研究トピックス

1.シロアリ目の終焉

キゴキブリ(幼生)

シロアリは、アリとはあまり近い関係ではなく、実はカマキリやゴキブリの親戚である・・・ということは知っている人も多いかもしれない。シロアリ類は、カマキリ目、ゴキブリ目と並んでシロアリ目というひとつのグループの昆虫として扱われてきた。しかし、近年の分子系統学の発展により、この分類体系が大きく揺らいでいる。

近頃、大英自然史博物館のInwardらが発表した論文によると、系統解析の結果、シロアリはゴキブリ目の中のゴキブリ上科の中に含まれてしまうことが明らかとなった。つまり、シロアリは「特殊化したゴキブリ」であり、もはや目という分類体系を与えるに値しないということである。彼らは、今後シロアリを「ゴキブリ目シロアリ科」と位置付け、これまでの科の分類群を亜科へ、亜科の分類群を族へ格下げするべきだと主張している。

シロアリがゴキブリの一種であるとみなすことに大きな反対は起こっていないが、ここまで大きく分類体系を変えてしまうことへの異論は強い。最近、ゴキブリ目の分類体系がもっとはっきりするまでの間、シロアリ目という意味で使われていた「Isoptera」の名称はシロアリ類を指す言葉として残そうという議論が出されている。これらの議論を受けて、どのような分類体系が一般に使われるようになるか、今後の展開を見守りたい。


  1. Inward, D., Beccaloni, G. & Eggleton, P. (2007) Death of an order: a comprehensive molecular phylogenetic study confirms that termites are eusocial cockroaches. Biol. Lett. 3: 331-335.

  2. Lo, N., Engel, M.S., Cameron, S., Nalepa, C.A., Tokuda, G., Grimaldi, D., Kitade, O., Krishna, K., Klass, K., Maekawa, K., Miura, T. & Thompson, G.J. (2007) Save Isoptera. A comment on Inward et al. Biol. Lett. 3: 562-563.

  3. Eggleton, P., Beccaloni, G. & Inward, D. (2007) Response to Lo et al. Biol. Lett. 3: 564-565.

2.シロアリのお腹の中に隠れていたセルラーゼ

牛や鹿などの草食動物のように、シロアリによる木材消化にも共生微生物が重要な働きをしている。シロアリ消化の研究は約100年行われてきたが、これまでにシロアリの消化液を調べた結果からは、シロアリの消化酵素はシロアリ自身や共生原生動物といった真核生物に由来するものしか見つからなかった。シロアリのお腹の中には多くのバクテリア(原核生物)が共生しているのだが、これらは本当に木材消化に関わっていないのだろうか?

最近、我々はある界面活性剤を用いてバクテリアが多く共生するシロアリの腸内容物を洗ってみた。すると、これまでに知られていなかったたくさんの消化酵素が溶け出てきたのである。しかも、抗生物質をシロアリに食べさせてバクテリアを除いてみると、これらの消化酵素は消えていた。つまり、やっぱりシロアリのバクテリアも木材の消化酵素を作っていたのである。もっとも、これらがシロアリの役に立っているかどうかはまだわからいのだが・・・。

余談だが我々の発表から半年後、シロアリ腸内バクテリアのメタゲノム解析の結果がNatureに発表された。なんと、我々が用いたシロアリと同属のシロアリを使った研究成果であった。この研究の結果、実に多様な木材消化酵素関連遺伝子が腸内細菌にコードされていることが明らかとなった。ある意味、我々の実験結果が裏付けられたわけである。しかし、共生バクテリアが多く生息する後腸から高いセルラーゼ活性が得られたことはない。一体、この多様な酵素はどのようにシロアリの腸の中で働いているのだろうか?


  1. Tokuda, G. & Watanabe, H. (2007) Hidden cellulase in termites: revision of an old hypothesis. Biol. Lett. 3, 336-339.

  2. Warnecke, F., Luginbu, P., Ivanova, I. et al. (2007) Metagenomic and functional analysis of hindgut microbiota of a wood-feeding higher termite. Nature 450, 560-565.

  3. (関連記事http://www.rsc.org/chemistryworld/News/2007/March/26030702.asp

3.シロアリのお腹の中に隠れていたヘミセルラーゼ

それから数年、上の話には続きがある。上述の研究で使ったタカサゴシロアリには実に1500種類を越える腸内バクテリアが共生しており、木材の分解に関わるものはごく一部であろうと考えられた。そこで、ドイツ・マックスプランク研究所の研究者と共同で、腸内の木片に付着したバクテリアの単離法を考案し、これら木片付着バクテリアが後腸内セルラーゼの主な供給源であることを突き止めた。

