読書と日々の記録2008.6下

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■読書記録:  24日『「法令遵守」が日本を滅ぼす』 18日『「教えて考えさせる授業」を創る』
■日々記録:  19日風邪がなかなか治らない 14日「教えて考えさせる授業」って何だ?

■今月の読書生活

2008/06/30(月)

 今月は,前半は快調に読書できたのだが,中盤で1週間風邪でダウンし,その間はまったく本を読まなかったので,久々の低い出来高(7冊)となった。残念。

 今月よかったのは,『脳のなかの幽霊、ふたたび』。あと,私のこれからの仕事を考える上で『学問と現場のふれあうところ』も私には役だった。

『大森荘蔵 哲学の見本 (再発見日本の哲学)』(野矢茂樹 2007 講談社 ISBN: 978-4062787536 \1,365)

 ううむ。野矢氏の本は好きなのだが,本書はそういう楽しさをあまり味わうことができなかった。野矢氏が野矢氏の考えを自由に論じるのではなく,大森氏の考えとその変遷を中心に語っているせいだろうか。それともう一つは,(えらそうなことを言うが)私がどうも大森氏と問題意識を共有していないということが挙げられると思う。ずっと前に大森氏の知覚論を読んだことがある。その中には反転眼鏡について論じているところがあったのだが,どうして哲学者は,実際に体験・実験するのではなく,思弁的に論じるのだろう,と不思議に思ったものだ。その点は今回も同感であった。知覚を知覚だけで思弁的に論じると,知覚と運動の協応関係や,我々がそこから世界を実感として捉えていることが見えなくなるのではないだろうか。あと大森氏は,「思う」が見る,知るなどと同じく動作ではない,と論じているが,どういうことなのか,ちょっとよくわからなかった。

『昭和史 七つの謎〈Part2〉』(保阪正康 2004/2005 講談社文庫 ISBN: 9784062749879 \600)

 『昭和史七つの謎』の続編。同じように昭和史の謎に,筆者なりに通説とは異なる考えが示されたものが,7つ収められている。扱われているのは,ゾルゲ事件,大本営発表,陸軍中野学校,吉田茂,昭和天皇の戦争責任,A級戦犯,田中角栄,である。膨大な数の人にインタビューし資料に目を通してきた筆者が述べていることなので,(歴史にうとい私にとっては)とても正しいことを述べているように感じる。どれも面白かったのだが,なかでも私にとって面白かったのは,「願望や期待を現実にすりかえたり,思い込みを事実と信じてそれをもとに次音作戦計画を立案する」(p.82)様子がよく表れている大本営発表の話とか,戦地において極めて合理的,戦略的に戦った陸軍中野学校出身者の話,などであった。このあたりの話,もう少し詳しく知りたいものである。

『手紙』(東野圭吾 2003/2006 文春文庫 ISBN: 9784167110116 \620)

 久々に小説を読んだ。筆者の本は割と好きなのだが,本書は残念ながら,私にとっては今ひとつだった。犯罪者の家族の苦悩というのは興味深いテーマだし,そういうノンフィクションがあったらぜひ読んでみたいと思う。しかし本書の場合,犯罪者の家族というだけでなく,両親がいないとかイケメンとか歌がうまいとか,本書の主人公ならではの設定で起きていることもあり,何か特殊なケースについての話のように読めてしまったのが,私にとって今ひとつだった理由だろう。そういうところが気にならなければ,テーマにせよ,それぞれの人の思いにせよ,興味深い話だとは思うのだけれど。

■『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(郷原信郎 2007 新潮新書 ISBN: 9784106101977 \680)

2008/06/24(火)

 のっけから筆者はいう。日本は法治国家ではない,と。なんじゃそりゃ,と思ったが,読みすすめるうちに納得した。法曹人口の多いアメリカは,日常的に訴訟が多く起こされ,それらの解決を通して判例法が作られ,社会の実態に法が反映される柔軟な仕組みを持っている。それに対して日本は法曹人口が少なく,訴訟が行われるのは極めてまれであり,一度作られた法律が改正されることはなかなかない。その結果として,ずっと以前に作られた,社会の実態に合っていない法律がいつまでも残ることになる。

