第5章. 有機化学実験T・Uの実験安全ガイドライン

 

はじめに

 ここでは、すでに「専門教育科目の化学実験における安全ガイドライン」の「第1章 専門教育科目の実験の一般的注意」に基づいた安全教育を受講してきている教員、ティーチングアシスタントならびに化学系学生の内で、専門教育科目「有機化学実験TU」の担当教員、ティーチングアシスタントならびに受講生を対象に有機化学実験TUを安全に行なうための実験安全ガイドラインを記載している。従って、実験に関する一般的注意については省いた。もしも、「第1章の専門教育科目の化学実験の一般的注意」に基づいた安全教育を受講していない受講生は、それを受講してから本安全教育を受講すること。

 

第1節. 有機化学実験の一般的注意

 実験は危険を伴うものであり、事故を起こさないよう日頃から努力する必要がある。たとえどんなに小さな実験でも油断は禁物であり、事故を起こさないという日頃の努力を怠ってはならない。以下に実験のための基本的注意を挙げる。

 

.実験は十分な準備を終えてから始める。

 使用する装置や薬品の点検はもちろんであるが、装置の危険性ならびに薬品の危険度(引火性、発火性および爆発性など)および性質(融点、沸点、腐食性、潮解性および揮発性など)を必ず化学物質安全データーシート(MSDS)で調べてから実験を行う。

 実験時の服装はできるだけ皮膚を露出しないで、かつ、実験に適したもので軽快に動作できることが必要である。また、実験時の服装は引火時、薬品等で融着を起こすナイロン、テトロンなどを避ける。

 実験中は、常に保護眼鏡をかける。

 

.実験は指導者の指示に従って行い、決して単独で実験を行ってはならない。

 単独実験は必ず事故の元となる。実験は指導者の指示を十分に仰ぐことが必要である。また、実験は、事故に備えてかならず複数で行わなければならない。

 

.実験は常に危険度を想定して行う。

 事故は予知できないが、危険度は予知できる。未知の実験でも危険度を推測して対策をたてなければならない。以下のような実験には万全の注意が必要である。

 @未知の反応および操作

 A複合危険のある実験(火災と毒ガス発生など)

 B過酷な反応条件(高温、高圧など)

 

.事故発生時の対策を点検してから実験を始める。

 止めるべき元栓やスイッチ、消火器や緊急シャワーの位置とその操作法ならびに逃避路の整頓、救急法と連絡法などを確認した後で実験を始める。

 

.実験の後始末をおろそかにしない。

 後始末も実験の過程である。特に溶剤の回収、廃液や廃棄物質の処理を怠ってはならない。

 

第2節.有機化学実験における化学薬品(危険物、特定化学物質、有機溶剤および毒物・劇物)の取扱

 第1節の一般的注意の項でも記述したが、化学薬品には、爆発性、引火性、発火性、毒性、腐食性をもつものが多い。必要に応じて防面具やビニール手袋などを着用してから取り扱う。また、化学薬品の中には、個々の薬品自体はそんなに危険ではないが、それらを混合すると発火、爆発するものや有毒ガスを生じるものも多々ある。使用する薬品の性質ならびに取扱い注意等を必ず調べ、発火、爆発するものはその取り扱い方法、有毒ガスを生じるものはその取り扱い場所(ドラフトチャンバー中など)を熟知してから取り扱うこと。さらに、実験はその操作方法を充分理解し、予めフローチャートなどを作成するなど計画をたててから行うこと。危険な薬品や装置を取り扱うときの基礎知識をまとめた参考書が下記の通り数多く出版されているので、熟読の上、実験に取りかかること。

 

 「実験を安全に行うために」,「続・実験を安全に行うために」(化学同人)

 「化学実験の安全指針」(日本化学会)

 「化学実験の災害防止」,「公害と毒・危険物 総論編」,「公害と毒・危険物 無機編」,「公害と毒・ 危険物 有機編」(三共出版)

  特に、「実験を安全に行うために」および「続・実験を安全に行うために」の2編は、基礎知識を学ために適している。

 