では、これらのバクテリアは木材に含まれるセルロースだけを分解しているのであろうか?私たちは木材に付着したバクテリアの細胞内でどのような遺伝子が発現しているのかを網羅的に解析したところ、実はセルラーゼよりもキシラナーゼと呼ばれる酵素の遺伝子発現の方が高いことがわかった。木材に含まれるセルロース以外の多糖を総称してヘミセルロースと呼ぶが、キシランはヘミセルロースの主要構成糖でセルロースに次いで木材に多く含まれている。実際に後腸内の酵素活性を測ってみると、セルラーゼよりもキシラナーゼ活性の方が高いことが分かった。

このキシラナーゼが、どうやらスピロヘータと呼ばれるバクテリアによって作られているらしいこともわかってきた。スピロヘータはヒトでは梅毒スピロヘータをはじめとして病原性のものが有名だが、草食動物の腸内にはペクチンなどの植物繊維を分解するものもしられている。しかし、キシラナーゼをもつものはシロアリの腸内細菌が初めての例だった。ちなみにヒトの腸内にも穀物に含まれるキシランを分解するバクテリアが存在しているが、シロアリとは全く異なる種類のバクテリアである。ちなみにシロアリのスピロヘータは、それらとも全く異なるバクテリアからこの遺伝子を獲得したらしい。これは、たまたまだったのだろうか?それとも必然だったのか?


  1. Mikaelyan, A., Strassert, J.F.H., Tokuda, G., & Brune, A. (2014) The fiber-associated cellulolytic bacterial community in the hindgut of wood-feeding higher termites (Nasutitermes spp.). Environmental Microbiology 16, 2711-2722.

  2. Tokuda, G.*, Mikaelyan, A., Fukui, C., Matsuura, Y., Watanabe, H., Fujishima, M. & Brune, A. (2018) Fiber-associated spirochetes are major agents of hemicellulose degradation in the hindgut of wood-feeding higher termites. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 115, E11996-E12004.

  3. (関連記事:地元の中国新聞(ログインが必要です)

4.セルラーゼだけではなかった

私たちはこれまでの研究の中で、下等シロアリから高等シロアリへの進化の過程でセルラーゼ遺伝子の発現部位が唾液腺から中腸へ変化していることを示している。もちろん、セルラーゼはシロアリの生存にとって必須な消化酵素であり、このような大切な消化酵素の生産の場が変化してしまうという現象自体、非常に興味深い

実は、セルロースの分解にはもうひとつβ−グルコシダーゼという消化酵素が関与する。セルラーゼである程度小さく分解されたセルロースを、グルコースにまで分解してくれる酵素だ。どうやらこの酵素も下等シロアリから高等シロアリへの進化の過程で発現場所が変化した可能性が浮かび上がってきた。しかし、今回は唾液腺から中腸へというわけではなく、唾液腺での遺伝子発現はそのまま残して、中腸でも新たにβ−グルコシダーゼの遺伝子発現を行うようになったようだ。つまり、セルラーゼと全く同じ変化の仕方ではなかったのだが、シロアリはセルロース消化に必要な消化酵素の一揃いをある時中腸で作れるように進化してしまったわけだ。

いずれの酵素も中腸にかなりの高濃度で存在していることもわかってきた。なぜ、このような不思議なことが進化の過程で起こったのか。なんとも興味深い現象である。


  1. Tokuda, G., Saito, H. & Watanabe, H. (2002) A digestive β-glucosidase from the salivary glands of the termite, Neotermes koshunensis (Shiraki): distribution, characterization and isolation of its precursor cDNA by 5’- and 3’-RACE amplification with degenerate primers. Insect Biochem. Mol. Biol. 32, 1681-1689.

  2. Tokuda, G., Miyagi, M., Maiya, H., Watanabe, G. & Arakawa, G. (2009) Digestive β-glucosidases from the wood-feeding higher termite, Nasutitermes takasagoensis: intestinal distribution, molecular characterization, and alteration in sites of expression. Insect Biochem. Mol. Biol. 39, 931-937.

  3. Tokuda, G.*, Watanabe, H., Hojo, M., Fujita, A., Makiya, H., Miyagi, M., Arakawa, G. & Arioka, M. (2012) Cellulolytic environment in the midgut of the wood-feeding higher termite Nasutitermes takasagoensis . Journal of Insect Physiology 58, 147-154.

5.木だけを食べるゴキブリに細胞内共生微生物がアミノ酸とビタミンを供給

ほぼ全てのゴキブリと、もっとも原始的なシロアリの脂肪組織にはブラタバクテリウム(Blattabacterium cuenoti)と呼ばれる細胞内共生細菌が住んでいる。今回、基礎生物学研究所や農業生物資源研究所、シドニー大学などと共同で、この細菌のゲノム解析を行った。実は、随分昔からこの研究を始めていたのだが、えらく難航して何年もかかってしまった・・・。