 しかしそこはよくしたもので,法律以外の非公式システムがそれを補っているのである。その一例として筆者は「談合」を挙げる。「業者間の話し合いにより,技術力や信用の面で問題がない業者が選定され,その業者が落札するよう談合が行われ,発注官庁も,それを前提にして入札前から業者の協力を得て調達業務を行う」(p.17)ことで,公共調達が円滑に進む,という具合である。談合は法的には違法だが(それを定めているのは明治時代に作られた会計法らしい),法律自体が現在の実態にあっていないので,談合があってはじめて円滑で安定的で低コストの発注が可能になっているのである。なるほど,法がきちんと機能してない(法以外のものがうまく機能している)という意味で,確かに日本は法治国家とはいえないなあ,と納得した(この辺の議論は,非合理の合理性を見出す,強い意味の批判的思考的だなあと感心しながら読んだ)。

 そのような現状であるのに,法を機械的・形式的に,あるいは金科玉条的に遵守することを求めることは,実はよくないことである。それがタイトルの意味である。そもそも法令の背後には,それを通して実現しようとしている「社会的要請」がある。大事なのは,法令を通してその社会的要請に応えることであり,法令を守ることそのものが目的ではないのである。法令遵守を強調することは,法令の背後を見ることなしに近視眼的に法令そのもののみに目を向けさせることであり,危険なことである。筆者はコンプライアンスを,「組織が社会的要請に適応すること」(p.114)と定義しており,大事なのは社会的要請そのものであることを強調している。

 似たようなことは私も常々考えていたことなので,大いに納得した。ルールなり中間目標的なものを設定したり,何かを実現するための手段を設定したりすると,それそのものもが目的化してしまって,本来目指すべきものに到達しないことがよくあると思うのだ。そういう状況を私は,ボウリングでピンを狙うための目標として印(スパット)が描かれているのに,その印そのものにボールが到達すれば満足してしまうようなイメージで捉えているのだが,本書で描かれている状況もまさにそんな感じである。

 ではどうすればいいかというと,社会の要請を的確に把握し,それに応えるための方針を明確にし,問題が生じたときには原因を究明して再発を防止しできるような組織作り,社会作りをすることしかない。これはまさに,批判的思考を重視する組織・社会といえよう(そういう意味で本書に書かれていることは,畑村氏の失敗学に通じるものがある)。そういうことをいろいろと考えさせてくれる,興味深い本だった。

風邪がなかなか治らない

2008/06/19(木)

 先週の土曜日から風邪で寝込んでしまった(まだ治ってない)。

 土:8度台。終日寝込む。

 日:8度台。終日寝込む。

 月:8度台。2日も寝ているから大丈夫かと思い,授業をしたが,やっぱりだめだった。病院に行って薬をもらう

 火:8度台。年休とって寝込む。

 水:7度台後半。年休とって寝込む。薬のせいか,体がチクチクするし(薬疹?),お腹も下す。

 木(今日):7度台前半。久々に出勤したが,まだ通常に動ける体にはなっていなかった。

 沖縄に来て17年,風邪を引くときはいつも週末で,週明けには治っていたので,発熱のまま授業したり休講にしたりしたのは,たぶん今回が初めてだと思う。病院の薬も効くのに2日かかってるし。トシなんだろうか(まあ半分は,寝入りばなのクーラーのせいだと思うけど)。

■『「教えて考えさせる授業」を創る』(市川伸一 2008 図書文化社 ISBN: 9784810085105 \1,400)

2008/06/18(水)

 教えて考えさせる授業というと,これまでにいくつかの本が出されている(『教えて考えさせる授業(小学校)』『自ら学びを高める子を育てる教えて考えさせる授業』『学ぶ意欲とスキルを育てる』など)。しかしこれらの本では,何かが足りないなあと感じていた。それは,これらの本では実践事例や提案授業例は載っているものの,教えて考えさせる授業をどういう考えや方針の元にどう作っていくといいのか,というのが分かりにくかった点だ。そしてそのことにダイレクトに焦点を当てているのが,タイトルから分かるように,本書なのである。つまり本書は,これまで欠けていた重要な点を補う,待望の書といってもいいだろう。

 本書では,「繰り下がりのある割り算の筆算」の導入の授業をどう作るかが例として示されている。どのように方針を立て,本時の目標をどう考え,教科書を含めどのような教材を使い,授業としてどう展開するのか。この授業は実際に筆者が行ったものなのだが,そのときの子どもの様子はどうだったのか。そういったことが本書では示されている。それだけではない。本書に収められている授業を行った学校では,算数は習熟度別にクラスが分けられているのだが,ほかのクラスでも,その学校の先生方が同じ単元で,自分たちなりに組み立てた「教えて考えさせる授業」を行っている。その概要や指導案(略案)が本書では示されているのである。すなわち本書では,作る過程や考える過程が示されるとともに,同じ単元で行われた他の授業(バリエーション)が示されているわけで,これだけのものがあると,教えて考えさせる授業がかなりイメージしやすくなるし,また,他の単元や他の教科での授業を考える際に,かなりのヒントとなりそうである。

