質問紙によるS市立中学校生徒の精神的健康とライフスタイルの7年後の変化
佐藤 昭三、竹内 一夫 他
学校保健研究 39: 1997; 393-401
報告者:陳 文杰(精神衛生学教室)
選定理由:
近年、残虐事件や刑事事件等の若年化が危惧されていて、日本の若者も欧米化しつつあるといわれている。しかし、なぜ日本の若者がアメリカンナイズされつつあるのかは具体的な報告はなされていないが、生活環境の変化がこういった状況をもたらしているのではないかという見方が大方である。そこで、今回は環境の変化が児童生徒に及ぼす影響という面から論文を選定したが、上記の事件・事故の原因解明とは違った内容となったが、児童生徒の精神的健康も大切な一面であることと、児童生徒が環境にどのように順応し、変化していくのかが伺えると考え、この論文を選んだ。
先行レビュー:
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健康認知に関する自記式質問用紙は大人を対象とした研究には、自覚疲労、大気汚染影響、消化器・循環器・頚肩腕障害などの特別な疾患、および日常生活能力判定などの質問紙があり、さらに、質問の答えをコンピューターに入れるとすぐに結果が出るシステムも多く開発されている。
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一方児童生徒を対象とした研究には、NHKの受験・校内暴力・親子関係の質問紙全国調査や、児童生徒の問題行動等に関する調査研究協力者会議のいじめ等に関する質問紙調査がある。しかし、これらの調査は著者らも述べているように、一般論過ぎて、個別に対応できない難点がある。
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そのほかに児童生徒を対象とした研究については、斎藤らが児童生徒の疲労感の訴える率と自覚的抑うつ状態とライフスタイルとの関連を調査があり、また上田らがA.
Metcalfe等の小児用ストレス調査票を日本語に訳した調査票を用いてストレス源に関する調査を行った。これらの研究は児童生徒を取り巻くストレスについて注意しなければならないと指摘している。
要約:
[緒言]
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児童生徒をとりまく環境の変化を背景に、不登校・いじめ・自殺等の精神行動障害と生活習慣病、起立性調節障害などの身体行動障害が増加して社会問題となり、心の健康が学校教育の大きな課題となっている。
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ところで、健康を認知する方法は従来より、面接と自記式質問紙の方法があるが、両者にはそれぞれの長短所がある。著者らは児童生徒の主観的健康を認知し、個人・集団の対策の立案につなげることを目的としたものであるため、自記式質問紙に因子分析を適用する方法を採用した。
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一方、児童生徒を対象とした調査・研究方法はさまざまあるが、一般論的であるため学校・地域別の個別的・具体的な支援・指導につなげることは難しい。そこで、著者らはより一層教育現場で個別的かつ具体的に支援・指導のできる調査用紙を開発し実際に行い、結果をみた。
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今回はある地域において7年を挟んで行った「思春期の精神的健康とライフスタイル評価法」の2回の調査について、偏差値体験・教育指針改訂非体験の1988年次の児童生徒と、偏差値非体験・教育指針改訂体験の1995年次の児童生徒、両群間の精神的健康とライフスタイルの変化について比較検討したものである。
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なお、今回の研究の背景には、1989年から1993年の間に、文部省は偏差値の廃止を含む児童生徒を中心とする、ゆとりのある教育指針の改訂を行った。ところで、学校の改訂への対応の速度と程度について、群馬県中央部(本調査の対象校がある地域)の農村、小都市、中都市の10学区の中学校は、その環境により差が認められたが、1995年の時点では学校間の対応に一定の差をもって定着したと考えられた。
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そこで著者らは10校別に、1988年から7年経過した教育環境の変化と教育指針改訂への対応の程度を調査検討した。結果は、都市化の進行により、進学・学歴志向が高まり、指針改訂の対応が行いにくいY町立中学校では、7年をおいた2度の調査で生徒は、文部省通達より、地区の進学重視という環境の変化に反応して、「勉強を悩み」、「学校を嫌う」ようになった。一方社会環境の変化が少なく、指針改訂への対応がより行われたS市立中学校の7年間をおいた調査結果が本論文での報告である。
[対象と方法]
対象:1988年次と1995年次のS市立中学校の2学年男女生徒である。
方法:
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本研究は「思春期の精神的健康とライフスタイル評価法」の無記名・自記式・多肢選択質問紙調査表を用いた。
調査は、対象に対して、1988と1995年2月中旬の同じ時期に、担任教師が教室で生徒に、調査は楽しい学校生活ができるようにするためのものである、無記名で誰にもわからないから、人に相談しないで、自分の思っているままを素直に記入するように説明し、納得を得てから、調査票を配布し、質問の簡単な説明をした後、自発的な協力を要請して記入させた。
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対象の各質問項目の年次別肯定応答割合(%)を算出し、その差をx2検定を用いて検討した。
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本評価票の5つの尺度(「心身の不調感」・「部活動過剰」・「友達重視」・「勉強の悩み」・「学校嫌い」)平均得点値を対象年次群に求めて、年時間の統計的有意差を男女別にWe;chの法を用いて検討した。
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年次間の差異の特徴を知るために、年次2群を外的基準とする5つの尺度得点値の判別分析を男女別に行った。なお、5つの平均尺度得点値を、本研究の基準集団での分布におけるパーセンタイル値で、レーダーチャート上に、調査対象の2つの年次集団のプロフィールを男女別に表示して検討した。
[研究結果]
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対象は、1988年次124人(男63人、女61人)、1995年次134人(男80人、女54人)、有効回答率は100%。