1)有機化学系実験における危険物の取り扱い

 有機化学系実験で使用する溶媒や化学薬品のほとんどは消防法で規定される危険物である。危険物とは、火災発生の危険につながる性質をもつもので、その性質によって第一類から第六類まで分類されている。消防法によれば、危険物の取扱は危険物取扱者免状を取得した危険物取扱者でなければ行ってはならず、それ以外のものが取り扱う場合には危険物取り扱い者の立会が必要とされている。多量の危険物は、「理学部危険物屋内貯蔵所(危険物倉庫)」に貯蔵することが義務づけられている。

 化学物質安全データーシート(MSDS)には、その化合物が消防法に規定されている危険物であるか否かのデーター、危険物であるならその種類と取扱上の注意(火災予防法)、消火方法が記載されている。従って、化学物質を取り扱う時は、MSDSでその化学物質が危険物であるか調べ、その化学物質が危険物であるときは、その性質、取扱上の注意、消火方法等を必ず調べてから実験を始めること。 また、危険物は前述の通りその性質等から第一類から第六類の危険物に分類される。類の異なる危険物を混合混触させると、ただちに発火するものや、発熱後しばらくして発火するもの、あるいは混合したものに熱・衝撃を与えることによって発火・爆発を生じるものなどがある。そこで、危険物を保管する場合にはむやみに混在させて保管してはいけない。表4に、混在させて保管してはいけない危険物と混在させて保管してもよい危険物の組み合わせを示してある。この表に従って、危険物を保管しなければならない。使用後も危険物を保管庫等に戻す時はこの表に従ったもとあった場所に戻さなければならない。

MSDSホームページ: http://www.j-shiyaku.or.jp/home/msds/

2)有機化学系実験における特定化学物質の取り扱い

 安衛法の特定化学物質取扱規則によると、安衛法に規定される特定化学物質を取扱う場合は、健康障害防止のために、規則に則った取扱場所、取扱方法で取扱わなければならない。化学物質を取り扱う時は、MSDSでその化学物質が特定化学物質であるか調べ、その化学物質が特定化学物質であるときは、その性質、取扱場所、取扱上の注意等を必ず調べてから実験を始めること。

MSDSホームページ: http://www.j-shiyaku.or.jp/home/msds/

 

3)有機化学系実験における有機溶剤の取り扱い

 安衛法の有機溶剤取扱規則によると、安衛法に規定される有機溶剤を取扱う場合は、健康障害防止のために、規則に則った量を規則に則った取扱場所、取扱方法で取扱わなければならない。化学物質を取り扱う時は、MSDSでその化学物質が安衛法で規定されている有機溶剤であるか調べ、その化学物質が規定されている有機溶剤であるときは、その性質、取扱量、取扱場所、取扱上の注意等を必ず調べてから実験を始めること。

MSDSホームページ: http://www.j-shiyaku.or.jp/home/msds/

 

4)有機化学系実験における毒物・劇物の取り扱い

 毒物及び劇物取締法によると、毒物・劇物の取扱には専任の「毒物劇物取扱責任者」を置き、毒物・劇物による保健衛生上の危害の防止に当たらせなければならない。従って、毒物・劇物を取扱う時は、「毒物劇物取扱責任者」の指示に従って取り扱わなければならない。毒物・劇物を収納した容器にはその旨を記載することが義務づけられている。化学物質を取り扱う時は、MSDSでその化学物質が毒物・劇物であるか調べ、その化学物質が毒物・劇物であるときは、その性質、取扱場所、取扱上の注意等を必ず調べ、「毒物劇物取扱責任者」の指示に従って取り扱わなければならない。

MSDSホームページ: http://www.j-shiyaku.or.jp/home/msds/

 

5)有機化学系実験における廃液処理

 実験の反応廃液や化学薬品の廃液は流し等に放出せずに、廃液処理センター配布の所定の廃液容器に入れて回収・処理してもらう。反応溶液中に有機物と重金属等を含む廃液は、有機溶媒に可溶な有機物、水に可溶な無機物および不溶物に分けてから、それぞれ廃液容器中に回収する。前述のように化学薬品には混合すると発火・爆発するものが数多くあるので、各化学薬品の性質を熟知してから、細心の注意を払って、廃液処理作業を行う。

