で多少は批判的に思考できるようにはなるけれども、きちんとした教育がなされないと、そのレベルはあまり高くはならない、ということである。

 では、このような批判的思考能力の向上は、大学や専攻の違いによって、どれほど影響を受けるのであろうか。まず大学のレベルの違いについては、先に挙げたPascarella(1989)が、各大学の新入生のACTの平均値を用いて評価した大学レベルと、1年終了時の批判的思考との関係を見ているが、統計的に有意な相関は見られていない。しかしこの研究では被験者が30人と少ないので、大学のレベルの効果を検出できなかった可能性がある。そう考えて、Hagedorn, Pascarella, Edison, Braxton, Nora, and Terenzini(1999)が、23の大学(4年制、2年制を含む)の学生3840人を対象に、大学のレベルと学生の批判的思考能力の変化の関係を、縦断的に検討している。彼らは、大学のレベルとしては、その大学の学生の批判的思考の平均値を用いた。批判的思考の測定を含むテストとして、Collegiate Assessment of Academic Proficiency(CAAP)のform 88A(ACT, 1989) を用いた。CAAPは多肢選択式のテストで、批判的思考に関しては、32項目で、議論の明確化、分析、評価、議論を拡張する能力が測定される(WGCTAとの相関は0.75である)。新入生のときに1回目の調査が行われ、1年後および3年後に、CAAPのform 88Bによってフォローアップ調査が行われた。

 大学入学1年後および3年後の批判的思考得点を従属変数、大学のレベルを独立変数とし、入学時の批判的思考得点や性、人種など15の変数を統制変数とした回帰分析を行った結果、大学入学1年後の批判的思考得点と大学レベルの間には、有意な正の関係があった。といっても、1年後の批判的思考得点に対する大学レベルの説明率(決定係数)は1%〜3%弱と、非常に小さい。しかも、大学入学3年後にはこの関係は消失していた。1年後に大学レベルの効果があった点については、教育レベルの違い、同級生の知的レベル、両者の相互作用(学生のレベルが授業レベルに影響を与える)などが挙げられている。3年後に大学レベルの効果が消失する理由については、3年ごろまでには、興味が似た気の合う仲間グループを作るので刺激がなくなることや、友人同士の議論がルーチン化される可能性が挙げられている。大学の違いを見た研究としてはこの他に、4年制大学と2年制大学の学生を比較した、Pascarella, Bohr, Nora, and Terenzini(1996)研究もある(詳細は後述)。

 では、大学よりももっと小さい単位である専攻ではどうであろうか。これについては、専攻による違いが見られた研究(Bennett, 1975-6; Burns, 1974; King, Wood, & Mines, 1990)もあるが、専攻による差はないという結果を得た研究(Keeley, et al., 1982; Pascarella and Terenzini, 1991)もある。専攻の違いが見られる場合でも、社会的な題材については、社会科学専攻の学生が偏見も少なく批判的思考力も高いとする研究(Kopans, 1964)もあれば、自然科学専攻と数学専攻の学生が、他専攻の学生よりも批判的思考が高いという結果を得た研究(George, 1967)もある。批判的思考の測定には、どちらの研究でもWGCTAが使われている。ただGeorge(1967)の研究は、カンサス大学の教育学部のみの調査になっている。彼の問題意識は、将来教員になる学生の批判的思考能力の高さ、という点なので、研究自体の欠陥ではないが、大学生一般の批判的思考が専攻分野によって異なるかどうかを知りたいときには、彼の結果が直接はあてはめられない。

 専攻の違いに対して、綿密な研究を行ったものとしては、Spaulding and Kleiner(1992)の横断的研究が挙げられる。彼らは、特定の専攻分野が批判的思考のできる学生を育てるのか、また、特定の専攻分野に批判的思考のできる学生が集まるのかどうかを明らかにするために、191人の学生(各学年40〜50名前後)に、コーネル批判的思考テスト・レベルZ(Cornell Critical Thinking Test:以下CCTTと略)を行った。学生の専攻分野は、教養、社会科学、数学/物理学、経営、健康科学の5専攻であった。専門科目の取得単位数の多寡によって学生を2分し、専門取得単位数、専攻分野、GPAを独立変数とし、批判的思考テストを従属変数とした3要因分散分析を行ったところ、専門取得単位数の主効果のみが有意であり、分野の主効果も、交互作用も見られなかった。また、批判的思考テストの得点を目的変数とし、専攻分野、全取得単位数、専門取得単位数、GPA、年齢、性を予測変数とするステップワイズ回帰分析を行ったところ、専門取得単位数は批判的思考テストの変動の3%を、GPAは5%を説明した。以上のことから、大学生の批判的思考能力は、大学での勉強量によっては多少影響をうけるものの、批判的思考のできる学生が特定の専門分野を選んで入学しているのでもなければ、特定の専門分野によって、より批判的思考のできる学生が育てられているのでもないことが結論づけられた。

