自己管理スキル尺度の開発と信頼性・妥当性の検討
高橋 浩之 中村 正和
木下 朋子 増居志津子
日本公衆衛生雑誌 第47巻 第11号 907~914頁 平成12年
報告者:太田光紀(精神衛生学教室)
<選定理由>
今日、さまざまな場面において、尺度というものが用いられており、目安や基準として役立っている。このような尺度というものがどのようにして開発され、信頼性や妥当性、普遍性を持つのか、という一連の過程に興味があったためこの文献を選んだ。
<先行研究>
・効果的な健康教育を行うためには、その教育が目的としている保健行動の実現に寄与する要因を考慮することが重要だが、その中でも近年、注目されているのがライフスキルを代表とする認知的スキルである。(高橋浩之 1996)
・認知的スキルには、適切な意志決定のために情報を収集し判断するスキルや目的を達成するために自己評価をするスキルなどがある。( Fetro JV. 1992)
・認知的スキルは、知識や意欲などと行動との間にあるギャップを埋める形で保健行動の実現に貢献する上に、教育によって比較的容易に向上すると考えられているため、多くの健康教育プログラムで考慮されている。[WHO ( 川端ら 訳 )1997, Botvin GJ. 1986 ]
・Rosenbaum は、個人が問題解決のために自己管理的な方法を適用する傾向を表すセルフ・コントロール・スケジュールという概念を提唱し、その尺度の得点が保健行動(船酔いを防ぐ行動)と関連していることを明らかにしている。( Rosenbaum M.ら 1983)
・若杉はセルフ・コントロール・スケジュールを Reformative self-control, External control, Redressive self-control の3因子に分けている。(若杉弘子 1995)
<要 約>
1.目 的
自己管理スキルの豊富さを測定する尺度(SMS尺度)を開発し、その尺度を用いて禁煙キャンペーンに参加した者の行動等を分析することにより、尺度の信頼性・妥当性を検討するとともに健康教育を始めとする保健活動における尺度の可能性を検討する。
2.方 法
[自己管理スキルの尺度の開発]
本研究では、自己が望む行動を実現する上で有効であり、また、いろいろな行動場面で活用可能な一般性の高い認知的スキルを自己管理スキルと呼ぶことにしている。ただし、対人場面における認知的スキルに関しては、社会的スキルという枠組みでの研究成果が上がっていること、他者との相互作用が起こるため、個人場面でのスキルよりも複雑になると考えられること、青少年がたばこや薬物を勧められるなどの特異な場面を除けば、多くの保健行動とそれほど強い相関を持っていないと考えられることなどの理由により除外している。
自己管理スキル(以下SMSと略、Self-Management Skill の意)の豊富さを測定するSMS尺度の開発にあたっては、Rosenbaum のセルフ・コントロール・スケジュール、過去の社会的スキルに関する研究、ライフスキルに関する健康教育上の目標例などを参考として、以下の基準を用いた。
(1)思考の操作により自分自身を励ますような情緒的なスキル(内に向かうスキル)と戦略的な発想により行動の遂行を容易にするような非情緒的なスキル(外に向かうスキル)の両方を含む
(2)行動の準備のスキルから行動後のフィードバックのスキルまでを含む
(3)特定の事項と関連しないような一般的な表現とする
(4)表現の方向がスキルの豊かさに対して順方向のものと逆方向のものを含む
次に、基準を満たす予備的な20項目を用いて、大学2~4年生(女子55人、平均年齢20.9歳)を対象として1997年11月~12月にかけて調査を実行し、内部一致性などに関して検討を行った。また、2週間後に再テストが行えた43人に対する結果をもとに再テスト信頼性の検討を行い、SMS尺度として10項目を選び出した。
[SMS尺度の検討]
