読書と日々の記録

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■読書記録: 12日『ロジカルシンキングのノウハウ・ドゥハウ』 6日『落語論』
■日々記録: 12日連休 6日奈良で校内研に参加

■『ロジカルシンキングのノウハウ・ドゥハウ』(野口吉昭(編) 2001/2008 PHP文庫 ISBN: 9784569670607 \600)

2009/10/12(月)
〜ビジネスにおけるロジカルって?〜

 最近,ビジネス系ロジカル・シンキング本を何冊か読んでいるのだが,一読して本書はなかなかいい本だと思った。もっとも基本がいいだけに,不満も残ったのだが。

 本書がよかったことの第一は,単なるツールの説明ではなく,「論理」ということがきちんと意識されている点である。本書ではまず,「ロジカルシンキングとは,「わかりやすさ!」である」(p.3)と述べられている。その上で,分かりやすくするためのポイントが3つ述べられている。それは,次の3つの質問に答えられるか,ということである。すなわち,「 一言で言うと?(=結論は何?)/ どうして?(=その根拠は何?)/ ,鉢△,独りよがりになっていないか?」(p.56)と説明されている。

 ただしここにはひとつ不満がある。それは,本書で扱われている思考法やツール類を用いることで,これら(特にの「独りよがりでないこと」)がどのように担保されるのかについては,まったく論じられていないことである。少なくとも,ツールを使うことで自動的にこれが保障されるわけではない。そのことについては本書でも,「同じことでも,相手によって納得する理由(根拠)は違う」(p.37)と論じられているのに,では相手に合わせてツールを使うか,なんていう話はないのである。もうひとついうならば,本書では,「ロジックツリーの前に,「相手の立場に立っている」「わかりやすい言葉を使う」がなければ,いくら立派なツリーがあっても論理的とは言えない」(p.17)とも論じられている。まったくその通りであると思うのに,その点については具体的に触れられていないなんて,片落ちではないだろうか。

 もうひとつ本書のよかった点は,扱うものを6つに厳選している点である。具体的には,ゼロベース思考,フレームワーク思考,オプション思考という3つの思考法と,ロジックツリー,マトリックス,プロセスという3つのツールである。これらの関係は,3つの思考法で「目的を確認しゴールを見極めアウトプットをイメージするために思いはじめ,考えはじめること。/目的を高いレベルで実現させるための課題解決・戦略策定・計画作成のための原点」(p.43)とある。それを受けて,3つのツールが「整理し,まとめ,見やすくするための道具,分析手法,フォーマット群」(p.43)という位置づけなのである。これをみるとなんとなくナルホドと思う。

 しかしここにも不満がある。上記の書き方では,思考法とツールは,上下の関係というか階層的な関係がありそうである。しかし本書後半をみると,どうもそうではなさそうなのである。たとえば思考法であるはずの「フレームワーク」と,ツールであるはずの「ロジックツリー」に関しては,「ロジックツリーは,フレームワークの塊だ」(p.128)とか,「whatツリーは,フレームワークそのものだ」(p.132)と,あたかもイコールであるかのような書かれ方がされているのである。あるいは,思考法であるはずの「フレームワーク」のなかで,プロダクトライフサイクル,PPM,SWOT分析が紹介されている一方で,ツールである「マトリックス」のなかで同じPPMとSWOT分析が紹介されており,「プロセス」のなかでプロダクトライフサイクルが紹介されているのである。これらをみて,一挙に思考法とツールの関係が分からなくなってしまった。ちょっと見た感じでは,思考法,ツールという分け方をせずに,全体をもっと大きく整理できるのではないだろうかと思った。

 とはいえ,本書は,それぞれの思考法(ツール)についてかなり詳しく説明されており,また不十分ながらも「論理」との関連も示されており,全体としては悪くない本なのではないかと思った。

連休

2009/10/12(月)

 連休ではあるのだが,土曜日は大学院の入学試験だった。でも空き時間に多少の仕事ができた。

 日曜日は,週末までと言われていた書類を仕上げた。一日かかるかと思ったが,土曜日も少し時間が割けたので,なんとか午前中には終わった。ということで午後は家族サービス。上の娘がプールに行きたいと言っていたので,下の娘と3人で行った(妻は講演会ということでいなかった)。たっぷり2時間半ぐらいプールにいて,500mぐたい泳いだり,サウナに入ったり,子どもたちと遊んだり。