4.特定の大学経験の効果

 では、大学におけるどのような経験が、学生の批判的思考能力の向上に役立っているのであろうか。この点については、前述したように、多くの研究が、特定の教授変数や授業の効果を見出すのに失敗している(Lyle, 1958; McMillan, 1987; Smith, 1977など)。しかしその理由としては、1学期という時間では、質問紙を用いた批判的思考テストによって測定可能な効果を生み出すのに十分な時間ではない、という可能性が指摘されている(McMillan, 1987; Pascarella & Terenzini, 1991)。そこで最近では、1年かそれ以上にわたる学生の批判的思考の変化を縦断的に、国家規模の多人数調査によって得て、関連しそうな多くの変数の中から学生の批判的思考の変化を説明する要因を、回帰分析を用いて明らかにする、という大規模な調査研究が行われている。

 Pascarella, et al.(1996)は、大学の種類(4年制大学、2年制大学)と、大学1年間で取った授業時間が、1年後の批判的思考(CAAPを用いて測定)に影響しているかどうかを、17の大学(セメスター制の学校のみ)の2076人の学生を対象に調査した。分析は、入学後1年間の取得単位時間および、それ以外の要因(入学時の批判的思考得点、性、人種、学習動機の高さ、年齢、仕事時間、各分野別の履修数、大学の平均批判的思考レベル)を用いた回帰分析が行われた。その結果、大学の種類(2年制・4年制)によらず、入学時の批判的思考得点および1年間での取得単位時間が、1年後の批判的思考得点と、小さいが有意に正の関係にあった。ただし2年制大学に関しては、単純に取得単位時間に応じて1年後の批判的思考得点が上昇するのではなく、取得単位時間が中ぐらいの学生が一番低いという、J字曲線を描いていた。しかし4年制大学にしても2年制大学にしても、最初の1年間を大学でフルタイムに学習することが、批判的思考の向上に効果を持つことは示されたといえよう。

 Terenzini, Springer, Pascarella, and Nora(1995)は、各分野の授業数(数学、自然科学、芸術・人文科学の登録時間数)、授業経験(週の学習時間、社会科学教師の有効性(effectiveness)、図書館経験)、および授業外経験(友人関係、課題外で読んだ本の数)の3要因の効果を明らかにするために、210人の学生に対して1年間の縦断研究を行っているが、中でも授業外経験が批判的思考に及ぼす影響が興味深い。批判的思考の測定には、CAAPのform Aとform Bが用いられた。大学前の諸特徴(両親の教育程度、家庭の収入、人種など)を統制変数として扱い、重回帰分析(reduced model multiple regression)を行ったところ、授業数は1年後の批判的思考得点と有意に関係してはおらず、大学前の諸特徴、および授業経験、授業外経験が、1年後の批判的思考得点の分散を有意に説明していた。β(標準化された回帰係数)がゼロより大きいかどうかの検定を行ったところ、授業経験では週の学習時間が有意、授業外経験では友人関係および課題外読書数が有意であった。この中で友人関係は、1年後の批判的思考得点と負の関係であった。ここでの「友人関係」は、「競争的、関与しない、遠ざける」を1、「友好的、支えになる、所属の意識」を7とする7段階評価であり、前者の方が後者よりも、批判的思考得点が高いという結果である。この点に関しては、友好的で支持的な友人環境へ参加し、所属の意識を持つということは、批判的(分析的)思考の停止が必要とされるのではないか、と考察されている。この結果は、先に述べたHagedorn, et al.(1999)において、大学の批判的思考のレベルが、3年次には個人の批判的思考の高さと関係がない点についての考察と通じるものがあり、批判的思考の育成を考える上で、交友関係の影響を考慮する必要がありそうである。