ア)赤色容器に回収する廃液・・・危険物第四類の第一石油類、アルコール類、第二石油類、第三石油類、第四石油類、動植物油類などの可燃性液体廃液

イ)白色容器に回収する廃液・・・ハロゲン化物(四塩化炭素、クロロホルム、ジクロロメタン、1、2-ジクロロエタン等)などの難燃性液体廃液、水を多量に含む アルコール廃液

ウ)黄色容器に回収する廃液・・・クロム、マンガンなど重金属を含む水溶性廃液

エ)青色容器に回収する廃液・・・シアン系廃液

その他の廃液については廃液処理センターに問い合わせてから、指定された容器に回収する。

 

第3節.有機化学実験安全ガイドラインの施行、確認

 1. 化学系専門教育科目の有機化学実験TUの安全ガイドラインは平成16年4月1日より施行する。

 2. 本安全ガイドラインに基づいた安全教育を受講したものは、受講確認書に署名すること。

 

 

 

 

 

 

1.       本安全ガイドラインに基づいた安全教育を受講したもので、受講確認書に署名し、提出した受講生には名札を配布する。安全教育を受講した学生であるか確認できるように実験中は必ず名札をつけること。


MSDSの例

 

化学物質安全データシート

アセトフェノン

【火災時の措置】
消火剤
水噴霧。二酸化炭素、粉末または泡消火剤。
消火時における特殊な措置および注意事項
皮膚と眼への付着を防止するため、自給式呼吸器および保護衣を着用する。
異常な火災および爆発の危険性
可燃性の液体である。

Acetophenone

Methyl phenyl ketone

【組成及び成分情報】
成分情報
アセトフェノン、≧98%
化学式又は構造式
◇分子式…CH3COC6H5
官報告示整理番号
◇化審法…(3)-1231
CAS No.
98-86-2
EC No.
202-708-7

【漏出時の措置】
1. 汚染場所から退避する。
2. 自給式呼吸器、ゴム長靴および厚手のゴム手袋を着用する。
3. 砂またはバーミキュライトに吸着させ、処理用の密閉容器に保管する。
4. 換気を行い、回収後に漏出した場所を完全に洗浄する。

【危険有害性の要約】
1. 有害である。
2. 飲み込んだ場合、有害である。
3. 皮膚を刺激する。
4. 眼に入った場合、重大な損傷を与える危険がある。
5. 可燃性である。
危険性 — 危険度を0〜4の5段階で表示(NFPA)
火災2(危険)
人体2(危険)
反応0(危険無)
有害性
有害性に関する追加情報は有害性情報の項目を参照。

【取扱い及び保管上の注意】
取扱い
暴露防止及び保護措置を参照。
貯蔵
1. 厳重に密閉して保管する。
2. 熱源、裸火から離して保管する。
3. 乾燥した冷所に貯蔵する。

【暴露防止及び保護措置】
◇安全管理上の留意事項…
1. 蒸気を吸入しない。
2. 眼、皮膚および衣服への接触を避ける。
3. 長時間または反復の暴露を避ける。
4. 全身用シャワーおよび洗眼器を備える。
5. 自動排気装置を備える。
6. NIOSH(US)またはCEN(EU)などの適切な政府機関の規格で試験され、認められた呼吸用保護具および部品を使用する。リスクアセスメントによりろ過式呼吸用保護具が適切であると示されている場所では、工学的制御のバックアップとして、多目的直結式(US)またはAXBEK型(EN14387)呼吸用保護具カートリッジ付き全面形呼吸用保護具を使用する。呼吸用保護具が唯一の保護手段である場合、全面形送気マスクを使用する。
7. 化学薬品耐久性手袋を着用する。
8. 安全ゴーグルを着用する。
9. 取り扱い後に完全に洗浄する。
許容濃度
ACGIH(2004) TWA 10ppm

