読書と日々の記録2008.5下

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■読書記録: 31日短評6冊 24日『AD/HD児へのペアレント・トレーニングガイドブック』 18日『教師という仕事と授業技術』
■日々記録: 25日夏の日差し 24日心理臨床から考えるコメントのあり方

■今月の読書生活

2008/05/31(土)

 もう5月も終わりか...って,毎月書いているような気もするが。実感だからしょうがない。最近,曜日の感覚がなくなっているのがコワい(昨日のことなのに,何日前だっけとか,今日は何曜日だっけ,なんて思うことがある)。

 今月良かった本は,『教師という仕事と授業技術』かな。ほかの本もまあ悪くはなかったんだけど。

『正しく悩む―自分でできる心理療法』(頼藤和寛 2000 新潮社ラッコブックスISBN: 9784104410019 \800)

 精神科医が新聞の人生相談に回答したものを集めた本。それだけでなく,回答に筆者自身による解説がついている。回答は,心理療法のいくつかの流派の考えが元になっているが,回答そのものからは,ほとんどそのことは見えないようになっている(それどころか,筆者は「できるだけ,無難でない,思い切った回答」(p.8)となるよう心がけたようで,半ば不真面目ともとれそうな回答が並んでいる)。それを,元になった心理療法のごく簡単な概説も含めて解説しているのである。この「相談−回答−解説」という仕掛けが,なかなか面白かった。

『私を抱いてそしてキスして―エイズ患者と過した一年の壮絶記録』(家田荘子 1990/1993 文春文庫 ISBN: 9784167509033 \450)

 ボランティアとしてエイズ患者と過ごした1年間について書かれた本。大宅壮一ノンフィクション賞受賞作である。タイトルを見たとき,何かセクシャルな部分を含む話なのかなあと思っていたのだが,全然違っていた。1980年代後半,エイズという語が広く知られるようになると,みなエイズ患者をとても恐れるようになった。実際にはエイズウィルスはとても感染力は弱く,ハグをしたりキスしたりするだけではうつらないのにである。筆者もそうで,エイズ患者へのボランティアをすると決めておきながら,その抵抗感はなかなかぬぐえなかった。しかしエイズ患者は,エイズと知られると同時に友人の大半を失ってしまう。そんな彼らは,ハグやキスを本当に必要としているのだ。そういう意味がタイトルに込められていることが,本書を半分以上読み終わってようやく気づいた。

『リターンマッチ』(後藤正治 1994/2001 文春文庫 ISBN: 9784167656157 \657)

 定時制高校のボクシング部について書かれたノンフィクション。大宅壮一ノンフィクション賞受賞作である。高校のボクシング部がどんなところかがわかり,定時制高校がどんなところかがわかる。といっても一高校のケーススタディなので,それがどれほど一般性のあるものかは分からないのだが。それに加えて,本書の舞台となった西宮西高校のボクシング部には,極めて個性的な教師がおり,定時制高校ということもあいまって,おそらくあまり一般的ではない感じの部活の様子が描かれている。筆者は,「本書ではボクシングを描きたかったわけではなく,ましてや教育問題を論じたい意図もなく,この教師の人間に引かれてノンフィクションを書いたというのが動機のすべて」(p.361)と述べている。定時制高校という特殊な舞台とあいまって,不思議な魅力をかもし出している作品である。

『学習を支える認知カウンセリング―心理学と教育の新たな接点』(市川伸一 1993 ブレーン出版 ISBN: 9784892420290 \2,400)

 15年ぶりぐらいに再読。認知カウンセリングは,単なる家庭教師ではなく,認知心理学的な考え方に裏打ちされた学習相談で,ポイントもいくつかあり(学習観を探る,仮想的教示や図式的説明,教訓帰納など),ケース検討会など活動の工夫などもある。そういう意味では,これを読んだだけですぐできるような気はしない。もっとも筆者も最初は,大学の授業でのプログラミングの個別指導からはじめ,認知カウンセリング・ゼミを持ち,大学に学習相談室を置くようになっているので,そういうステップで少しずつやることは可能かもしれない,とも思った。あとは,色々な学年のいろいろな教科の相談事例があると,もう少しはじめるハードルが低くなるかも,なんて思った。