結果的に、この細菌が、オオゴキブリの排出した老廃物を再利用してアミノ酸やビタミンなどを合成し、オオゴキブリに供給していることがわかった。つまり、オオゴキブリは細胞内の共生細菌の助けによって、栄養分の少ない木材だけを主食とした生活を営んでいると考えられる。研究に何年もかかってしまったために、すでに雑食性のゴキブリでも同様な微生物機能が報告されている。さらに、同じように木材を食べるシロアリやシロアリに非常に近縁なキゴキブリの細胞内共生細菌では多くの重要なアミノ酸合成遺伝子が欠落していることも報告されている。本研究は共生細菌に起こっているこのような重要な遺伝子の欠落が宿主であるゴキブリによる食物の好みではなく、シロアリやキゴキブリに特有な社会性の発達と関係している可能性を示している。

シロアリやキゴキブリはオオゴキブリとは異なり、社会性の発達により腸内微生物を子孫に安定して受け渡すことができるように進化してきた。その結果、シロアリやキゴキブリは腸内の共生微生物から安定して必要な栄養源を獲得できるようになり、細胞内共生細菌の担ってきた役割は徐々に不要になっていったと考えることができる。本研究は、そのような昆虫の進化の歴史が、細胞内共生細菌の持つ重要な遺伝子の欠落に繋がったという「細胞内共生系と腸内共生系の共進化」についての新しい仮説を提唱している。しかし、「仮説は実証されなければ真実ではない」(どっかのドラマ)わけで、ぜひ今後、この仮説の実証に取り組みたいと考えている。


  1. Tokuda, G., Lo, N., Takase, A., Yamada, A., Hayashi, Y. & Watanabe, H. (2008) Purification and partial genome characterization of the bacterial endosymbiont Blattabacterium cuenoti from the fat bodies of cockroaches. BMC Res. Notes 1, 118.

  2. Sabree, Z., Huang, C., Arakawa, G., Tokuda, G., Lo, N., Watanabe, H., Moran, N. (2012) Genome shrinkage and loss of nutrient-providing potential in the obligate symbiont of the primitive termite Mastotermes darwiniensis. Appl. Environ. Microbiol. 78, 204-210.

  3. Tokuda, G., Elbourne, L. D. H., Kinjo, Y., Saitoh, S., Sabree, Z., Hojo, M., Yamada, A., Hayashi, Y., Shigenobu, S., Bandi, C., Paulsen, I. T., Watanabe, H. & Lo, N. (2013) Maintenance of essential amino acid synthesis pathways in the Blattabacterium cuenoti symbiont of a wood-feeding cockroach. Biol. Lett. 9, 20121153.

  4. Kinjo, Y., Saitoh, S. & Tokuda, G. (2015) An efficient strategy developed for next-generation sequencing of endosymbiont genomes performed using crude DNA isolated from host tissues: a case study of Blattabacterium cuenoti inhabiting the fat bodies of cockroaches. Microbes and Environments 30, 208-220.

  5. (関連記事: 沖縄タイムス 平成25年7月4日 21面)

6.ゴキブリの細胞内共生細菌の遺伝子は進化しながらバラバラと抜け落ちた?

キゴキブリが住むアパラチア山脈

シロアリと近縁なキゴキブリは、北アメリカとアジアに散在していることが知られる。我々取材班はこの細胞内共生細菌の進化の道筋を探るべく、性懲りもなくアメリカ国内をレンタカーで駆け周り、キゴキブリを集め回った。さらに韓国の五台山国立公園でも採集を行った。するとシロアリとキゴキブリの共生細菌ゲノムの間で共通して抜け落ちていたアミノ酸生合成遺伝子群が、韓国のキゴキブリの細胞内共生細菌にはまだ残っているではないか!

つまり、シロアリとキゴキブリの細胞内共生細菌で失われたと思われていた遺伝子は、共通祖先でなくなっていたのではなく、シロアリとキゴキブリの系統で別々に同じものをなくしていたのだ。システインの生合成遺伝子なんて、独立に3度も失われている。まるで、バラバラと歯が抜け落ちるかのように・・・。なんでこんなことが起きたのだろうか?

前述したようにシロアリやキゴキブリは、社会性の発達により腸内微生物を子孫に安定して受け渡すことができるように進化してきた。ということは、シロアリやキゴキブリは独立して同じような機能を持った細菌を腸内に獲得したということなのだろうか?腸内共生系の一部は独立に同じように進化したというのだろうか?腸内共生系進化の道筋を探るべく、現在腸内代謝物が韓国とアメリカのキゴキブリでどのように違うのかを調べている。そして、その違いの原因は何なのか?謎は続いていく・・・。


  1. Kinjo, Y., Bourguignon, T., Tong, J. K., Kuwahara, H., Lim, S. J., Yoon, K. B., Shigenobu, S., Park, Y. C., Hongoh, Y., Ohkuma, M., Lo, N., & Tokuda, G.* (2018) Parallel and gradual genome erosion in the Blattabacterium endosymbionts of Mastotermes darwiniensis and Cryptocercus wood roaches. Genome Biology and Evolution 10, 1622-1630.