 さらに本書では次の章で,「教える」ときの工夫の仕方,「考えさせる」課題設定の仕方,「教えて考えさせる授業」の組み立てなどについて,考え方や一般原則などが論じられている。実践例が挙げられている前章とあいまって,「教えて考えさせる授業」についての理解がさらに深められるようになっている。実に心憎い章構成である。中でも「考えさせる課題」設定については,「子どもが誤解しがちな問題」「習ったことを応用・発展させる問題」「試行錯誤による技能の習得」の3類型が挙げられている。私も最近,考えさせる課題には種類がありそうだなあと思い,前者2つの類型を考えていたところだったので,やっぱりそうだよねと確認された上に,さらにもう1種類あったのかと理解が深められた次第である。

 最終章では,これまでの,そしてこれからの教育界の動きの中での「教えて考えさせる授業」が論じられている。その中で,教えて考えさせる授業を通して得られる成果が次のように書かれている。

学力面での成果は確実に出てきているといえます。具体的には,学力テストの点数の向上ということですけど。あとは,授業に対する子どもの意欲が高まるということですね。授業がわかるようになるし,やりがいのある課題が用意されていて,それにチャレンジできる,参加できるということです。(p.164)

 このような成果を少しでも多くの子どもが体感できるよう,本書のような授業が,あるいは本書に触発された授業が増えるといいなあと思っている。

「教えて考えさせる授業」って何だ?

2008/06/14(土)

 「教えて考えさせる授業」って,基本理念はよく分かるものの,じゃあ具体的にどう考えたらいいの?という段になると,分かるような分からないような感じになる。

 だって要は,(a)「教えられて,理解し,さらに,その先を考えていく」(市川『「教えて考えさせる授業」を創る』図書文化, p.11)ように授業を組み立てればいいんでしょ,と思う。

 しかし一方で市川先生は,(b)「教師が一方的な説明を行って,「教えた」こととし,問題を与えて解かせれば,「考えさせた」ということにして」(同書, p.25)しまっている授業は教えて考えさせる授業ではない,というようにも書かれているのである。あるいは,高校の数学なんかでよくあるような,(c)前半で先生が例題を解説し,後半で類題や発展問題を解かせる,というような授業もちょっと違う,みたいなことをおっしゃっていたと思う。

 そうではなくて市川先生が推奨される典型的な「教えて考えさせる授業」では,(d)教科書を用いて丁寧に説明したり,理解を自己診断させたり,小集団による教え合いをさせたり,最後にわかったこと/分からないことを書かせたりしている。

 なーんかこのあたりの関係がイマイチ分からなかった。教えて考えさせる授業というのは,上記(d)のようなある種の「型」を指しているのか,そうではないのか。そうではないとしたら,教えて考えさせる授業とそうでないもの(上記(b)や(c))の違いというか境目は何なのか。こういうあたりがよく分からなかった。

 そういったことをつらつらと考えているうちに,一つ思いついたのは,次のような説明である。教えて考えさせる授業には,広義のもの(上記(a))と狭義のもの(上記(d))がある。広義のものが「教えて考えさせる授業」であって,狭義のものは,その一つのバリエーションでしかない。

 そう考えるならば,上記(b)や(c)のような授業も,実は立派に教えて考えさせる授業である。もっともそこには条件があり,先生が「教えた」ことがちゃんと理解されていないといけないし,また発展問題も,単に公式を当てはめるだけというものではなく,「考える」ことを要求する課題(考えることで理解が深まる課題)である必要があるのだろうが。

 そのためには,教え方を工夫する必要があるし,それが理解されたかを確認する必要があるし,考えがいのある発展問題がある必要がある。それで生まれた一つのやり方が,上記(d)のようなやり方なのだろう。しかし教え方の工夫にしても,理解確認にしても,発展問題のあり方にしても,いろんなやり方があるだろう(たとえば「教える」のに教科書を使わないとか,talk and chalkスタイルでやるとか,いろいろあるだろうし,「理解」されるのであれば,どう教えるかは,極端な話,瑣末な問題でしかない)。

 私としてはこう考えるとすっきりする。すっきりしなかったのは,上記(b)や(c)を無下に否定していた点で,これらも,やり方によっては立派に教えて考えさせる授業になる,と思うのだがどうだろう。


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