『病院なんか嫌いだ―「良医」にめぐりあうための10箇条』(鎌田実 2003 集英社新書 ISBN: 9784087202144 \693)

 筆者は諏訪中央病院の元院長。タイトルを見ると誤解しそうだが,内容は,筆者が自分の病院でどのような医療をやってきたかということや,これかからの医療はどうあるべきかについて書かれている。おそらくタイトルの意味するところは,「旧来的な病院はよいところではない」という意味だろうと思う。旧来的な病院とは,いわゆる病気は診るけれども病人のことは見ないような病院である。素人にはどうせわからないんだから,と患者とのコミュニケーションを遮断する病院であり,コスト優先になっている病院であり,時間的,空間的,内容的に「閉じられた」(開かれていない)病院ということのようである。とはいっても病院にとって,コストも重要な問題である。そこを,病院のあり方を変えることで,ボランティアなど地域の力を借りることで筆者らは乗り越えてきたようだ。そういうことが書かれた,しかしエッセイ風の軽い感じの本であった。

『やさしい教育心理学』(鎌原雅彦・竹綱誠一郎 1999 有斐閣アルマ ISBN: 9784641120686 \1,900)

 教育心理学の教科書である。マケプレで安かったので買った。心理学の研究例がわりと豊富に載せられており,しかもそれらが,きちんと原典に当たって書かれているような印象で,悪くない感じだった。年に1回ぐらいは,こうやって違う教科書に目を通して,知識をリフレッシュするといいかも,と思った。

夏の日差し

2008/05/25(日)

 昨日から日差しが夏である。

 外を歩くのに,帽子がないとツラい。つい,日陰を求めて歩いてしまう。信号待ちは電柱の陰で待機したりして。

 梅雨入りしたばかりだというのに...

■『AD/HD児へのペアレント・トレーニングガイドブック―家庭と医療機関・学校をつなぐ架け橋』(岩坂 英巳・中田洋二郎・井澗知美 2004 じほう ISBN: 9784840732758 \1,800)

2008/05/24(土)

 妻の蔵書。軽度発達障害関係のいい本,ない?と聞いたら貸してくれた。内容は,ADHD児の親が,子どもにうまく対処できるようになるためのトレーニングのやり方について書かれたマニュアルである。親訓練を行うのは,「親が自分の子どもに対する最良の治療者になれる」(p.7)と考えるためである。その主な方法は要するに行動療法で,以下のような内容となっている。子どもの問題を「行動」として客観的に見ること,ほめること,不適切な行動を上手に無視すること,上手に指示や罰を与えること,などである。

 本書は,ADHDを持つ親や,その周辺にいる人たちに,親訓練について知るための本として,わかりやすい良書であると感じた。しかしそれだけでなく,実は本書は,「行動分析」の実際について知るための本としても良書であると感じた。行動分析は,原理は極めて単純で,要するに望ましい行動を強化すれば望ましい行動が増え,望ましい行動を強化しなければ望ましくない行動が減る,ということである。しかしそれを現実に他者に適用するためには,それなりのステップを踏む必要があるし,実際の適用のための具体的なテクニックがあるし,うまく行かなかったときにどうするかというポイントがある。そういったことは,これまでに読んだ本で言うと『うまくやるための強化の原理』『パフォーマンス・マネジメント』などに紹介されている。これらの本は,ターゲットが飼い猫だったり会社の部下だったり,さまざまだった。

 しかし本書は,ターゲットが「(ちょっと落ち着きがない)自分の子ども」と明確に絞られており,その分,進め方や問題への対処(こうなったときはどうする?的な)もかなり具体的になっている。しかもそれは,筆者らが行ってきたペアレントトレーニングの経験に基づくもので,要するに多くの人に体験され場合によっては修正されて来ているものなので,読んでいるだけでも有効そうな感じがする。