1997年12月~1998年6月にかけて実施された、大阪がん予防検診センター主催の禁煙コンテスト参加者に対して調査を実施し、SMS尺度の内部一致性に関する検討を行うとともに、SMS尺度と年齢、禁煙自己効力感、センターから与えられた禁煙援助のための課題の提出状況、禁煙の継続状況等との関連を調べた。この禁煙コンテストは、原則として、主治医から禁煙を勧められている患者を対象としたもので、さまざまな課題などを提供することにより禁煙を援助するという企画である。また、調査や禁煙の援助等は郵送により行った。参加者985人のうち、調査票返送者は519人、そのうち著しい記入漏れのあるケースを除いた501人(男性443人、女性54人、不明4人、平均年齢46.3歳)を調査対象者とした。
3.結 果
[SMS尺度の開発]
予備的な項目は、「当てはまる」「やや当てはまる」「あまり当てはまらない」「当てはまらない」の4段階の自己評価をさせ、それぞれ4点~1点、逆項目には1点~4点を与えている。
いずれの項目も平均値、標準偏差などに関しては極端な偏りは認められなかった。
次に主成分分析をした結果、各項目の第1主成分に対する因子負荷量はすべて正の値であるものの、数項目、かなり小さい値のものが認められた。また、第1主成分の寄与率は19.5%とそれほど大きなものではなかった。さらに、固有値が1.0以上の8因子をバリマックス回転したところ、2つ以上の項目との因子負荷量が0.5以上になった因子は5つ存在した。それらの因子負荷量により、各因子はそれぞれ「計画と評価」「自分の心理状態の改善」「事前の準備」「失敗への対処」「戦略的な取り組み」を示すスキルの項目と関連を持つことがわかった。しかし、因子負荷量が0.5以上になった項目が4つ以上存在する因子は「計画と評価」の因子のみで、他の因子は2~3項目にとどまっていた。
さらに、2週間後の調査結果を用いて、各項目の再テスト信頼性を計算したところ、いくつかの項目は、再テスト信頼性が著しく低いことがわかった。
以上の結果を総合的に検討し、SMS尺度の項目を10項目とし(それにより、SMS尺度10項目の第1主成分の寄与率は31.9%となった)、それらの合計点を尺度の得点とすることにした(得点が高いほど、自己管理スキルが豊富であることを意味する)。SMS尺度の平均値は26.8、標準偏差は4.2となった。また、最初の値と再テスト時の値の相関係数は0.86、クロンバックのα係数は0.75であった。
[SMS尺度の検討]
禁煙キャンペーン参加者を対象としてSMS尺度の検討を行った結果、SMS尺度の平均値は28.8、標準偏差は4.7(男性28.8±4.6、女性28.7±5.3)であり、クロンバックのα係数は0.75(男性0.75、女性0.79)という結果が得られた。
SMS尺度は、年齢との間に有意な正の相関を持っていた。また、SMS尺度は、禁煙自己効力感との間に有意な正の相関を持っていたが、ニコチン依存度との間には関連が見出せなかった。なお、SMS尺度、ニコチン依存度、禁煙自己効力感に男女差は見出せなかったので、男女は一括して分析している。
調査対象者501人のうち、禁煙開始直前の課題提出者は330人、そのうちの4週間後の禁煙継続者は141人、さらにそのうちの6ヶ月後の禁煙成功者は63人であった。それらを課題脱落者、初期脱落者、中期脱落者、禁煙成功者に分け、特性の比較を行った。一元配置分散分析により、年齢、SMS尺度、ニコチン依存度、禁煙自己効力感すべてについて有意な結果が得られた。Scheffeの方法による多重比較では、年齢に関しては中期脱落者と禁煙成功者との間に禁煙成功者の方が年齢が高いという差、SMS尺度に関しては課題脱落者と初期脱落者との間に課題脱落者のほうがSMS尺度の得点が低いという差、ニコチン依存度に関しては課題脱落者と中期脱落者、初期脱落者と中期脱落者との間に早い時期に脱落した者の方がニコチン依存度が高いという差、そして、禁煙自己効力感に関しては課題脱落者と中期脱落者、課題脱落者と禁煙成功者との間、および、初期脱落者と中期脱落者との間にそれぞれ早い時期に脱落した者の方が禁煙自己効力感が低いという差がみられた。