【応急措置】
1. 飲み込んだ場合、意識のある時は水で口をすすぐ。医師の診察を受ける。
2. 吸入した場合、空気が新鮮な場所へ移す。呼吸が困難になった場合、医師の診察を受ける。
3. 皮膚に付着した場合、直ちに石鹸と大量の水で洗う。
4. 眼に入った場合、少なくとも15分間大量の水で洗い流す。指でまぶたを開いて確実に十分洗い流す。医師の診察を受ける。

 

MSDSの例(アセトフェノン つづき)

 

化学物質安全データシート

【物理的及び化学的性質】
外観等
無色透明の液体
沸点
83〜85
(11mmHg)
融点
19

蒸気圧
1 mmHg(15
)
蒸気密度
4.1 g/L
密度
1.027 g/cm3
含水量
<0.3 %
分配係数
Log Kow:16
引火点
76
(クローズドカップ法)
爆発限界
下限:1.4 %
上限:5.2 %
発火温度
570

屈折率
1.534

【有害性情報】
急性毒性
1. 皮膚に触れた場合、皮膚の炎症を起こす。
2. 皮膚から吸入されたとき、有害となる可能性がある。
3. 眼に入った場合、重度の炎症を起こす。
4. 吸入したとき、有害となる可能性がある。
5. 粘膜および上気道を刺激する可能性がある。
6. 飲み込んだとき、有害である。
7. 化学的、物理的および毒性学的性質の研究は不十分と考えられる。
RTECS# AM5250000
毒性データ
経口 ラット LD50 815 mg/kg
経口 マウス LD50 740 mg/kg
腹腔内 マウス LD50 200 mg/kg
皮膚 ウサギ LD50 15900
μl/kg
皮膚 モルモット LD50 >20 ml/kg
経口 哺乳類 LD50 2700 mg/kg
吸入 哺乳類 LC50 1200 mg/m3
刺激性データ
皮膚 ウサギ 10mg 24H:刺激性試験(開放系)
皮膚 ウサギ 515mg:刺激性試験(開放系)
眼 ウサギ 0.75mg:重度の刺激性
変異原性
ハムスター 600mg/L(肺、細胞遺伝分析試験)

【安定性及び反応性】
◇安定性…
通常の取り扱い条件では安定。
◇避けるべき物質…
強酸化剤、強塩基、強還元剤
◇危険有害な分解生成物…
一酸化炭素、二酸化炭素
◇有害な重合化…
起こらないと思われる。

【適用法令】
◇消防法…
危険物第4類 第3石油類
◇特定有害廃棄物輸出入規制法…
廃棄物の有害成分・法第2条第1項第1号イに規定するもの(平5三省告示2号)(廃棄物、0.1重量%以上)
◇外国為替及び外国貿易法…
輸出貿易管理令別表第ニ(輸出の承認)(0.1重量%以上(廃棄物))
輸入貿易管理令第4条第1項第2号(2号承認)(0.1重量%以上(廃棄物))
◇労働安全衛生法…
法57-2(令18-2)名称等を通知すべき有害物
No. 16

【環境影響情報】
適当なデータが見あたらない。

【廃棄上の注意】
1. 専門の廃棄物処理業者に処理を依頼する。
2. 環境保護に関する地域の法的規則に従い、処分する。

【輸送上の注意】
国連分類及び国連番号
3334 クラス9

 


 

 

 

危険物を取り扱うための国家資格 −危険物取扱者(甲種)−

 

@        資格の内容

 国家資格。化学実験で使用する試薬の多くは危険物に分類される。消防法では、危険物の取扱は危険物取扱者免状を取得した危険物取扱者でなければ行ってはならず、それ以外の者が取り扱う場合には、危険物取扱者の立ち会いが必要とされている。就職先で有利な仕事に就くことができる。特に危険物を使う職場では、必需品。

A 試験・申し込みの主な日程

 年2回(前期 受付:5月頃、試験日 6月頃;後期 受付:10月頃,試験日11月頃)、受験料:受験料:5,000円

B  試験地:沖縄他、全国各地。  

 申し込み先・問い合わせ先:財団法人 消防試験研究センター

 http://www.shoubo-shiken.or.jp/

C  関連授業科目:化学全般