薬物乱用防止教育の考え方、進め方
 
琉球大学医学部保健学科  高倉 実
 

講義資料(OHP)

T はじめに

今日、有機溶剤、大麻、麻薬、覚せい剤などの薬物乱用は人類が抱える最も深刻な社会問題の一つである。特に、発育・発達期にある青少年は心身の健康のみならず人格の形成にも薬物の影響が深刻に現れやすく、社会に及ぼす影響も大きい。また、この時期はタバコや酒などをはじめとする依存性の薬物使用をはじめるきっかけも多くなる。わが国の青少年の薬物乱用は、これまで有機溶剤の乱用が中心であったが、最近、覚せい剤や大麻などの薬物乱用の著しい増加がみられ、また、使用する薬物が多様化、連動化する傾向にあることから、極めて憂慮する状況になってきている。

薬物乱用問題の解決方策には、大きく2つに分けられる。一つは薬物の供給源を絶つことであり、もう一つは薬物の需要、つまり乱用者をなくすことである。後者には薬物乱用防止について教育することが最も有効な手段となる。特に、薬物使用を開始する危険性の高い時期である青少年に対する指導が重要な意味を持つことから、学校における薬物乱用防止教育の必要性が指摘されるところである。

臨時教育審議会第三次答申において、「飲酒、喫煙、薬物(麻薬、覚せい剤、シンナーなど)の問題についても重視すべきである。」と指摘し、「これらに関する指導は、従来ともすれば非行対策の観点からとらえられがちであったが、今後は、関連機関がその防止に積極的に取り組むだけでなく、健康教育という観点から科学的に心身の知識について理解させるとともに、自分自身の人生やその基盤となる健康についての認識を深めさせるよう、教育・指導の改善に取り組む必要がある。」とし、これらを非行に関する生徒指導的な問題としてだけでなく、生活習慣病や心の健康問題と密接なかかわりをもつことから、保健的性格の健康教育的な問題として扱うことを提言している。

教育課程審議会の答申においても、保健体育において生活行動と健康の関係を重視する立場から、これらの指導を充実するように指導している。これらの指摘を受け、平成元年3月に改訂された学習指導要領では、中学校においては「疾病予防」の項で、高校においては「現代社会と健康」の項で薬物乱用と健康、医薬品と健康について取り上げている。

 

U 薬物乱用について

薬物は本来、病気の治療や診断を目的として、医師や薬剤師の管理のもとで正しく有効に使用されるべき化学物質である。しかし、遊びや快感を求めるために、薬物が医療目的から逸脱して使用されたり、医療目的のない化学物質が不正に使用されたりすることがある。ここで問題とする薬物は、主に精神に対する作用があり、気分や感覚を変えることを目的に使われる化学物質、使用を続けると、健康を損なったり、薬物依存の状態を起こす化学物質、一般には、乱用薬物、精神作用薬物、依存性薬物と呼ばれる化学物質と定義づけられる。

薬物依存とは、ある種の薬物を反復使用していると、その薬物に対する欲求が強くなり使用を止めることができなくなる状態に陥ること、すなわち、薬物を反復使用していると、その効果が徐々に弱くなり、初期の効果を期待するために、使用する量がどんどん増加していき(耐性)、薬物なしではすまなくなることをいう。薬物依存には精神的依存と身体的依存があり、身体的依存では耐性を伴い、使用を中止すると禁断症状が出現する。薬物乱用とは、医学的・社会的な許容範囲を逸脱した通常自己投薬による薬物の使用を意味する。したがって、薬物依存を生じるような、そして維持するような薬物の使用はすべて薬物乱用である。習慣的喫煙や飲酒はニコチン及びアルコールに対する薬物依存に関連した行動であるが、成人の喫煙や飲酒は常識範囲内であれば乱用とはいわない。一方、未成年の喫煙や飲酒は法律で禁止されているので乱用といえる。麻薬は疾病の治療以外の目的で使用すれば乱用である。覚醒剤はいずれの使用も乱用になる。また、健康増進のための必要以上のビタミン剤の服用や、記録向上のための筋肉増強剤の使用(ドーピング)などは、薬物依存とは切り離して、誤用、悪用と呼ぶべきである。薬物乱用による健康への影響は、医学的には急性影響(中毒)、精神的依存の表現型である薬物探索行動、身体的依存の表現型である禁断症状、慢性影響による身体障害、慢性影響による精神障害がある。また、静脈注射による薬物乱用はHIVや肝炎ウイルスなどの血液による感染症の感染経路にもなる。

薬物乱用の発生は、依存性のある薬物、それを使用する人、乱用を誘発する環境の三要因によって成立すると考えられている。近年、生活水準の向上、都市化、国際化などの青少年を取り巻く生活環境が大きく変化していることから、これら三要因のうちでも、環境要因の影響が大きいことが指摘されている。