4.考 察
[自己管理スキルの概念について]
本研究の結果自体に関して考察を行う前に、自己管理スキルという概念に関していくつか検討しておくべき点がある。
その一つは、そもそも行動実現に役立つ一般性のある認知的スキルという概念は妥当なのか、それとも、行動を実現する認知的スキルというものは、行動ごとに独立して存在していると考えるべきなのかということであり、本研究では二つの理由により前者の立場をとっている。
まず、一般性のある認知的スキルが存在し、それに個別の行動の特殊性が加わり、行動ごとの認知的スキルが形成されるという考え方は十分に合理的だということである。
次の理由は、健康教育の領域では、ライフスキルを始めとして、一般性のある認知的スキルが想定され、それに基づいた教育が行われ効果をあげているということである。最初に述べたように、本研究の目的の一つは、健康教育上有効な認知的スキルの尺度を開発するということなので、一般性のある認知的スキルの存在を前提とする立場をとることが自然といえる。
本研究で示された結果、すなわち、すべての自己管理スキルの項目が全体としては同一の方向を向いていたこと、および、開発した尺度が実際の行動と関連を持っていたことなどから、この立場は十分に妥当だという示唆が得られた。
次に検討しておくべきことは、自己管理スキルが単一の尺度から構成できるのかどうかということである。
もともと、健康教育で用いられているライフスキルは4~10項目に分類されている。
本研究でも、主成分分析の結果、自己管理スキルは、全体としては同一の方向性を持っているものの1因子といえるほどの方向性の一致はないことが明らかになった。そして、因子の回転により、自己管理のスキルは「計画と評価」「自分の心理状態の改善」「事前の準備」「失敗への対処」「戦略的な取り組み」の5つに分けられたが、本研究では下位尺度を作成しなかった。なぜなら各因子を構成する項目が少なかったため、もし下位尺度を作り、それぞれの尺度の信頼性を確保しようとするなら、さらに項目を増やして、数十項目からなる尺度を作成せざるを得ないと考えられたからである。そうなると、そもそもの研究の意図である、健康教育での活用という趣旨に反することとなる。従って、信頼性、妥当性が保証される範囲で項目数を限定し下位尺度を持たないSMS尺度を開発した。
しかし、自己管理のスキルに関する全体の傾向をSMS尺度で測定することは妥当だとしても、そのことが、自己管理のスキルが一次元であることを意味するわけではない。したがって、自己管理のスキルの内部構造については、先に述べた、スキルの個別性の問題とともに今後研究される必要がある。
[SMS尺度の信頼性・妥当性]
本研究では、SMS尺度の開発に当たって、女子大学生という性別、年齢ともに成人用尺度の対象としてはやや偏った集団を用いている。その意味において、開発過程に問題がないとはいえない。しかし、開発した尺度を禁煙キャンペーンに参加した成人男女に対して使用した結果、SMS尺度の得点には男女差が認められず、また、信頼性係数に関しても、男子0.75、女子0.79という開発過程における値と同等以上の結果が得られたことを考慮すると、尺度の信頼性はおおむね確保されていると考えてもよいのではないだろうか。ただし、中・高年層における再テスト信頼性に関しては今後検討する必要がある。
次に、SMS尺度の妥当性に関しては、二つの点から考察が可能である。第一は、SMS尺度が禁煙キャンペーンの際の実際の行動と関連を持っていたことである。課題を提出するという行動は自己管理行動の一側面に過ぎず、さらに多くの自己管理行動との関連を検討する必要があることは当然だが、単なる自記式の回答ではなく、キャンペーン事務局に課題が送付されてきたという客観的な裏付けを持った結果と関連を持っていたということの意義は少なくない。第二は、SMS尺度が年齢と正の相関を持っていたことである。類似の概念である Rosenbaum のセルフ・コントロール・スケジュールも年齢と正の相関を持っており、認知的スキルは経験とともに豊かになっていく考えられているので、このことはSMS尺度の構成概念妥当性を示す結果といえる。
