中学生における有機溶剤乱用の実態とその生活背景−1992年千葉県調査より−

和田 清

学校保健研究.20014326-38

報告者:喜瀬 実名子(学校保健学教室)

 

【選定理由】

 私は、青少年の危険行動について興味がある。だが、これまで危険行動の中でも、性に関するものや喫煙・飲酒についての文献には触れる機会があったが、喫煙・飲酒以外の薬物をテーマにした文献は読んだことがなく、興味を持ったため選定した。

 

【先行研究レビュー】

    1968年に計4校の中学・高校の生徒を対象に、尿中馬尿酸濃度の測定及び自記式調査により有機溶剤乱用経験率を調査した。尿中馬尿酸濃度測定では、全体の3.0%に有機溶剤の乱用が疑われ、自記式調査では、経験率が12歳で3%、13歳で1%、14歳で1.5%、15歳で4%、16歳で8.5%であった(野見山ら、1969)。

    1970年に2中学校の3年生に対して尿中馬尿酸濃度の測定を実施し、男子の3.2%、女子の5.8%、全体の4.4%に有機溶剤の乱用が疑われた(松下ら、1973)。

    1993年に都内の公立中学校4校の生徒に対して自記式調査を実施し、シンナーなどの薬物の生涯経験率は男子で4.1%、女子で1.2%、全体では2.7%であった(呉ら、1995)。

    1990年に地域性を考慮して選ばれた千葉県の公立中学校12校の生徒5240人に対して、自記式調査を実施し、有機溶剤乱用の生涯経験率は、男子で2.1%、女子で0.9%、全体では1.5%であった。同時に有機溶剤乱用経験者群では、非経験者群に比べて、日常生活の規則性が有意に乱れており、学校生活、家庭生活、友人関係においても好ましくない傾向が有意に強いことを示した。さらに、中学生における有機溶剤の乱用は喫煙経験率、仲間との飲酒経験率と強く結びついていた(和田ら1993)。

 

【要約】

 

〈目的〉

中学生における有機溶剤乱用の実態を包括的に把握し、有機溶剤乱用の経験の有無から比較することによって有機溶剤乱用経験者の諸特徴を明らかにすること。

 

〈方法〉

    調査方法:自記式調査(199210月〜11月)

    調査用紙には個人を特定できる項目はなく、記入を終了した生徒は、同時に配布された封筒に用紙を投函し、クラス毎の回収用封筒は学校毎にまとめられて、国立精神・神経センター精神保健研究所薬物依存研究部に回収され、そこで初めて開封された。

 

    調査項目:日常生活の規則性、家庭生活、学校生活、友人関係、喫煙・飲酒・シンナー遊びについての意識・実態からなる全41項目

 

    分析方法:有意溶剤乱用経験者群と有意溶剤乱用非経験者群の2群間をX検定及びFisherの直接確立法を用いて有意差を検定した。

 

〈対象〉

地域特性を考慮して選ばれた千葉県の公立中学校14校の原則的に全生徒

計画した対象の79.4%にあたる6115人から回答が得られた。

 

〈結果〉

    全体における有意溶剤乱用の生涯経験率は1.9%、1年経験率は1.4%、生涯被誘惑率は2.9%、生涯目撃率は19.7%、生涯周知率は7.7%であった。

    2群間の回答の分布における違い(有意差のみられたもの)

 

有意溶剤乱用非経験者群

有意溶剤乱用経験者群

シンナー遊びによる健康への害(急性中毒死)

知っている

男子78%、女子82

知っている

男子61%、女子95

シンナー遊び

禁じられており、すべきでない

男子94%、女子95

禁じる必要はない

男子37%、女子22

シンナー遊びの法規制

当然だと思う      

 

男子89%、女子89

法律で決めず、個人の自由にすべき

男子34%女子49

シンナー遊びしている人

自分には無関係の人

男子92%、女子89

気持ちがわかる

男子25%、女子57

シンナー遊びしている人と親しくなること

親しくなりたくない

男子74%、女子66

シンナー遊びで決めたくない

男子38%、女子68

喫煙生涯経験率

男子30%、女子14

男子76%、女子86

喫煙に対するイメージ

臭いが嫌だ、健康に良くない

男子5479%、女子7685

臭いがいい、格好いい、男らしい、大人っぽい

男子2835%、女子2241

健康面からの喫煙

吸うべきでない

男子72%、女子77

かまわない

男子37%、女子38

未成年の喫煙

禁じられており、吸うべきでない

男子78%、女子82

禁じる必要はない

 

男子の42%、女子の51

喫煙の法規制

当然だと思う     

 

男子60%、女子62

法律で決めず、個人の自由にすべき

男子42%、女子49

飲酒生涯経験率

男子78%,女子73

男子92%、女子95

飲酒の機会

冠婚葬祭時

 