 月曜日は結婚記念日。ということで,ホテルにバイキングに行った。その後,子どもたちと公園でひと遊び。

 ということでまあまあ充実した連休だったかな。

■『落語論』(堀井憲一郎 2009 講談社現代新書 ISBN: 9784062880077 \720)

2009/10/06(火)
〜「声の文化」としての落語〜

 ほぼ毎日のように(おそらくライブで)落語を観ているという筆者による落語論。落語の本質,技術,観客(落語評論)について論じられている。非常におもしろかった。

 おもしろかったことの第一は,落語の「本質」が,要するに「声の文化」の世界のものだということだ。筆者がそう書いているわけではないのだが,下に引用したような筆者の言葉から,私はそう感じた。

 「声の文化」なんて,ホメロスのような大昔の話か,無文字文化のような特殊な世界の話だと思っていたので,それが実は現代の日本でも体験できることがわかって,非常にうれしかった。もちろんそれと同時に,筆者の論には深く納得したわけだが。

 本書がおもしろかったことの第二は,落語の技術論である。なかでも「声」については非常に詳しく論じられており,それは人前で講義をする人間としても,ひょっとしたら念頭に置いたらいいかも,と思えるような興味深さがあった。といっても,きわめて特殊な内容ではあるのだが。筆者は,「落語は歌である」(p.86)と断じており,その観点から,声の出し方について論じている。基本は,心地いい音を出すことであり,そのためには自分の声質を把握していないといけない。そのうえで「ここぞ」というときに適切に声を使う。たとえば,もっともボリュームを出せる音域を把握し,客に声を届かせるとか,もっとも人に心地よさを与えられる音域を把握しておき,ダレ場で心地よく,客を包み込むように聞かせる,というような感じである。そこのところも筆者がまとめているので,引用しておこう。

つまり「声の高低をきれいに使って,人心を見事に掴むメロディラインを作ってしゃべっており」「声の強弱によってきちんとリズムを作って噺を心地よく前に進め」「ときにブレスしないシーンを造って客の緊張を逃さず」「また予想外の高い声で客を高揚させ」「声を分けて人の違いを出さず,どの人物も声の高低をきちんと持っている」というような落語が,音としてとても聞きやすい,ということになる。(p.100)

 さらには,「間」とか「テンポ」などについても論じているのだが,しかし最終的には,「あらゆる技術を超えて,客全員を覆う気を持てれば,高座は成功する」(p.157)とも述べている。今これを書いていたら,「高座」が誤変換で「講座」となってしまったが,講座や講義にしても同じことだろうと思う。

 こんな感じで,非常に豊富な体験を基にしつつも,落語の本質や技術について冷静に分析しているのが本書であり,次に東京や大阪に行く機会があったら落語にいかなくちゃ,と思わせられるような一冊だった。

奈良で校内研に参加

2009/10/06(火)

 月初め,奈良女子大学附属小学校に行ってきた。5時間授業を見せてもらい,その後,校内研で講師を務めさせていただいた。

 いつも奈良女に行くのは,こちらで月曜日午前の授業を済ませて夕方に発って夜に着き,水曜日の午前中の授業を見てあちらを午後に発つというスケジュールだったので,ゆっくりどこかを見る暇はなかった。しかし今回は,まだ大学の授業が始まっていないので,移動日には法隆寺と薬師寺を見ることができた。

 校内研自体は,かなり緊張もしたが,こちらがこれまでに考えてきたこと(考えることについて,論理的思考について)を,ある程度は伝えることはできたと思うし,それに対するおたずねも受けたので,私自身,さらに考えを深めることができた。これらを元に,奈良の学習法と論理的思考の関係についても考えてもらったので,まあまあ思うようなことができたのではないかと思う。

 考えてみれば奈良には,年度に1回,4年連続来ている。ここに来ることは私にとって,貴重な学びの時間になっているなあと感じている。


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