以上のことにより、他の自己管理行動との関連や類似の尺度との関連を分析するなどの継続的な検討が必要とはいえるが、SMS尺度は、自己管理のスキルを測定する尺度として使用に耐えるものと考えられる。
[キャンペーン参加者の行動等と自己管理スキル]
健康行動の形成と維持、あるいはその変容に大きく関与すると言われている自己効力感とSMS尺度は正の相関を持っていた。Bandura は、自己効力感に影響するものの一つとして、成功体験をあげている。自己効力感とSMS尺度との関連は、SMS尺度が正しく自己管理スキルを測定しているとするなら、自己管理スキルが豊富である者ほど過去の成功体験が豊富であり、結果として自己効力感が高くなったことを示すと考えられる。Bandura はまた、絶えず変化する生活環境を規制する適切な行動を作り出し、実践するための、認知的、行動的、自己制御的な手段を獲得することを強調しているが、本尺度は、そのスキル的側面を測定しているという意味で重要な意義を持っているのではないだろうか。
SMS尺度は参加者の行動と関連を持ち、特に、課題を提出する段階において、自己管理スキルの豊富な者の方が課題を提出し、キャンペーンにおいて禁煙支援のプロセスからドロップ・アウトしなかったという結果が得られた。これは、自己管理スキルの豊富な者は、日常生活の中でそれなりの負担になる課題も自己管理の手法を駆使することにより、こなすことができたことを意味している。一方、SMS尺度はその後の行動、すなわち、禁煙の継続に関して差がみられなかった。これに関しては、禁煙コンテスト自体が、参加者に行動上のスキルを提供するものであったため、参加者の認知的スキルを適用する傾向の差が縮まったことを考慮する必要がある。
他の変数に関して、興味深いのは、年齢と参加者の行動に関して、中途脱落者に比べて禁煙成功者の年齢が高いという、他の変数においてみられなかった差があったことである。高齢者ほど禁煙成功率が高いという結果は他の多くの研究によっても確認されているが、年齢が増すことにより、どのような内面の変化が起きているのかを明らかにすることが重要である。その中には、SMS尺度で測定しきれなかった認知的スキルが含まれている可能性も否定できない。
いずれにせよ、自己管理スキルおよびその測定には検討すべき課題が残っているので、さらに研究を深めていく必要がある。また、それと同時に、SMS尺度は実際の保健的な行動と関連がみられたので、健康教育やその他の保健活動における活用の仕方も検討していく必要があろう。
<長 所>
・尺度の開発に止まらず、実際に「禁煙キャンペーン」という保健活動の場面で信頼性や妥当性を検討している。
・さまざまな角度から考察がなされている。
・基準や目的が明確。
・分析の過程や結果がわかりやすく論じられている。
・内部一致性や再テスト信頼性も検討されている。
・禁煙キャンペーン参加者の禁煙継続状況を6ヶ月後まで追跡している。
<短 所>
・開発の過程において、女子大学生という偏った集団を用いている。
・(禁煙自己効力感は0~10点の自己評価とあるが、どのようなもので評価しているのか?)
<学校保健への寄与>
開発過程において用いられた集団が女子大学生であること以外、直接に学校とは関係しないともいえるが、学校において行われる健康教育や、ライフスキル学習の過程などで、自己管理スキルを客観的に評価できるものの一つとして有効なものではないだろうか。
<私 見>
内容の濃い論文であった。信頼性や妥当性というものがどういうものであるか、改めて認識できたように思う。
開発された尺度が10項目であることは、答える者への負担も少ないといえるのではないだろうか。