男子49%、女子48

風呂上がりに、クラス会・打ち上げ等の際、仲間といるとき

男子2755%、女子3573

未成年の飲酒

禁じられてはいるが、時と場合に応じてかまわない

男子51%、女子59

禁じる必要はない

 

男子51%、女子49

飲酒の法規制について

当然だと思う、しかたのないことだと思う

男子3840%、女子4041

法律で決めず、個人の自由にすべき

男子50%、女子46

ふだんの起床時間

ほぼ一定している

男子86%、女子90

ほぼ一定している

男子63%、女子73

ふだんの就床時間

ほぼ一定している

男子58%、女子61

ほぼ一定している

男子39%、女子24

ふだんの朝食摂取状況

ほとんど毎日食べる

男子84%、女子86

ほとんど食べない

男子12%、女子16

学校生活

とても、あるいはどちらかといえば楽しい

男子83%、女子84

あまり、あるいは全く楽しくない

男子46%、女子38

部活への参加状況

積極的に参加している

男子68%、女子67

参加していない

男子24%、女子31

親しく遊べる友人

いる

男子96

いる

男子81

相談事のできる友人

いる

男子80

いる

男子65

家族全員での夕食頻度

ほとんど毎日

男子35

ほとんどなし

男子50

家庭

うまくいっている

男子70%、女子71

うまくいっていない

男子33%、女子31

悩み事の親への相談

よく、あるいはどちらかといえばする方である

男子30%、女子39

どちらかといえば、あるいはほとんどしない方である

男子87%,女子68

 

〈考察〉

(サンプリングについて)

    本調査による有機溶剤乱用の生涯経験率は、1990年の同調査結果より、わずかながらの増加傾向を示している。当時、有機溶剤の乱用が急激に増減したという報告はないため、本調査の対象校サンプリングが適切であったことを示唆していると考えられる。

 

(有機溶剤乱用の実態について)

    本調査での1年経験率は、男女を問わず、生涯経験率と接近しており、有機溶剤の乱用開始が中学生の年代に多いことを示唆している。

    生涯被誘惑率が生涯経験率より常に高いことはもっともであるが、本調査の結果を利用した生涯経験率/生涯被誘惑率は0.380.97であり、中学生にとっての誘惑と実行の結びつきの強さが示唆される。

    生涯目撃率が学年、男女に問わず20%前後であったことは、有機溶剤の乱用が中学生にとって、それなりに身近な問題であることを示唆している。

 

(シンナー遊びによる健康への害について)

    シンナー遊びによる健康への害(急性中毒死、精神病状態、無動機症候群、フラッシュバック)について、「知っている」と答えた者の割合で、非経験者群のほうが有意に多かった項目は少なく、女子では、経験者群のほうが「知っている」と答えた者が多かったことは、問題の切実さを強く示唆している。これは、薬物乱用問題においても知識が行動に結びつくとは限らないということを示唆しており、知識を行動に結びつける試みが重要と考えられる。

 

(有意溶剤乱用経験と、喫煙・飲酒との結びつきについて)

    有意溶剤乱用経験者群と非経験者群との対比では、有機溶剤・喫煙・飲酒のいずれにおいても有意溶剤乱用経験者群での法の順守性の低さが明らかである。ただし、喫煙・飲酒に関しては、それ以外に大人の影響も考慮する必要がある。

 

(薬物乱用の予防、介入に向けて)

    「シンナー遊びをする気持ちがわかる」と答えたものが男子では25%、女子では57%もいたことから、「わかる」と感じている気持ちの内容を大人が理解できるかどうかも、予防、介入の両面において重要なポイントになるであろう。

 

【研究の長所・短所】

〈長所〉

    本調査は個人の違法性に関した自記式調査であるため、個人のプライバシーが守られるよう厳密な方法がとられていた。

    有機溶剤について、生涯経験率だけでなく、1年経験率、生涯被誘惑率、生涯目撃率、生涯周知率などのデータも加わっているため、より有機溶剤についての実態がつかめている。

〈短所〉

    友人関係や家庭生活に関する項目の中に、友人や家族の喫煙や飲酒の有無も聞いたほうが、友人関係や家庭生活からの影響を把握できると思う。

    多変量解析を行っていないので、交絡因子が存在する可能性があり、有機溶剤乱用の実態と背景との関連は明らかになっていない。

 

【学校保健への寄与】

有機溶剤乱用の実態を知ることは、有機溶剤乱用を防止するための手がかりとなるので、

非常に重要であると思う。これから、背景要因との関係を明らかにしていくことによって学校が取り組むべき課題が見えてくると思う。

 

【私見】

有機溶剤乱用は喫煙・飲酒などに比べると頻度は低い。だが、薬物乱用の低年齢化が問題とされているように、有機溶剤も子どもにとって身近な問題であり、介入していくことの必要性を改めて感じた。また、有機溶剤について知識を持っていても乱用経験者となる者が多かったため、喫煙や飲酒と同様、有機溶剤防止教育の難しさを感じた。