 本書を読んでいて印象的だったのは,子どもに注目し誉めることの重要性がとても強調されていた点である。たとえば「実際にプログラムに参加した親の多くからきかれた「目からうろこ」は,ほめることの効果でした」(p.88)とか,「Attention(他者からの注目)の効果は偉大(特にAD/HDの子どもは,注目され好き!」(p.140)などと書かれている。誉めることの重要性は,頭ではわかっているつもりでも,なかなか日常生活で行うことは少ない(そういえばそんなことは『『ディズニー7つの法則』にも書かれていた)。そういうことを改めて思い出させてくれたという点でもいい本だった。

心理臨床から考えるコメントのあり方

2008/05/24(土)

 授業後の協議会など,何かにコメントするときのコメントのあり方を考える上で,心理臨床の考え方が役に立つかもしれない,と思った(というか,とある人がそのようなことを言っていたのだが)。

 たとえばロジャーズのようなコメントのあり方がある。それは,相手の「鏡」になることで,相手が潜在的に持っている力を引き出す,というタイプである。この場合,本人が気づいていないことを指摘したり解釈してあげるなんてことは大きなお世話である。

 一方,むしろ積極的に本人が気づいていないことを指摘してあげるタイプのコメントがある。心理臨床でいうなら,家族療法におけるリフレーミング技法的な考えである。つまり,相手が考えもしなかったような考えをあえて提示することで,出来事を捉える枠組み(フレーム)を変える手助けをするのである。手元にある本によると,リフレーミングによって,「自分・家族・人生史に関するクライエントの陳述や表現(これがナラティブ)がより健康促進的な内容に変貌していくのをそれとなく誘導する」(頼藤『ただしく悩む』新潮社, p.89)とある。ネガティブな見方をポジティブな見方に変えるということで,ポジティブ・リフレーミングと書かれている。

 それ以外にも,もう少し積極的に相手を説得する,論理療法のようなやり方もあるかもしれない。あるいは精神分析のように,特定の理論に基づいて相手の言動を解釈することで洞察が起きることを促すやり方もあるだろう。ほかにもあるかもしれないが,私は心理臨床には詳しくないでこれぐらいしか思いつかない。でもこうやってアナロジカルに考えてみると,ふだん見えなかったものが見えてくるかも,と思った。

■『教師という仕事と授業技術』(奈須正裕 2006 ぎょうせい ISBN: 9784324078334 \2,199)

2008/05/16(金)

 筆者は教育心理学者であるが,長年学校現場で授業作りの仕事をしており,その経験に裏打ちされた「授業技術」指南書である。授業技術といっても,ノウハウ的な技術を論じているのではない。まずはいい授業がどのようなものかについて,「いい授業とは,子どもにとって意味のある活動を通して,教師から見ても価値のある内容を実現する授業です」(p.22)と簡潔かつ的確に表現されている。その上で,授業をつくる上で大事な考えが論じられているのである。それはたとえば,こんな感じである。

単元構成に際しては,活動(何をするか)と内容(何を身につけさせるか)をしっかりと区別し,どうしても意識が向かいにくい内容について,まずは徹底的に吟味を行うことが不可欠です。その上で,内容に即して「使用前」たる「児童の実態」をとらえ,「使用後」(単元終了時)にどの水準までもっていこうとするか(単元の目標であり評価規準)をはっきりさせることが大事」(p.42)

 さらにその際には,子どもの求めから活動を生み出す,教科書をいくつか集めて比較することで教科書の個性を見抜く,「待つ」ことをした上で指導性を発揮する,などという技術が紹介されている。これらは技術というよりも考え方や授業観に近いようなレベルのものという感じはするのだが,どれもよりよい教育のために必要な考え方だという気がした。

 そのほかにも,指導案を作るプロセス,校内研究のあり方,授業研究会で「具体的な子供の事実を話し合いの中心に据える」とはどういうことか,など,私たち大学教員が小学校などに関わる際に参考になりそうな見方,考え方がたくさん紹介されていた。筆者自身,これだけの技に精通した上で,学校教員にも大学教員にも役立つような言葉で論じることができるというのは,そうとうに凄いことだと思う。次は筆者には,実際の授業や研究会の事例に即してこういうことをより具体的かつ深く論じてくれることを希望したい。


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