 Tsui(1999)は、Terenzini, et al.(1995)において各分野の授業数や授業経験に効果が見られなかったのは、事前−事後間隔の短さやサンプルサイズの小ささではないかと考え、2万4837人に対して大学1年次と4年次に縦断的に行われた調査結果を元に、特に授業内容と教授法が4年次の批判的思考の高さをどの程度説明するか、また両者の関係はどのようになっているのかについて検討した。なおこの研究では、「批判的に考える能力」という語が日常的に使われたときには、共通のものが認識される、という前提の元に、批判的思考の高さは、学生の自己報告(かなり弱くなった〜かなり強くなった、の5段階評価)に基づいている。授業内容に関しては、調査した11授業中7授業(高い順から、作文、学際科目、優等学生向けコース(honors program)、歴史、科学、女性学、数学)で、4年次の批判的思考力の高さを説明するのに有意なβ値が得られた(block hierarchical ordinary least squares regression)。教授法に関しては、採り上げた6変数すべてが有意であった(高い順から、教師による論文批評、多肢選択試験、個人で行う研究プロジェクト、グループプロジェクト、プレゼンテーション、論述式試験。ただし多肢選択試験は負の効果)。これらの17変数全体での説明率が8.5%、授業変数のみの説明率が2.3%、教授変数のみの説明率が2.7%と、いずれも非常に低い。つまり、学生が批判的に考えられるようになることについて、授業が持つインパクトは、教師の期待・予想よりもはるかに小さいといえる。もう一つ面白い点としては、授業内容よりも教授法の持つインパクトの方が、やや大きいということである。すなわち、何の授業をするかも大事ではあるが、それ以上にどんな授業をするかが大事であり、それを考えずにある授業を行っても、それだけで学生の批判的思考が高まるわけではない。このように、この研究からは、授業変数と教授変数の両方がともに重要であることが明らかにされている。

5.まとめと今後の展望

 以上の概観およびMcMillan(1987)のレビューから、確実に言えることとしては、次の3点が挙げられるであろう。(1)少なくとも1年以上の大学経験によって学生の批判的思考が向上していること、(2)それは単なる成熟や年齢のせいではないこと、(3)4年生の批判的思考のレベルはあまり高くないこと。また、研究数は多くないので、それほど確実とは言えないものの、次の点に関しても、これまでの研究から、可能性を示唆することができよう。(4)大学レベルや授業時間数、授業科目や教授変数など、いくつかの変数が批判的思考の向上と関係していること、(5)しかしその関係は、あまり大きな関係ではないこと。では、これらの研究からは、どのような問題点が指摘でき、今後どのような研究が必要になってくるであろうか。

 まず挙げられるのは、批判的思考の測定の問題であろう。本研究やMcMillan(1987)で採り上げられた研究の多くは、既成の多肢選択式の質問紙が用いられている。McMillan(1987)では、27研究中16研究で、多肢選択式であるWGCTAが使われている(その他は独自に作られたテストであり、詳細は不明)。本研究で概観した研究の中で、多肢選択式の質問紙ではないものは、Keekey, et al.(1982)およびKeeley(1992)の、論説文に対して批判を求めたもの(2研究とも、同一データに基づく)と、Tsui(1999)の、自己報告で「自分がこの4年間で批判的に考えられるようになったか」を5段階評定させたものだけである。その他の研究では、多肢選択式のテストであるWGCTA, CCTT, CAAPの批判的思考テストが使われている。中でもWGCTAは最も一般的であり、多くの研究で使われているせいか、批判も多い。たとえばMcMillan(1987)は、WGCTAのような質問紙は、哲学的・論理学的な考えを元に作られており、心理学や教育学的な考えでつくられた教育プログラムの成果、あるいは半期程度の前後間隔によって得られる批判的思考の変化には、敏感に反応しない可能性を指摘している。このほかにModjeski and Michael(1983)は、CCTTとWGCTAがともに、十分に高い妥当性と信頼性を持っていないことを、12人の心理学者へのアンケートを元に結論づけている。またMcPeck(1981)は、WGCTAおよびCCTTが、一般的な知能(IQ)で測定される能力以上のものを測っていないこと(すなわち妥当性が低いこと)を指摘している。