薬物乱用には段階的な移行過程がみられることが知られている。青少年における薬物乱用の多くは、飲酒や喫煙から始まり、それが量的に進行した後、シンナーやマリファナ、覚せい剤や麻薬の乱用や複合使用に結びつくことが明らかにされている。また、薬物を乱用する青少年は、薬物以外の健康上望ましくないリスク行動に走る傾向があることも指摘されている。このような複数の保健リスク行動が同一個体内で相互の関連性を持って集積してみられるリスク行動症候群である青少年には、共通の心理社会的背景因子が存在する。したがって、学校における薬物乱用防止教育は、対象領域にライフスタイル全般を取り上げた健康教育に包括的かつ系統的に含まれることが必要であると考える。

 

V 学校をベースにした薬物乱用防止教育の考え方

薬物乱用防止に関する指導内容を設定するに当たっては、薬物乱用に影響を及ぼす関連要因について考慮する必要がある。その際、健康教育の代表的なモデルであるGreen, L.W.PRECEDE-PROCEED Modelが参考になる。このモデルは診断と評価にかかわる部分と計画実施にかかわる部分から構成されているが、その中の教育・組織診断において、行動に影響を与える要因は、行動への動機づけにかかわる準備因子、行動を実現せしめる条件や要素などの実現因子、行動の持続にかかわる強化因子の3因子に大別されている。薬物乱用防止はこれらの因子群の総合的な影響を受けるために、従来のように準備因子にのみ働きかけるだけではなく、他の実現因子や強化因子についても効果的に働きかける健康教育が必要となってくる。

深刻な薬物汚染国である米国では、数多くの防止プログラムが開発され実施されてきた。これまでの研究を概観したところ、“知識・情報提供教育”や“感情教育”などの伝統的防止アプローチは、一般的に薬物乱用の負の結果に関する知識を増やすことができ、時には、薬物乱用に対する態度に影響を与えることができるが、実際の薬物乱用行動への影響はほとんど示してこなかった。一方、近年、薬物乱用を助長させると考えられている心理社会的要因に焦点を当てた防止プログラムが注目されてきた。一つは薬物乱用についての社会的影響に抵抗するための能力を高める“社会的影響アプローチ”で、もう一つは問題解決や意志決定、コミュニケーション技術などの個人的・社会的スキルを発達させる“スキルトレーニングプログラム”である。これらは薬物乱用防止について有意に効果的な結果を示してきた。以上のことから、わが国の薬物乱用防止教育においても、薬物乱用に対する心理社会的防止アプローチを取り入れた方法が必要と思われる。

 

W 学校における薬物乱用防止教育の進め方

1.学校における薬物乱用防止に関する指導の目標

薬物乱用防止教育の目標を設定するに当たっては、現在の学校や社会における健康問題や薬物乱用防止教育の重要性などの社会情勢を的確に把握するとともに、学習指導要領の趣旨を生かした上で、各学校の実態に即した目標を設定することが必要である。具体的には以下のことが考えられる。

  1. 薬物乱用防止について関心を高める。
  2. 薬物乱用防止に関する認識を深める。
  3. 薬物乱用を防止し、健康な生活を実践しようとする能力を身につける。
  4. 地域や家庭との連携や協力の重要性についての理解を深める。
 

2.学校における薬物乱用防止に関する指導の内容

臨教審答申にもふれられているように、薬物乱用を単なる非行の問題としてのみとらえるのではなく、健康を守る生活行動の問題として考え、自分の生き方、人生にかかわることを理解させ、基盤となる健康についての認識を深め、生涯にわたって薬物乱用をしない態度を育成することが大切である。その内容は、薬物乱用に関する科学的事実の正確な記述と合理的説明、各事実に対する意味や問題の性質とレベルの認識のための内容、問題の性質やレベルに応じて、防止のための方法、技術等の選択、意志決定の内容から構成される必要がある。具体的には、乱用される薬物の種類と依存性、薬物乱用の心身への急性・慢性影響および社会的影響、薬物を断る技術や意志決定能力などの健康関連技術やライフスキルの習得、薬物乱用を許さない社会環境づくりや国際協力などを含む。

 

3.学校における薬物乱用防止に関する指導の機会

学校における薬物乱用防止に関する指導は、健康教育や生徒指導として学校の教育活動全体を通じて行うことが基本である。指導の機会としては、体育や保健体育を中心とした教科や道徳、特別活動などにおける集団の指導と、保健室などで行う個別の指導がある。

 

4.学校における薬物乱用防止に関する指導の進め方

  1. 実態把握、教職員の共通理解及び指導体制の確立
  2. 指導計画の作成
  3. 家庭との連携
  4. 地域の関係団体・機関等との連携
  5. 資料等の活用
  6. 指導上の配慮事項
5.学校における薬物乱用防止に関する指導の評価

薬物乱用防止に関する指導の評価においては、目標に即して、一人一人が身につけるべき能力や態度、習慣形成の程度を客観的に知ることが重要となる。また、結果のみでなく指導の過程を評価することが大切である。



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