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質問項目の年次別肯定応答割合の有意差は表1に示した。
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男女とも1995年次に高くなった項目は、「毎日のように部活動をしている」、「日曜祝日も部活動をすることが多い」の2項目。
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男子群においてのみ1995年次に低かった項目は「勉強や試験の悩みの相談相手は友達である」、「部活動の練習がきつすぎる」、逆に高かったのは「部活動は楽しい」であった。
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女子群においてのみ1995年次に低かった項目は「最近自分の健康は少し悪い、すごく悪い」、「勉強の悩みがある」、「入学試験の悩みがある」、逆に高かったのは「将来の悩みがある」、「塾や家庭教師で勉強している」であった。
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5尺度平均得点値の年次差について、1995年次で有意に低かった尺度は、男子群の「友達重視」、高かった尺度は女子群の「部活動過剰」であった。
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年次2群を外的基準とする5尺度得点値0.5以上の尺度は「部活動過剰」であった。また7年をおいた2度の断面調査の本評価法のプロフィールの変化は、5つの平均尺度得点値を本研究の基準集団での分布におけるパーセンタイル値にして、レーダーチャート上に、2つの年次の男子群は図1、女子群は図2に示した。男女とも部活動過剰であり、男子群で友達重視を低くし、女子群で勉強の悩みと学校嫌いが低くなる傾向を示した。
[考察]
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妥当性と信頼性がある程度確かめられたため、著者らは7年をおいた2年次の集団間の比較を試みた。すなわち、2つの年次の環境および生徒の意識と行動の変化とを突き合わせた。
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S中学校は調査した2年次の学校運営方針の変化は調査結果でも明らかになった。すなわち、1988年が偏差値優先、1995年は部活動推進であったため、調査結果に男女とも部活動過剰、さらに、男子に友達軽視の結果が出た。
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年次2群を外的基準とする本評価法の尺度得点値の判別分析での、男子63.34%、女子60.87%の判別率は決して充分に高いとはいえない。
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本調査から、生徒らは学校の方針の変化に敏感に反応し、適応することが認められた。学校の教育計画や方式の改変は、それに伴う生徒の変化をどう捕えていくかという教育評価のプロセスがその後に必要であると思われる。すなわち、それたの変化が生徒にもたらした心理的・行動的および保健上の影響を数量的に把握して評価をしつつ、改変の軌道修正をはかる必要がある。が、実際はその手法が確立してないため、適時な調査・検討ができずに、後追い的になされていたようである。生徒中心のゆとりのある学校生活をどう実現できるのか、そのための評価法はどんなものがよいのか、など一層の努力が望まれる。
[結語]
群馬県S市立中学校生徒を対象に7年を挟んだ同一調査票の2度の断面調査は、1989から1993年の文部省教育指針の改訂にともなう学校の教育方針や環境の変化が、生徒にどのような影響をもたらしたかについて、本研究の票か法のアンケート調査から導かれた、精神的健康とライフスタイルに関する尺度得点値を用い比較検討した結果、
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学校教育方針が高校入試の推薦枠の拡大や調査書重視の影響で、部活動推進が強化され、男女共5つの尺度の中の「部活動過剰」が有意に大きくなったが、ストレス源となるほどではないことが伺われた。
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2年次の2群を外的基準とする本尺度得点による両者の正判別率は、男子64.34%、女子60.87%であった。
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本調査票の7年を挟んだ2度の断面調査により、学校生活の変化にともなう中学生との精神的健康とライフスタイルの一部を数量的に表現できることが示された。
学校保健への寄与:
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本研究は児童生徒が環境および学校の教育方針の変化・転換することによって、意識がかわっていくことが示唆された。よって、今後学校において、著者らも述べているように、教育方針等の変革の際は、児童生徒の様子・反応をみながら、変えて行かねばならないことがわかった。また、児童生徒の反応をいちはやくキャッチし、うまく対応して行かなければ、児童生徒にとって、こういった変化はストレスとなることも予想される。
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一方、学校側ではコントロールしにくい社会・環境の変化については、学校側ができるだけ早く察知し、児童生徒の変化に対応しなければならないと感じた。いつまでも環境に取り残されたやり方で、現代の児童生徒と接して行くことは難しいので、学校側の対応が求められていると感じた。
私見:
今回の研究で、環境の変化と児童生徒の行動等の変化がよくわかったが、タイトルを一見するだけだと、同じ生徒の7年後の変化との比較のように感じられ、内容を見ると違っていたことに驚く。しかし、7年前の生徒7年後の生徒では、もともと生活してきた環境等がすでに違っているので、調査結果に違いが出るのは予想できたのではないかと思った。とりあえずそういった考えを一掃してくれたのが、本研究での比較の方法である。7年をおいた結果を比較する前に調査自体の妥当性を求めたり、基準集団との比較というやり方で、一層結果の信頼性を上げていることが本研究のいい部分と考えられる。が、やはり個人的には、7年を挟んだ違う学年の生徒よりも、ちょうど教育方針が転換された前後に入学し、両方の教育方針を体験している生徒の変化を見たかった。
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