 これに加えて、多肢選択式の批判的思考テストを使うことは、被験者の批判的思考のうち、能力的な側面しか測れず、態度的な側面を測っていないことも問題点として挙げられよう。批判的思考が態度成分と能力成分の、少なくとも2成分からなっていることは、多くの研究者が指摘している(たとえばBrowne and Keeley, 1998; Ennis, 1987; Siegel, 1986; Zechmeister and Johnson, 1991)。しかし、多肢選択式の質問紙では、あらかじめ問題状況が設定されており、それに対して「問題点は何でしょうか」「これを批判しましょう」という問いかけがなされることになる。例を挙げると、WGCTAでは「次の推論が正しいか誤りか、その程度を判定してください」、CCTTでは「以下の事実は、最初の探検対はみんな死んだという医者の言葉を支持していますか、それとも反していますか」というような問いが設定されている。つまり、あらかじめ批判を前提とした場面で、どの程度批判・推測・判断できるのかがこれらのテストでは測定されるわけである。しかしそれでは、本稿冒頭に紹介した答申に述べられているような「一層流動的で複雑化した不透明な時代」に生涯に渡って自己学習を進めていくため必要な態度、すなわち問題を探し、理由を探し、必要なときに批判的技能を使おうとする傾向(Kennedy, et al., 1991)をどれほど有しているかを見ることができない。つまり、多肢選択式テストで測られるものは、批判的思考の「能力」を有しているかどうかであり、それを日常「使っている」「使おうとしている」かどうかは不明なのである。この点については、Sternberg(1985)も、 人々が実際に直面する問題が、批判的思考教育で扱われるものと如何に異なるかについて、次のように指摘している。いわく「 日常世界では、問題解決の最初にして最も難しいステップは、問題の存在を認識すること」「日常の問題解決では、どのように解決するかよりも、その問題が何であるかを明らかにする事の方が難しい場合が多い」「日常の問題は、十分に構造化されていない傾向にある」等々。したがって、日常生活において有用な思考態度を測定するためには、問題があるかどうか分からない状況において学生がどのように反応するか、といった観点からも測定がなされる必要があるであろう。

 既成の質問紙を使うことで生じてくる問題は、他にもある。それは、批判的思考の定義がカッコに括られてしまう、という問題である。本稿冒頭に述べたように、批判的思考の定義にはさまざまなものがあり、完全には合意されていない。共通の既成の質問紙を使うことは、定義の問題を不問にでき、複数の研究間で、結果の比較や共有がしやすくなるのは事実である。しかし、WGCTAやCCTTなどの代表的な批判的思考テストも、ある観点に基づく一つの定義に準拠している、という事実は忘れるべきではない。観点が異なれば、異なった批判的思考の教育や測定がありうるわけである。その際に最も考えなければならないのは、何が教育され、何が測定されるべき思考技能・態度なのか、という点であろう(もちろん同時に、それが「批判的」思考と呼ばれるべきものなのかどうか、その意味も考える必要があるが)。したがって、今後の批判的思考研究や、大学生の思考発達研究においては、大学生が身につけるべき思考とは何かをよく吟味した上で、育成/測定する必要があると思われる。

 質問紙以外の問題としては、授業内容や教授法の問題もあげられよう。すなわちここで概観された研究では、大学における一般的な教育の効果が測定され、その結果、大学教育は大学生の批判的思考能力の向上に、あまり大きなインパクトを与えていない、という結論が導き出された。これは、大学の授業であまり思考が要求されないのかもしれない。あるいは、あまり意味のあることを学んでいない、と考えることも可能である。しかしこのような考えは、日ごろ学生に接し大学教育に携わっている筆者の実感とはあまり合致しない。むしろ、各教科や専門分野で学ぶ思考技能が、日常的な問題を考えるときにうまく利用されない、つまり転移や般化が生じていない、ということではないかと考えられる。したがって、今後の大学教育において必要と思われることは、そこで学ばれる思考技能が領域特異的なものとしてではなく、日常生活においても活用できるような形で教授されることではなかろうか。そのための教育技法や授業内容については、すでに多くのものが提案されている(たとえば、Kaplan and Kies(1994)は待ち時間やフィードバックの使い方について、King(1995)は質問技法について、Kathleen(1995)は思考や推論の授業について実践報告や提案がなされている。また、Halpern(1998)は、転移を促進するための構造訓練を提唱している)。今後の大学生の思考発達研究においては、このような、思考発達の促進を目標として工夫がなされた授業の効果を測定する必要があるであろう。その際に、従来的な既成の多肢選択式の質問紙を用いると、上記のような問題が生じうるので、その授業の目的や方法に応じた志向の測定がなされるべきであろう。なかでも、学生に対して面接調査を行うことにより、あるもん大に対する学生の考え方を明らかにしたり、授業を受講する前後での学生の主観的な変化を捉えることで、特定授業の効果を検討することは可能ではないかと考える。本稿で取り上げた研究の多くは、大人数を対象とした大規模な調査であった。このようなやり方で、幅広い範囲に網をかける方向性の研究ももちろん必要だが、それと同時に、狭い範囲でも、プロトコル分析のような綿密な調査を行うことにより、学生の変化の内面に迫るような方向性の研究も必要ではないだろうか。この両方向の研究によって多面的に、大学生の思考の変化の特徴、およびその教育可能性について、知見が蓄積されることが望まれる。

引用文献

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(1ページ目脚注)

* 琉球大学教育学部学校心理学教室(E-mail: michita@edu.u-ryukyu.ac.jp)

michita@edu.u-ryukyu.ac.jp